名付け屋
『名付け屋』
 
                        作・江出秋楓
 
 登場人物
 
 ・男性A……もうすぐ子供が生まれるが名前が決まらず悩んでいる。
 ・名付け屋……明治時代から続く店の主人。
 ・娘……名付け屋の娘。
 
 
 A、悩んでいるような様子でぶつぶつと何事かを呟きながら路地を歩いている。
 目の前には、少し古びた看板。
 A、その看板に躓いてこけそうになる。
 
 A「うわっ、とと。ん?」
 
 A、看板をのぞき込む。その背後から名付け屋が近づく。
 
 A「名付け屋?なんだこれ」
 名「そのまんまですよ」
 A「うわぁぁぁ?!」
 名「そんなに驚かなくても」
 A「いや驚きますよ、いきなり背後に人が現れたら!」
 名「まぁまぁ。あっ、ところで。もしかして子供の名前が決まっていないとかで悩んだりしていませんか?」
 A「わぁ、すごいですね!どうしてわかったんですか?」
 名「おお、まさか当たってしまうとは」
 A「あてずっぽうかい?!」
 名「いや、しかしこれも何かの縁。この際どうです?この「名付け屋」に任せてみては」
 A「あの、その名付け屋って何なんですか?」
 名「その名の通り、明治初期からある由緒正しき店でして、名前を付ける仕事を承っております。人の名前にペットの名前。会社の名前から挙句にはあだ名から芸名まで。運勢、音の響き、その人に馴染んでいるかどうかまで総合的に考えて最高のお名前をお付けいたします」
 A「は、はぁ。えっと名付け屋、というからにはお金がかかるんですよね?いったいいくらくらい……?」
 名「いやいやそれがですね。現在子供の名前に限っては初回無料のサービスを行っておりまして」
 A「そうなんですか」
 名「はい。一度体験してもらい、そして次回以降も御贔屓にしていただく、というものなのですが……」
 A「はい」
 名「最近は子供を産まない、産んでも一人だけ、という人が増えてしまったせいでこちらは商売あがったりなんですよね」
 A「まぁ、少子化だなんだって騒がれてますもんね」
 名「ですから、ぜひあなた方には産めや増やせで頑張っていただきたい」
 A「は、はぁ」
 名「さて、それで?お子さんは女の子ですか?それとも男の子?」
 A「女の子です」
 名「女の子ですか。それは悩むでしょうねぇ、お父さんとしては」
 A「はい。妻にいくつか候補を出したんですが、すべて却下されました」
 名「参考までにどんなものを候補として出されたのか、聞いてもよろしいでしょうか?」
 A「はい。ええっと、『優香』『瞳』『里奈』の三つです」
 名「ほう。いい名前じゃないですか」
 A「でしょう?それなのになぜかすぐに却下されて、挙句の果てに家から追い出されて。しばらくは家に入れてもらえませんでしたよ」
 名「それは、ずいぶん厳しい奥さんですねぇ。ちなみに、どうしてその名前を?」
 A「昔付き合ってた彼女の名前です」
 名「あほとちゃうか?」
 A「えっ?」
 名「いや、それはだめでしょう」
 A「そうですか……あ、そうだ。他にもいろいろ出したんですよ」
 名「ほうほう。はじめがアレだっただけにいやな予感しかしませんが。どうぞ、聞かせてください」
 A「はい。ええっとまずは。僕の名前が漢数字の一に呆れるで「一呆(かずほ)」、妻の名前が阿波踊りの阿に美しいで「阿美(あみ)」っていうんですけど、それぞれから一文字づつ取って」
 名「あれ?案外まとも?」
 A「『阿呆(あほ)』って」
 名「なんでそっちにしちゃったかなぁ!『一美』でよかったじゃない、『一美』で!」
 A「いや、普通すぎるかなって」
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