見あげればヴァーミリオン
  『みあげればヴァーミリオン』

  登場人物
    美幸
    圭子
    使1
    使2
    (二人で演じる場合は美幸と使1、圭子と使2をそれぞれ同一の役者が演じる。)


  幕が開く。美幸が立っている。美幸だけに明かり。

美幸 ひとはどうか知らないけど、わたしは夏休みが嫌いです。昼間から子どもの声が聞こえてきて、自分が外に出られないことをいやでも自覚させられます。普段なら、こんな時間は学校があるからもっと静かで、たまに近所のおばさんたちの声が聞こえるくらいで、そんな時間がわたしは落ち着くのに。
わたしは四角い部屋のなか。世の中が夏休みで浮かれていても、それとはまったく無関係。小学校の途中から、たとえばラジオ体操にも行ったことがありません。学校のプールにも、臨海学校にも、途中にある登校日にも行かず、遠くのおじさんやいとこたちが遊びに来るなんてこともなく、わたしはずっと部屋の中。
病気のせいで身体がこんな程度しか動けないということが、わたしの運命だというのなら、わたしは自分の運命に納得できません。

  すぅっと全体が明るくなる。
  使2の姿。

使2 それはさぁ? 運命を受け入れられないってこと?
美幸 うん。
使2 病気だっていうなら、仕方ないんじゃないのかなぁ?
美幸 でもなんでわたしが?
使2 なんでわたしが、って言われてもね。
美幸 生まれてから一度も悪いことしてないなんて言うつもりないけど。
使2 そんなの人間じゃないってば。
美幸 でも、こんな病気になるほどの悪いことって、してないはずなのに。
使2 だからそういうのを運命だってあきらめるんじゃない?
美幸 やっぱり運命なのかな……
使2 自分でも「そうなんじゃないかなぁ」なんて思ってるんでしょ?
美幸 ちょっとは。
使2 だったら、そう思ってあきらめれば?
美幸 あきらめなきゃいけない?
使2 いけないってわけじゃないけど。でも、運命だって言われればさ。
美幸 だからぁ。
使2 お? なによ、むきになって。
美幸 わたしは、そういう自分の運命を変えちゃいたいの。
使2 うーん、そりゃあ大胆だね。
美幸 このままベッドの上で腐ったように死んでいきたくない。
使2 腐りゃしないでしょ。
美幸 去年の秋にね。
使2 なによ、話が飛ぶな。
美幸 隣の生け垣の裏に猫が一匹死んでたの。
使2 猫? どうしたの?
美幸 知らない。車にはねられたのか石をぶつけられたのか。それで、人目につかないとこまで逃げてきて、そこで……
使2 力つきたと。
美幸 だれにも見えないところで、だれにも気づかれないで、毎日少しずつ腐っていくの。わたしだけが、この窓から見ていた。
使2 におったでしょうに。
美幸 それがね、だんだんに小さくなっていくの。ひからびたようになって、小さくなって、いつの間にかなくなってた。ねぇ?
使2 なに?
美幸 わたし、あんなふうに死んでいきたくない。

  花火の音。遠くから。

使2 花火か……
美幸 あぁ、今夜は夏祭りだから。
使2 そこから見える?
美幸 ちょっとだけ。いくつもの屋根越しに、丸い花火の右上五分の一くらいが見える。
使2 全部は見えないか。
美幸 うん……全部を見たのって、何才のときだったかな……
1/18

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム