エフュージョン
     電車のとまる音がする。
     2018年4月25日21時37分のJR塚口駅。
     塚口止まりの列車内には、複数の乗客と、大きな布包みをかかえて眠りこけている酔っぱらいがいる。

アナウンス 終点〜、塚口〜、塚口〜。この電車は回想列車になります。つづけてご乗車にはなれませんので、どなたさまもお降りください。

     駅員がやってくる。

駅員 おっちゃん、おっちゃん。終点やで。
酔っぱらい (目を覚まし)尼は過ぎたんか。
駅員 いっこ前やがな。
酔っぱらい そうか。
駅員 引き返すんやったら、つぎの福知山線で折り返しぃや。これは回想列車になるから
な。(去る)

     沈黙。
     酔っぱらいはふいに立ち上がると、包みから出したラッパをかまえ、葬送の譜を高々と吹き鳴らす。
     するとほかの乗客たちも次々に楽器を鳴らしだし、セッションがはじまる。と、手にした枡から種を播くとみえの姿がうかびあがり、酔っぱらいはしばしその姿をみつめる。が、ふたたび演奏に加わる。演奏が最高潮に達すると、電車の扉が閉まり、動き出す。警笛が響き渡り、列車は夜空をかけめぐる銀河鉄道となる。

とみえ ご乗車になりました列車は、塚口駅より離陸し、夜空にきらめく星々をたどりつつ、南へ向かってまいります。また、フライト時刻は、永遠を予定しております。

     乗客のひとりがおおぐま座になる。

乗客1 熊や!
おおぐま座 ガオー!
乗客たち うわー!

     乗客たちはパニック状態になる。
     乗客バンドが勇ましい曲を演奏しだすと、酔っぱらいが酔拳の使い手として現れる。立回りよろしくあり、おおぐま座をねじふせて大見得をきる。

乗客2 植木屋!
乗客3 おっとこまえ!
酔っぱらい みな怖がることあらへん。このしっぽの北斗七星はな、ゆるやかなカーブで南をしめしてくれとるんやで。ほれ見ぃ、やさしいやさしい、空のくまさんやがな。
おおぐま座 くぅ〜ん。
酔っぱらい 星から星を線でつないだ星座は空の線路、道しるべや。この道からはずれんよう、ゆっくり進んでいこやないか。ジカンはたっぷりあるんや。

     とみえの姿がうかびあがる。

とみえ (語る)あの日は二限からの講義でジカンの余裕があったけど、朝からとどくバースデーメールを返すんと、おとんのせいで、家出るんが遅なってしもた。おおあわてでチャリンコ飛び乗って駅に向かうと、透きとおるように澄んだ青空に映えた六甲の山なみが瞳に飛びこんできて、息をのんだ。しばらく見ほれてたけど、JR中山寺駅9時7分発の東西線経由同志社前行き快速。これをのがすわけにはいかへんと、先を急いだ。

     飛行機が飛び立つ音。
     1991年4月25日の夜。兵庫、伊丹スカイパーク。

とみえ ほらみてや。みてみて!
酔っぱらい さっきにから、いやっちゅうほど見とるわ。
とみえ せやかて、ちゃんとみてへんのやもん。
酔っぱらい おんなじように飛んでいっとるだけやないか。向こうから走ってきて、ここで飛んで、左にまがってくだけやんか。
とみえ そのさき。ほら、みぎにぐーっとまがってくやろ。いまあの木星がちょうど西やから、あれはどこいくんやろ。福岡? 中国? インド? どこやろなぁ。
酔っぱらい さあなぁ。
とみえ すごいやんか、何時間かしたら伊丹からものすごとおいとこにおるんやで。さっきのんは東やったな。東京かな、アメリカかなぁ。おとんいったことある?
酔っぱらい ないなぁ。
とみえ ビールばっかのんでへんで、ちゃんとみてや!
酔っぱらい ……変わった子ぉやでほんま。誕生日にこんなとこ連れてっててせがむんは、お前くらいのもんや。
とみえ おかんがひとりでいったらあかんてゆうから。
酔っぱらい こんど水族館連れてったろか。去年、大阪になんちゅうんかできたやんか。
とみえ 海遊館?
酔っぱらい それそれ、どや。
とみえ うちはここがええ。
酔っぱらい 男の趣味や、飛行機は。
とみえ そんなことない。
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