ハッピーな世界と私の歌
暗闇の中、声が聞こえる。
小さな女の子と、お母さんが一緒に歌を歌っているようだ。
女の子は楽しそうにはしゃいでいる。お母さんも嬉しそうである。
女の声「これはきっと、私の最初の記憶。病院で、母と歌を歌っていた。……正直母のことはよく覚えていない。病気がちで、いつも入院と退院を繰り返していた母は、昔の私にとっては『ベッドで寝ながら、私に歌を歌って遊んでくれる人』だった。私はその時間が楽しくて、母も、私との時間がなかなか取れないせいか、とても楽しそうで……それはとても幸せな時間として覚えている」
歌が不意に途切れる。
女の声「そんな母は、私が小学校に入る前に、死んだ」
夏。
一人の、黒っぽい服を着た少女が一人で立っている。
ただ、周囲にはたくさんの大人がいるようだ。大人たちの声が聞こえてくる。
「この度はご愁傷様で……」「まだお若いのに……」「遠方はるばるご苦労様でした……」
少女はその中で、つまらなそうに立っている。
女の声「次の記憶は夏の夜、母の通夜だと思う。お父さんやおばあちゃんから、母にはもう会えない、空に昇って行ったと聞かされて、私は黒い服を着せられた。黒い服は、可愛らしいデザインだったが、やっぱり色が気に入らなかった」
少女、大人たちがいるところが気になるらしい。
大人たちの様子をうかがっている。
少女「ねえ、お父さん、ねえ」
少女、お父さんを呼んでみるが、返事はない。
女の声「そのころの私にはまだ、この集まりの意味がわかってなくて、でも、周りの大人たちの、なんとなく深刻な様子は伝わってきて、それがとにかく嫌だった。だから私は」
少女、なんとなく小さな声で歌を口ずさむ。
女の声「私は、お母さんから教えてもらった歌を歌った」
暗転。
女の声「……それからたぶん二十年以上の月日が経過した」
リツコ「はい、五名様お通しでーす!」
明転すると、舞台は居酒屋になっている。
女(本城リツコ)、フロアスタッフの格好で、舞台の中を忙しそうに右往左往している。
舞台にはたくさんの客と、キッチンスタッフ。
喧騒の中で、店員を呼ぶ音や声が錯綜し、その中をリツコは走り回る。
客「すいませーん」
リツコ「はーいただいまー」
客「こっちにビールまだ?」
リツコ「申し訳ありませーん、すぐお持ちしまーす」
スタッフ「料理できてるよ、何番?」
客「お勘定―」
客「席空いてるの、空いてないの、どっち?」
リツコ「ヤマちゃんレジ対応して。ローストビーフは六番テーブル。九番テーブル拭き終わったからご案内して。あと一一番、ファジーネーブルとカシスソーダ。そう、おかわり。すごい勢いでガブガブ飲んでるの。……」
リツコの声、喧騒、だんだん小さくなっていく。
動きの中で、ナレーションが入る。
リツコの声「昔から、それほど夢らしい夢を持たなかった。学校の成績は良くも悪くもなかったから、地元の公立高校に進学した。高校時代付き合ってた彼氏に「料理うまいね」って褒められたから、なんとなく居酒屋にバイトしていたら、次第に頼られるようになって、気が付けばズルズルとここで働くことになった」
リツコの目の前に、後輩が現れる。
青ざめた様子。
後輩「センパイ、Bの四号です」
リツコ「一人?」
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