月光蝶伝(完全版)
〜響き合う音の物語〜
元気ですか。キャラバンの旅ももう二年目に入ったし、もしかしたら、君はとっくに僕の事を忘れてしまっているかもしれないね。でも構わない。とにかく僕は元気です。
君は、聞いたことがあるだろうか。満月の夜、湖を渡って飛ぶ蝶の群れがあるという話を。月光蝶、それは昔から、死者の魂を運ぶという言い伝えがある。僕はその話を、湖と森に囲まれた村で初めて聞いた。その話を伝えるために、この手紙を書いてます。
*
運搬業務を終えると旅の物資が尽き、キャラバンはそこでしばらく滞在する事になった。手持ち無沙汰になった僕は小遣い稼ぎに便利屋を始めた。困っていることなら何でも手伝いますという仕事だ。流行り病がおさまったばかりの村では、多くの働き手が失われていた。
しかしよそ者はやはり警戒されるのだろう、一人の少年が声をかけてきたのは、広場に張り紙をしてからやっと三日目のことだった。
少年「ほんとに何でも手伝ってくれるの?」
質素な身なりに包まれた、まだ幼さの同居する痩せた浅黒い体。彼は伏し目がちながらも僕をじろじろと見つめ、不審がっている様子を隠そうともしなかった。その少年には見覚えがあった。村に来たばかりの頃、何人かの少年にからかわれていたのを見かけたことがあったんだ。その時の僕には、何もできずにただ遠くから眺めていることしかできなかった。旅人のいいところは、他人の人生に深く関わらなくていいことだと思って、自分の殻を破ることができなかったんだ。
青年「あ、ああ、そうだよ」
我に返った僕は漸く返事をした。
少年「……探して欲しいものがあるんだ」
小さな手からたった一枚の銀貨を渡すと、顔を上げてやたら大きい瞳を真摯に僕に向けてきた。
青年「いいけど……」
その切迫したような雰囲気に少し飲まれて、僕はやや引き気味に了解したにも関わらず、その瞳に明りがともった。
青年「月光蝶?」
僕が尋ねると少年は月光蝶の言い伝えを教えてくれた。
青年「死者の魂……君は誰か、会いたい人がいるの?」
少年「うん……先月、にいちゃんが死んじゃったんだ」
少年の話では、彼には他に身寄りがなく、2人きりの兄弟だった。村を襲った流行り病で兄が亡くなる前、喧嘩をしてしまったのだそうだ。
少年「その時、俺、にいちゃんに酷い事言っちゃったんだ。そのまま、謝ることもできなくて……」
青年「なるほど。でもそんなの、大昔の伝説だろう?」
少年「あんたは、そういうの信じないの?」
青年「僕は……」
正直、返答に困った。だってそういう、昔からの言い伝えが本当だったことに、僕はまだ出くわした事がなかったからだ。
少年「いいよ、もう。俺一人で探すから」
少年はそう言い捨てると、潤み始めた目をこすって行こうとした。
青年「あっ、待って。わかった、引き受けるよ」
正直に言って割のいい仕事じゃなかった。銀貨一枚で、幻の蝶を探さないといけないというのだから。しかし、こんな小さな子どもの夢を大人が奪うのは道理に反してる、そんな気がした。
その時の彼の笑顔を、僕はずっと忘れないでいようと思う。
*
それからの僕は他の仕事も引き受けながら村じゅうで話を聞いて回ったが、月光蝶探しはほとんど何も手がかりがなかった。ただ満月の晩に湖に行ったからと言って簡単に見られる光景ではなく、勿論誰もそんなもの見たことがないという話ばかりだった。村人達には一体どこの話だと相手にもされない。少年の最初の態度は、僕がきっとよそ者だからというだけではなかったのだろうと思った。
市場で下働きをする少年には、年の近い友人もいなかった。月光蝶を探し始めたことが周囲に広まってからは、以前僕が見たように、他の少年たちに聞こえよがしに馬鹿にされるようにもなっていたようだ。
そんな彼から目を離すのも躊躇われたが、夜の情報収集には同行させるわけにもいかず、一人で酒場に何度か出かけるうちに村長と懇意になることができた。壮年の村長は月光蝶の話をするとやはり初めは鼻で笑っていた。蝶を探す少年の事も知っていた。大人たちがそういう態度だから、村の子どもにも伝染するんですよと僕はかなり強い調子で言ってしまってからあとで後悔した。
しかしね若い人、と村長は言った。夢は夢、幻は幻だと、大人になる前にわかっていた方がいい。そうしなければ生きていくことはできないんだと、彼のこめかみの傷も語っていた。昔北の方で戦争があったときの傷だそうだ。
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