五月病
5月 五月病

 真面目に不真面目。劇画調に演じる。
 台風が過ぎたかのような荒れた室内。ボロボロな先生と無傷な青年が向き合っている。
 これは、病名を告知したすぐ後のこと。


先 少し、落ち着いたかな。
青 すみません。少し、取り乱してしまいました。
先 さっきは、急に病名を告知してしまってすまなかった。
青 何の前触れもなかったんです。健康診断も、レントゲンも、心電図も異常なしと。
先 そうなんだよ。君の身体は健康そのものなんだ。
青 治るんですよね。また、元気に学校に行けるのですよね。
先 それは、君次第だ。
青 そんな。ただ、僕はただGWを満喫しただけだっていうのに、こんな仕打ちありませんよ!

 先生はカルテを見直す。

先 今年のGWは中の二日間を自主休校とし、九日間の休みにしたようだね。遠くに旅行し、買い物などありとあらゆる遊びに、遊びつくした。休みが明け、いざ学校となると足が向かなくなってしまった。考えられる病気は一つ、五月病しか―――。
青 やめてください。そんな残酷な病名を何度も。先生は鬼ですか?ここは地獄なのですか?
先 すまない。
青 先生、僕はこの病気に耐えられそうもありません。
先 そう気に病むことはない。日本人であればそうそう珍しいことじゃないのだから。そうだ、先日外国の子も同じ病気に…。

 父親(青年のではない)がそわそわと何かを隠しながら現れる。

父 先生。
先 すみません。まだ前の患者がいるのです。もうしばし、外でお待ちいただけませんか。
父 妻から聞きました。せがれのハツが悪いと。
青 ハツ?
先 一人の患者が辛い病とサシで戦っている最中なのです。邪魔しないでいただきたい。
父 一刻を争う状態なんです。
先 患者に優劣はつけられません!順番をお待ちください。
父 頼む、頼むよ。せがれに心臓移植をしてやってくれ。
青 人の心臓のことハツと言いますかね。
先 急に心臓移植と言われても、何とも答えられません。

 父親は隠していたソーコムを取り出し、二人を脅す。

父 そう言われると思っていたさ。おっと、偽物だなんて思わないことだな。これはエアガンでもモデルガンでもない、本物の銃だ。少しでも動いて見ろ。そこのあんちゃんの頭に風穴が空くぞ。
青 ふ、ふっふっふ。はっはっは。まさか病気を告知されたその日にこんなことになるなんてね。これで病の重圧から逃れられるのなら願ってもない。
先 考え直しなさい。君はまだ頑張れる。未来だってあるのだから。
青 先生は腕利きの外科医だと聞きます。誰かのお父さん、即死で頼みますよ。
父 ふふ、やけに肝っ玉の据わったあんちゃんじゃないか。ならば、お望み通り…。
先 やめろ!

 カチリ。弾は出なかった。笑いだす父親。

父 弾なんて、初めからないんだよ。
先 なんだって。
青 それなら、いったい何しに来たと言うんだ。
父 せがれの移植に必要な費用までは出せない。有り金はたいて本物の銃を購入したのはいいが、今度は弾まで手が届かなくてね。
青 弾が無いのなら本物の銃にこだわらず、モデルガンで良かったのではないのか。
父 頼む先生、移植をしてくれ。ここで失敗したら、せがれも財産も残らないんだ。
先 申し訳ありませんが、弾が入っていないことを知った以上、私が執刀する理由は一つもありません。
父 そんな。なんて薄情な医者なんだ。
先 同情はしますが、今は目の前の患者が最優先なのです。ただ、例えば、心臓移植をすることにより彼も生きてくれるというのなら、私が執刀する理由は大いにある。
父 まさか、その説得を俺がやるというのか。仮にも俺は強盗なんだぞ。
先 いえ、すみません。私の手に負えないので、つい口にしてしまっただけです。忘れてください。
父 …君、そんなに重い病気なのか?
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