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約束

約束　　　　　　　　　　　　　　　　　

登場人物
原田妙　（はらだたえ）
五十歳。夫を亡くした後、使用人の利樹と暮らす。一人娘の妙はベルリンに留学中。若い頃に書生と関係を結んでできた子が利樹。血縁関係を知りながら秘して語らない。
原田千代（はらだちよ）
　　二十二歳。妙の一人娘。ベルリンに留学中。利樹からドイツ文学の影響を受けて留学を決める。
中尾利樹（なかおとしき）
　　三十歳。実の両親の存在を知らないまま、生後すぐに孤児院に預けられる。後に使用人として原田家に住みこんで勤める。妙が実母であることを知らない。ドイツ文学への造詣が深く、それをきっかけに千代と恋仲となる。
相良智穂（さがらちほ）
　　高校二年生。俊哉の彼女。自由奔放。自分の前世が千代の、俊哉の前世が利樹だと知ったまま現代に生きる。
長門俊哉（ながととしや）
　　高校二年生。智穂の彼氏。真面目で素直。バレー部に所属。智穂の不思議な言動に困惑する。

名前だけ出てくる人
原田武紘（はらだたけひろ）
　　故人。軍人。妙の夫で千代の父。妙からは「原田」、利樹からは「お屋形様」と呼ばれる。
平川（ひらかわ）
　　利樹が育った孤児院の院長でドイツ文学を利樹に教える。原田とは旧知の仲。
大湊郁馬（おおみなといくま）
　　原田の盟友の三男で軍人。若くして陸軍中佐に進み、将来を期待される。千代の婚約相手として、妙は話を進めようとする。
書生
妙の若き日の恋人で利樹の父。利樹の生後すぐに失踪する。
妙の姉
身籠った妙を呼び寄せて援助した。
　
劇中の引用人物
シルレル（シラー）…ドイツ文学者。劇作家で詩人。Was ist das Leben ohne Liebesglanz?（ワズ・イスト・ダス・レーベン・オウヌ・リーベスグランツ＝愛の光なき人生は無意味である）の言葉を残す。
ゲーテ…ドイツの作家・詩人。「若きウェルテルの悩み」など著作多数。
ホフマン…ドイツの作家・作曲家。シルレルに多大な影響を受ける。
ハウプトマン…ドイツの劇作家。近代演劇の代表者として名高い。
平塚先生…平塚雷鳥。女性の地位確立に尽力。「原始女性は太陽であった」の言葉を残す。

シーン１　妙と利樹　
● 原田家の洋間。薄明かりの部屋。窓の外には桜の木が見える。
（椅子に座る妙と、その脇に立つ利樹。）

（音楽in→虫の声C.F→out）
利樹　今日はずいぶん暖かくなりました。楓もすっかりと色づいて。
妙　　そうね。いくら老木とはいえ、季節は忘れていないようですね。
利樹　お屋形様がずっと大切にされていたことを思い出します。
妙　　原田は草木が好きでしたから。ほら、隣の桜の木もずいぶんと手入れをしていたでしょう。庭
師を呼べばいいのにと、何度言っても聞かずに。
利樹　ご器用でいらっしゃいました。下草刈りも肥やりも接ぎ木も全てお一人で。
妙　　来年の春がまた楽しみね。
利樹　この桜を愛でていらっしゃったことを昨日のことのように思いだされます。
妙　　そうそう、たまに来る手紙も桜の心配ばかり。まるで桜に手紙を書いているみたいでおかしかったわ。
利樹　それはきっと、照れていらっしゃったのですよ。

（微笑んで）
妙　　そうかしら。原田の愛情はなんだか分かりにくくって。軍人らしいと言えばそれまでなのでしょうけれど。……時に利樹は原田の家に来てもう何年になるのですか。
利樹　情けをかけてくださって、もう十五年になります。
妙　　情けだなんて。少しも変わっていないのですね。その謙虚さを原田も愛していました。
利樹　ありがたいお言葉です。この洋服も懐中時計もお屋形様にいただきました。私には分相応の物ばかりです。
妙　　原田はよく言っていました。「これからは西洋の時代だ。利樹の凜々しい顔立ちには西洋の物が似合うだろう」と。
利樹　たくさんのありがたいご恩を頂戴しました。ご存命ならば、もっと孝行を尽くしたかったものです。残念でなりません。
妙　　そんな利樹の優しい心遣いが、大好きだったのですよ。

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