あとの祭のまえ (10分)
10分Ver.
◆ 寝坊だ! 急いで学校に! 行ってきます! 重い! 起きたばかりは体が重い!
石田さんちの前を通り過ぎる。絶対に犬が吠える。黒くて大きいやつ。名前は知らな
い。工場の脇を抜けて国道に出る。後は真っ直ぐ。左手に更地が見える。噂ではコン
ビニが出来る。走る。走る。ひたすら走る。ミートセンターの川を越える。ミートセ
ンターは豚を肉に加工する工場で、辺りは酷い臭いがする。川には豚の血が垂れ流さ
れて真っ赤っか。近所の子達は呪われるって言いながら、どこまで近寄れるか度胸試
しするのが好きだ。坂を上る。ここがいつもきついんだ。あぁ、僕の体を乳酸が支配
する。信号が赤。はぁはぁ。絶対寿命が縮んでる。青! NTTの社宅を過ぎる。こ
こには同級生がたくさん住んでいる。左に曲がる。もう少し! 学校が見えた! こ
っちは正門じゃないから先生はいない。教室に滑り込む! おはようございます!
え、宿題…? えー…。
■■■
◆ っていう夢! 寝坊だ! 急いで会社に! 行ってきます! 重い! 起きたばかり
は体が重い! 昔より更に重い! 乗ります! 乗りまーす! この時間の電車は地
獄だ。…今日もあの人がいる。隣に住んでたサエコ姉ちゃんに似てるんだよな。カブ
トムシが苦手なのにザリガニは平気で触ってた。足に小さく火傷の跡があった。…姉
ちゃん、良い匂いがしたな。姉ちゃんも上京したんだっけ…? 俺は何故働いている
のか。生活の為? でも生きる為ではない気がする。それなら…。降ります! 降り
まーす! 自分のデスクに滑り込む! おはようございます! え、企画書…? え
ー…。
■■■
◆ 何年も離れていた地元に戻りたくなったのは、人の多い都会から逃げ出したかったか
ら、だろう。他人の気持ち以上に、自分の気持ちが分からない。そういう時に限っ
て、年に一度の祭の夜。静かには、過ごせない。我先に会場を目指して走り去ってい
く子供の背中。いつかの自分も、大人の目にはこう映っていたのか。
間。
○ お?
◆ …?
○ ともくん? …菅谷、とものりさん、では?
◆ …はい。
○ やっぱり! 私サエコ! 久しぶり! …ごめんなさい。覚えてない?
◆ 覚えてる。あ、覚えてます…。
○ え、敬語? 私フランク過ぎた? こんな感じで接してた気がするんだけど…。
◆ あ、いや、急だったから、…うん。
○ おばさんには教えてあったんだよ? 住所も電話番号も。聞いてくれなかったって事
は、ともくんにとって私はその程度の存在だったんだー。残念。
◆ 違うよ! そうじゃなくて…。
○ 本当? しばらくはいるの?
◆ 分かんない。…仕事、辞めちゃってさ。
○ せっかくだし、ゆっくりすれば?
◆ 急に戻って来て実家に長居するのもね。
○ 喜んでると思うよ。そういうのも親孝行だよ。
◆ 別に。素っ気なかったよ。
○ そんなはずない。
◆ そうなんだって。
○ そんなはずない。
◆ だって/
○ そんなはずない。
◆ 思い出した。姉ちゃんは頑固だった。
○ 覚えててくれてありがとう。…ご飯、おうちで食べてる? おかずにお肉出るでし
ょ。大量に。
◆ …。
○ あのね。私達も歳を取ったけど、おばさん達も歳を取って普段もうお肉とかあんまり
食べないんだよ? ともくんの為に、わざわざ作ってくれてるんだよ。
◆ …。
○ 優しいじゃん。分かってあげなきゃ。
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