脚本ダウンロードサービス

エルピスを発つ

エルピスを発つ

男１（「川端一也」編集者）
男２（「館山諒」小説家）
男３（「長谷部浩康」編集者・男２の友人/編集者・男１の同僚）
男４（「赤枡慎次郎」精神分析医）
男５（「藤田渉」女５の助手）
女１（「館山葵・石川葵」男２の妻/男１の婚約者）
女２（「岡島由希」男１の後輩）
女３（「羽村早苗」編集長）
女４（「比屋根則子」研究者）

音楽。
舞台の奥、少し高くなった場所には柵が設けられている。その更に奥に男１の、そしてその前には拍手をする男４以外全員の後姿のシルエットが浮かぶ。男４は舞台手前の椅子に座ってその様子を見ている。
音楽が高鳴っていく。それに合わせるように、男１がゆっくりと手を広げる。そして、柵の向こうへと落ちる。そして一人、また一人と拍手を止め、舞台から去っていく。やがて、最後に男２と男４だけが残り、舞台はようやく明るくなる。

一場・留置所。

舞台、中央にはテーブルと椅子。下手にはベッドとその脇に小さな棚、上手には紙や筆記具が乱雑に置かれた机がある。

男４「…何故、夢の話を？」
男２「なんでもいいから話せと言ったのはお前だろ」
男４「私はなんでもいいから事件のことを話せと言ったんだ。夢の話など…」
男２「なあ、あんた、先生、赤枡？先生、だっけか？あんたさ、精神科医なんだろ？」
男４「精神分析医だ」
男２「あぁ、失礼。精神分析医の先生なら、夢から診断だってできんじゃねぇの？そういうの、あんだろ？分析してみろよ？俺はキチガイか？あ？」
男４「…一般的に自殺をする夢を見るのは自己嫌悪の表れで」
男２「自分を殺したいと思ってるから夢に自殺ってか？随分と短絡的だなぁ夢診断ってのは」
男４「夢の話をすれば簡単に診断できるという考え方も十分短絡的だと思うが」
男２「あぁ、そうだな。その通りさ。でも仕方無いだろ？俺はあんたと違って頭の悪い、いや頭のおかしいキチガイなんだからさ」
男４「君の気が狂っているかどうかを判断するのは私の仕事であり、君の役目ではない。…なぁ、私はわざわざ君とこのような下らない会話を楽しむために来たわけではないし、そんなことをしている時間もないということは君も分かっている筈だ。私は精神分析医として君に精神的疾患があるかどうか、そしてそれが今回の事件の責任に対してどう影響するのかを裁判官に提出する。ただそれだけだ。君もこんな不愉快な時間を延々と繰り返したくはないだろう？」
男２「…」
男４「少しは私に協力してくれ。まずはそこから降りて席に着いてくれないか」

男２、ふてぶてしい態度で台から降り、椅子に座る。

男４「（溜息）じゃあ基本的な所から行こう。まずは自己紹介でもしてもらおうか」
男２「館山諒、26歳、職業は小説家。父親は小説家の館山怜。俺の名前はまだしも親父の名前ぐらいは知ってんだろ」
男４「偉大な作家だった、今では教科書にも載っているくらいだ。しかし君の名前も知っていたよ。近代文学界の巨匠、館山怜の息子にして新鋭の人気小説家。最近は多くの作品がドラマ化、映画化しておりこれもどれも大ヒットだ。作品も拝見させてもらったが、親父さんの影響をかなり受けていた感じこそあったものの、彼の小説みたいな強い政治的なメッセージが無い分読みやすかった」
男２「三島由紀夫マニアだったからな、親父は。あんなクソ右翼の小説が何故売れたんだか」
男４「親父さんが嫌いだったのか？」
男２「逆だよ。親父が俺のことを嫌っていたんだ。あいつのエッセイを読んだことは？」
男４「149ページ、第４章に『子供の頃の諒は可愛かった』と。エッセイに書かれていた君の情報はこれだけだったな」
男２「そう。それだけ。確かに子供の頃は可愛がられた記憶がある。だが親父はあることに気付くと途端に俺に対する興味を失った。何だと思う？」
男４「わからないな」
男２「高所恐怖症さ。どういう訳だか知らないが、俺が高いところが苦手だった事が親父はどうしても許せなかったらしい」
男４「まさか。そんな事が」
男２「あるんだよ、それが。親父はそういう奴だった。天才ってやつだよ。ある一分野において突出して秀でた能力を持つ代わりに、人間として最低限持っているべき能力は欠けている人間。わかるだろ？あいつはなにか気に入らないことがあればどんなものでも嫌悪した。例えそれが実の息子であってもな」
男４「…」
男２「まぁそれで良かったんだ。お陰で俺も心おきなく親父を嫌えたし、親父のクソみたいな右翼思想に感化されることもなく済んだ」
男４「だが君の作品を見る限り、親父さんの作品はかなり読み込んだように見受けたが？」
男２「何故そう思う？」
男４「さっきも言ったが、君の作品はかなり親父さんの影響を受けていた。特に文体やストーリー展開なんかもそっくりだ。あの作風は彼の作品をかなり読み込んでないと作れないだろう」
男２「よく調べてるねぇ」
男４「仕事だからな。第一、父親を尊敬していなければ、同じ作家仕事を選ばないだろう」
男２「（笑う）」
男４「…？」

1/35

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで！