ザシキワラシの話
ザシキワラシの話 藤田 恵
登場人物
香織(二十一歳 大学4年生)
大おばさん(三浦家の主 六十歳くらいか)
その他 声のみのものども
暗やみの中、一条の光。香織、本を手に立ち、読む。
香 織 「旧家にはザシキワラシといふ神の住みたまふ家少なからず。(中略)この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり。
(中略)山口なる旧家にて山口孫左衛門といふ家には、童女の神二人いませりといふことを久しく言ひ伝へたりしが、ある年同じ村の何某といふ男、町より帰るとて留場の橋のほとりにて見馴れざる二人のよき娘に逢へり。物思はしき様子にてこちらへ 来る。お前たちはどこから来たと問へば、おら山口の孫左衛門が処から来たと答ふ。これからどこへ行くのかと聞けば、それの村の何某が家にと答ふ。その何某はやや離れたる村にて、今も立派に暮らせる豪農なり。さては孫左衛門が世も末だなと思ひしが、それより久しからず家の主従二十幾人、茸の毒にあたりて一日のうちに死に絶え、七歳の女の子一人が残せしが、その女もまた年老いて子なく、近き頃病みて失せたり。」(柳田国男「遠野物語」より)
いつのまにか、そこは奥に真白い障子ぶすまの部屋。障子の先は、ぬれ縁らしい。
部屋の隅には、ほぼ荷作り終わったらしい旅行鞄が二三。それに載せられた香織の上着。今しも旅立とうとせんばかりである。 香織、気をとり直したように、本を鞄にしまう。
障子の向こうからひたひたと足音が、ぴたりと止まる。
声 香織さん、ええですかね?
香 織 あ、はーい、どうぞ!
障子を開けて、「大おばさま」と呼ばれる女性が、茶の用意の載った盆を持って入ってくる。着物姿。老人ということはわかるが、妙に地味に作っているようでもある。ほの見える障子の外はやや夕暮れ。晩夏。この芝居の間、徐々に夜に
なっていく。
大おば (座りながら)まあ、お茶でもどないだと思ってさ。少し休みんさい。
どだ、支度の方はもういいのかね?(茶と菓子を出す。)
香 織 (大おばの向かいに座って)ごちそうさまです。
はい、もう、明日バスに乗るだけです。でも、「明日もう帰るんだあ」と思ったら、(笑う)ついつい、しまいこんだメモをひっぱり出して読んだり、急に思いついて書きたしたりして、…落ち着かないんです、私。
大おば ほお…、お勉強熱心だなあ。えらい子ぉや、あんた。
香 織 いえ、そんな。
それもこれも、大おばさまのおかげで、充実した調査ができたからですよ。普通、難しいんですよ、私みたいな外から来た人間が、いきなり村の方々に「お時間もらえませんか? お話を聞かせて下さい」なんて。断られて当たり前なんです。でも、大 おばさまが村の皆さんにお話してくださったおかげで、皆さん快く時間を割いて下さって…。
私、興奮してるんです。こんなにたくさんの研究資料を持って大学に帰れるなんて… 。
いい卒業論文書けると思います。本当にありがとうございました。
大おば そぉんな。だけど、ほんとに役にたつんだべか。村の人さのザシキボッコの話なんてよぉ。
香 織 立ちます、立ちます。私、柳田国男の「遠野物語」でザシキワラシの話を読んでから、どうしてもひかれて、一度でいいから口承 で直に伝わっている話を聞いてみたいって、ずうっと思ってたんです。
母に「昔、東北の親戚の家に静養に行ったことがある」って聞いて、矢もたてもたまらなくなってお訪ねしちゃいました。そうしたら、ここはザシキワラシの言い伝えの宝庫みたいな処なんですもの。びっくりするやら嬉しいやらで。あっちで聞いて、 こっちで聞いて。私のバッグ、メモでいっぱいです。
大おばさま、初対面の私を泊めてもくださって、本当に本当に感謝してます。
大おば なぁんもだ。そったら、しゃっちょこばることない。だぁってぇ、あんたは、あの薫子ちゃんの娘さんだもな。やあ、なつかしく てぇ。香織さん、ほんとよくお母さんに似てるわ。
香 織 ふふっ。
あの、「大おばさま」って、なんだか言いにくくて。私の祖父の妹さんなんですよね。遠い親戚になるのかしら。
大おば だあから、ばあちゃんでいいって言ったべさ。
香 織 いえ、それも…。なんか、あんまりっていうか…あの…、本当にお世話になりました。
…あの…、大おばさまは、見たことないんですか、ザシキワラシ。
大おば わたし?
香 織 ええ、だってこんな大きい家だし。村の人達、「三浦のご本家にはいるはずだ」って、言ってましたから。
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