忘却のレシピ
■忘却のレシピ

 薄暗い廊下を一人の女性がとぼとぼと歩いている。その右手には何か紙のようなも
 のを握っている。女性が向かう先からは暖かな光が漏れてきている。ゆっくりと、
 そしてふらふらと廊下を進む女性。光の元へ向かおうと足を踏み出す度に、走馬燈
 のように光景が浮かぶ。それは、何かを刻んでいる料理人の姿だったり、何かを煮
 込んでいる姿だったり。それらが消えていった頃、やがて、女性は光のもとへ辿り
 着く。

女性   …。(涙をすする)

 ふらふらとテーブルへと座る女性。そのまま顔をテーブルに突っ伏してしまう。一
 人の料理人が現れ、女性の傍らへ「とある料理」を差し出す。女性がゆっくり顔を
 あげ、料理を見る。そして、一口食べる。食べるとそのまま、倒れてしまう。

 辺りが真っ白になる。そして、いくつかの女性の記憶が蘇っては消えていく。

 数年前のある日。雨が降っている。とある国道の橋の下で、女性は段ボールを前に
 しゃがみ込んでいる。段ボールの中には、一匹の犬。

女性   (犬に)お腹が空いてるの?(ポケットを探る)…これ、食べる?
犬    …。
女性   そっか、君も一人なんだね…。

 場面が変わり、また数年前のある日。自宅にて犬と遊ぶ女性。犬と一緒に写真を撮
 る。

 また場面が変わり、自宅。犬と共に眠る女性。

 また場面が変わり、犬と散歩する女性。突然、犬が走り出し、女性はびっくりして
 リードを放してしまう。

女性   あっ!

 飛び出した犬は、自転車に轢かれてしまう。ぐったりとする犬のもとへ、駆け寄る
 女性。

女性   〇〇(犬の名前)!〇〇!

 犬の名前を呼ぶ女性の声が、だんだんとフェードアウトしていく。それに伴って、
 あたりが再び真っ白になっていく。

 現在。元の光の部屋。女性が涙を流しながら、机に倒れている。その傍らには料理人が
 立っている。女性が目を覚ます。

料理人  お目覚めですか?
女性   あれ…私…?
料理人  お疲れだったんですね。料理を召し上がられてすぐ、お休みになってらっしゃ
いましたよ。
女性   すみません!私ったらこんなとこで…。(涙が流れて)…あれ?なんで私…。
料理人  どうされましたか?
女性   いえ、でもなんだか少し悲しくて。悲しいことなんて、ないはずなのに。
料理人  きっとまだお疲れなんですね。
女性   すみません。今日は帰ります。
料理人  かしこまりました。
女性   また、来ます。
料理人  それはやめたほうがいい。
女性   えっ?
料理人  いえ、なんでもありません。ご来店、ありがとうございました。

 立ち上がり、去っていく女性。去り際に、握っていた紙を落としていく。それは、
 犬と女性の写真だった。

料理人  (写真を拾い)忘れることが幸せなのか、違うのか…。

 窓の外は夕焼け。夕焼けを見つめる料理にの背中から、少しずつフェードアウトし
 ていく…。
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