地獄極楽
『地獄極楽』
◆登場人物
・正岡子規
・狸
明治26年、7月24日、正岡子規が福島市の信夫山を訪れている。年は、25歳。帝国大学を退学し、日本新聞社に入って1年ほどたったころ。すでにその体は結核にむしばまれ、時折喀血をしている。病には気づきながらも、文学を探す道半ばの頃、福島市を訪れる。
子規 「「7月24日。満福寺を辞して二本松より汽車に上る。福島市。福島の郭外、小さき山一つ横たはれり。これなん信夫山といふ名所にて、其側に公園の設けありと聞きしかば、そことなくそゞろありきす。十二日の月澄み渡りて、青田を渡る風涼しきに空しく町に帰る心なければ畦道(あぜみち)づたいに迷ひ行くも興(きょう)ある遊びなり―。
青田ありて 又家居(いえい)あり 町はづれ
笛の音の 涼しう更(ふ)くる 野道かな」
トここまでは、正岡子規著『はてしらずの記』より。
以降雰囲気を一変させて、伊予訛りの、25の若々しい青年が、信夫の風景に感動し
子規 「ええなぁ!!ええなぁ!お月さんも、街の灯りもええなぁ!」
近くの呑み屋より言い争いの声が聞こえる
子規 「なんや、やかんしーな。喧嘩かいな。こげんお月さんが出とるいうに…。ま、ええか。ひとりじめや」
子規、日記帳を開き、さらさらと書きつける
子規 「―月は大空にありて四方の山峰紗(うすぎぬ)を被りたるが如く 福嶋の町はそれかと許(ばか)り足下に模糊(もこ)た。傍の亭に酒のみて争ひ罵る声聞ゆれど 月見るさまにもあらねば
明光は単に我旅衣(たびごろも)の上にのみ洒ぎ来れり。
公園に 旅人ひとり 涼みけり
見下ろせば 月に涼しや 四千軒」
トそこに人間の格好をした狸が現れて
狸 「あんまり上手じゃないですね」
子規 「ほーかな?」
狸 「うん、見てるままを詠むと、そこに味わいがでませんよ!」
子規 「にーも詠むんかい?」
狸 「ううん。でも、この信夫山では、いろんな句が詠まれています。それを聞かされて生きてきているので!」
子規 「ほー、この辺のひと?」
狸 「この山に住んでます」
子規 「ええ場所やな。こん公園もええ」
狸 「公園なんていりません。そのままで良いのに」
子規 「「ほうかい?」
子規、はじめて狸の方を向く
子規 「(客席に向かい)どう見ても狸や」
狸 「にいさん、どこからここに?」
子規 「東京から」
狸 「東京?」
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