同行二人
     2016年8月下旬。高松市内の遍路小屋。夜。
     あたりは静寂につつまれ、鈴虫の鳴き声だけが響いている。
     ふきっさらしの小屋のなかにみゆきとエリのふたりの少女がいる。ふたりは背に「南無大師遍照金剛」と書かれた白装束の巡礼姿。みゆきはベンチに横たわり、エリは座って月を眺めている。

みゆき (身を起こし)起きてる……?
エリ  いなげなことゆわんで。
みゆき あ……そうやね、うち、ねぼけとるんかもしれへん。
エリ  あした、はえーけぇ、はあねむりぃ。
みゆき うん、そうなんやけどね……。

     みゆき、エリの隣に座る。

エリ  どうしたん。
みゆき ええかな……しばらく。
エリ  ええけど。

     沈黙。鈴虫の音が鳴り響いている。

みゆき こんな月やったね、うちらが会ぅた日ぃも。
エリ  そうじゃったっけ。
みゆき よぅ覚えとるよ。あの夜、うちぜんぜん眠れへんかったから、ずっと眺めとったんやもん。
エリ  じゃ、ふたまわりか。ふたつきたちよったんじゃね。
みゆき たったのふたつき。せやけど、うちにとってエリと過ごしたこのふたつきは、生まれてからのどんな瞬間よりも、ほんま、濃密で、刺激的で……。
エリ  あんた、大げさなんよ。
みゆき エリに会えてよかった。
エリ  ううん……それ言いたいんは、あたしの方じゃけん。

     ふたりはみつめあう。

みゆき 信じられへんわ、あしたで終わりやなんて。
エリ  大窪寺のあと、どうするん。お礼参り行く?
みゆき お礼参りて、1番札所に戻ることやろ。
エリ  そう、霊山寺。
みゆき 霊山寺。
エリ  あんたがしょぼくれとったとこじゃ。
みゆき ふふふ。
エリ  また声かけちゃろーか。
みゆき ほしたらもう一周する?

     ふたり、笑う。

    ほんまにあれからもうふたつき。南海フェリーに乗って和歌山からわたってきたうちが、不慣れな土地で、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。沈んでいく太陽におびえながらたどりついたんが、四国霊場1番札所、霊山寺の山門の前やった。

     鐘の音が鳴り響く。
     霊山寺山門。夕暮れ。遠くから読経の声が聞こえる。
     座りこんでいるみゆき。寺のなかから出てきたエリと目線があうが、みゆきがそらす。エリは驚いた様子で、門の逆がわからみゆきをみつめる。

みゆき (バツが悪そうにちらちら見る)……。
エリ  ……あんた……。
みゆき (身をすくめる)……。
エリ  聞こえよるんか。
みゆき ……。
エリ  聞こえよるんじゃな。
みゆき は、はい……なんでしょう。
エリ  そこでなんしよん。
みゆき いや、別に……。
エリ  土地のもんじゃないねぇ。巡礼でもない。ほいじゃのに、そがあとこでなんしよるんじゃ。
みゆき ……。

     沈黙。
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