林檎にまつわる掌編集
【ベル】
(電話のベル。)
(一人の女。仮にA。)
(ベッドに腰かけ、けだるい顔で電話を見つめているが、やがて観念したように受話器を取る。)
A「はい……はい……いつもありがとう……そう……そう……うん……じゃあ……林檎に着替えていくわ」
(A、電話を切り、シャツのボタンを一つ外す。)
(……。)
(インターフォンの音。)
(一人の男。仮にB。)
(ベッドに腰かけ、けだるい顔でドアを見つめているが、やがて観念したようにドアノブを捻る。)
(Bの足元に小さな箱。)
(Bは箱を拾い、中から林檎を取り出す。)
(B、シャツのボタンを一つ外し、林檎とともにベッドの中へ。)
【背中】
(蝿の羽音。)
(夕日の差し込む小さな部屋に、AとBがいる。)
(Aは壁にもたれかかり、漫画を読んでいる。)
(Bは薄い布団にくるまって、雑誌をめくっている。)
(遠くで犬が鳴いている。)
(ふいに、)
B「背中がかゆい」
A「そう」
B「背中、掻いてくれる?」
(Bはそう言うと、Aが何も答えないうちに、布団の中からコンビニ袋を取り出す。)
A「何これ」
(Aはコンビニ袋を受け取る。)
(ずっしりと重い。)
(Aは袋の中を覗き、中から林檎を取り出す。)
A「何これ」
B「背中」
(Bはそうつぶやいて雑誌をめくる。)
(Aは袋の中から、林檎をいくつも取り出す。)
(どれもこれも同じに見えるが、やがて一つだけ……。)
A「これかな」
(Bは何も言わない。)
(A、林檎を掌に乗せ、爪の先で軽く掻いてみる。)
B「……あ、そこ」
(Bは小さな声でそう言うと、気持ちよさそうに目を閉じる。)
(A、林檎を掌に乗せて、爪の先で軽く掻き続ける。)
(Bはいつの間にか寝息を立てている。)
(A、林檎をそっと床に置き、Bを見つめる。)
(そしてBの体をくるんでいる布団をそっとめくろうとする。)
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