自殺にまつわる寸劇
自殺にまつわる寸劇(コント)
古澤 春一
野外の喫煙所のベンチに老年の男が座って、タバコを吸っている。
その隣にAがやってきて、座り、タバコを吸う。
しばらくして、男がいきなり話しかける。
男「わたし自殺したことがあるんですよ」
A「え?」
男「いや、正確には、失敗したんですけどね」
A「はぁ」
男「いやぁ、自殺というものは難しいですよ。やっぱりどこかに、生への執着というものがあるんですな。なかなか死ねません。あなたはありますか?自殺したこと」
A「いえ、もちろん、ないですけど」
男「でしょうな。それが一番ですよ。自殺しようなんて考えちゃあいけません。いろいろ考えるとよくないんです。思い立ったらすぐやらないと」
A「え?」
男「冗談ですよ(笑う)」
間
男「では、私は、そろそろ」
男は立ち上がる。
A「…あの、どちらへ?」
男「(間をもたせた上で、もったいぶらず唐突に)屋上です」
A「屋上!?」
男「はい、このビルの屋上」
A「え、それは、もしかして、その…」
男「違いますよ。景色を見に行くわけないじゃないですよ」
A「…えっと、それは、どういう(意味)」
男「いや、だから、飛び降りるんですよ。屋上から」
A「いや、ダメですよ!」
男「なんで?」
A「それは…」
男「ははん、わかりましたよ。私に死んでほしくないんでしょ?目撃者になりたくないから」
A「違いますよ」
男「じゃあ、どうして」
A「だって、そりゃあ、自殺するって言う人がいたら止めるでしょう。普通」
男「普通?それが、見ず知らずの男でも、ですか?」
A「はい」
男「素晴らしい。あなたはなんて心優しい人なんだ。どうです?1本」
と言って、男はタバコを差し出す。
男「タバコぐらいしかないんですよ、これも最後の1本。残しとくのももったいないんでね」
A「いいですよ。自分のがありますから」
男「そうですか?じゃあ、私がもらいますよ?」
A「どうぞ。あなたのですから」
男は再び、ベンチに座る。
男「いやぁ、それにしてもいい天気ですね。風が気持ちいい」
A「夜には雨が降るみたいですよ。天気予報で言ってました」
男「大丈夫ですよ。その頃には、もう私はいませんから」
A「(何か言おうとして)あのー、(言い淀んで)失礼ですが、名前は?」
男「私ですか?」
A「はい」
男「佐藤です」
A「では、佐藤さん。やめましょう。そういうことを言うのは。事情も知らずに、止めるのも、無責任だとは思いますが、自殺すると言っている人をみすみす見逃すというのも、また無責任だ。私の気持ちもわかってください。それでも自殺したいと言うなら、また今度にして、今日は一度帰ってもらえませんか」
男「面白いことをおっしゃる。それでは、明日、私が、またここに来て、自殺するなら、それで構わないと言うんですか?」
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