UTOPIA〜月は無限の色に輝く〜【朗読】
《登場人物》

女1=紺野七海
女2=セレネー



Prologue〜UTOPIA

☆M0

イルミネーションの光と、紙でできた月。
舞台上には2人の女。

女1 「本当に申し訳ございません。」電話口で七海は頭を下げた。もう何回目だろう。仕事柄、慣れているはずのクレーム対応だが、やはり言葉の一つ一つが七?の心をちくちくと刺す。第三者が聞けば、随分と理不尽に聞こえることばかりだが、言葉を受け止めなければならないのは、他ならぬ七?自身だ。自分では精一杯やったつもりでも、いつも何かが足りない。相手の求めるものと、自分が求められたと思ったものが違う。相手が求める思い出に残る時間と、自分が相手の思い出に残してあげたい時間が違う。それを一致させるのが自分の役目だと分かっているのに、何故かすれ違う。
女2 あの人が器用にナイフを操り、紙で作った月を、私はじっと見ていた。日がな一日、あの人の帰りを待ちわびながら。やがて、本物の月が空に上った。あの人はやっぱり帰って来ない。
女1 料理の味付けが気に入らなかったというのはまだ可愛い。ヘアメイクが事前の打ち合わせと違っていたので、写真を撮り直せと言ってくる。でもそのヘアメイクは、事前にリハーサルで確認したものを、当日お客様の要望で変更したものだ。それでも、謝るのは七海だ。そして、その後処理の段取りをするのも七海。そう、いつでも悪いのは七海なのである。
女2 月が昇ったことにも気付かず、あの人は煌びやかな世界を作り上げるために、シャンデリアの光とキャンドルサービスの蝋燭の火の揺らめきの中にいる。そして、たくさんの人達の笑顔に囲まれながら、心の何処かを軋ませている。その音が、私には聞こえる。紙の月が増えていく。ふと、あの人は呟く。
女1 「ユートピア それは誰も見たことのない」。
女2 その言葉が、綺麗に磨かれた鏡のような床に落ちる。「ユートピア それは誰も見たことのない」
女1 七海の前を、何かが横切った気がした。それでも七海は走り出す。次に待つカップルに幸せな時間を提供するために。

☆M1

1.クリスマス・イヴの前

女2 「それで、何て返事したんだ?」
女1 「考えさせて下さいって。」
女2 「七海はどうしたいんだ?」
女1 「できれば、行きたいかな。向こうに行けば、大きな仕事を任せてもらえるっていう話だし。私も、責任ある立場になって仕事がしたいの。」
女2 「俺は仕事を辞めるわけにはいかない。分かってるだろ、そんなこと。」
女1 分かってる。七海は心の中で呟いた。万に一つも、彼が自分について来るなんて言う筈がないことも。
女2 「七海は、誰かの幸せと、俺達二人の幸せと、どっちが大切なんだ?」
女1 「どういうこと?」
女2 「お前は、他人様の結婚式をプロデュースしている。つまり、誰かの幸せについてはいつも考えているんだよな。でも、俺達の幸せはどうなるんだ。誰かの幸せのために、俺達が犠牲にならなきいけないのか?」
女1 「じゃあ聞くけど、マサヤは私の仕事のことどう思ってるの?私はこの仕事にやり甲斐を感じてる。できるだけ長く、できればずっと続けていきたいの。そんな簡単に捨てられるものじゃない。」
女2 「俺との生活をはどうなるんだ?」
女1 「それは…LINEだってあるでしょ。お互い、時間を作って会えばいいだけの話じゃないの?」
女2 「俺と一緒にいることがそんなに不満なのか?俺といるよりも仕事の方がいいって、そういうことなのか?」
女1 「じゃあ、マサヤはどうなの?仕事を辞めて大人しくついてくる女じゃなきゃだめってこと?そんなの勝手じゃん!」
女2 「お前こそ勝手だろ!お前の中で、俺や、俺の仕事のことはそんなに軽いものなのか。…もういい。」
女1 そう言うと、マサヤは上着に手を通しながら鞄を持ち、慌ただしく出て行った。バタン!と大きな音がしてドアが閉まった。静かな部屋の中で、窓際に置かれた小さなクリスマスツリーの電飾が、規則的な明滅を繰り返していた。
女2 あれは、クリスマス・イヴの前日のことだった。私は、二人の横顔をじっと見詰めていた。そうするしかなかった。街の中にはイルミネーションが溢れていた。その遥か上、きんと空気が張り詰めた冷たい空で、小さな月が頼りなげに光っていた。二人の部屋は、深い海の底のように、暗く、静まりかえっていた。あの人は、ため息のように呟いた。
女1 「ユートピア それは誰も見たことのない。」
女2 その言葉が、海の中の泡のように、夜の底を漂っていた。

☆M2

2. 懐かしい初対面の女

女1 あれから二年。この街にもクリスマスはやってくる。規模は東京とは比べものにならないけれど、それでも街の大通りの街路樹はLEDの光に彩られる。自分の幸せはそっちのけで、他人の幸せの舞台を作ってばかりいることの虚しさを思い出させられる時期だ。仕事は比較的落ち着いてはいるが、クリスマスのタイミングで挙式を希望するカップルもいないわけではない。最後の調整のための打ち合わせを終え、七海は一息つこうと喫茶店に入った。店の中にもクリスマスソングが流れている。どこまで行っても世間の「幸せオーラ」からの逃げ場はない。七海は観念した。テーブルにつき、ロイヤルミルクティーを注文し終えた時、突然背後から声がした。
女2 「あの、失礼ですが…」
女1 七海が振り向くと、一人の若い女が立っていた。髪は長く、化粧は少しだけ濃い。垢抜けた服装は、この街の空気の中では異質な物として浮遊しているかのようだ。すぐ側にいるのに、どこか、実在感がない。
女2 「紺野七海さん、ですよね?」
女1 「はい。」一応返事はしたものの、見覚えのない顔だった。でも、何故この女は自分の名前を知っているのだろう。
女2 「よかった。人違いだったらどうしようかと思った。あ、ここいいですか?」
女1 女は、七海の返事を待たずに向かいの席に座った。テーブルがそんなに大きくはないので、二人の距離は近い。女はにこにこ笑いながら、七海の顔を見ている。
女2 「七海さんは、私のことご存じないと思うけど、私は七海さんを知ってるんです。」
女1 「そうなんですか?あの、どこかでお会いしましたっけ?」
女2 「私、七海さんのクラフトアートっていうんですか?あれの大ファンなんです。」
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