取調室
「取調室」       作・椙田佳生

<登場人物>
 刑事1(男)…常に冷静なベテラン刑事
 刑事2(男)…血気盛んな若手刑事
 容疑者(男)…何らかの身に覚えのない容疑で拘束された青年
 参考人(女)…地方から取り調べに招かれた容疑者の母

 狭い取調室。
 刑事1が机を挟んで容疑者と向き合っている。
 刑事2は壁際に立ってその様子を見ている。

刑事1 さあ、もう一度状況を確認するぞ。
容疑者 だから、俺はやってないですよ。信じてくださいよ、刑事さん。
刑事1 わかった、わかった。最初は誰だってそう言うんだ。
容疑者 最初も最後も答えは同じです。もう一度よく調べてくださいよ。
刑事2 ふざけるな!お前がやったってことはわかってるんだよ!
刑事1 おい、落ち着け、エドウィン。
刑事2 は、はい、先輩。
容疑者 エドウィン?
刑事1 何か思い出したのか?
容疑者 いや、そうじゃなくって、珍しい名前ですね、ハーフですか?
刑事1 ああ、こいつか?言われてみれば、ちょっと両刀使いの雰囲気もある。
容疑者 そういうハーフなんですか?
刑事2 貴様!馬鹿にするのもいい加減にしろ!俺は健全な男だ!
容疑者 待ってくださいよ。ニューハーフって言ったのは刑事さんですよ。
刑事1 いや、俺はハーフとしか言っていない。
容疑者 そ、そんな?
刑事2 調子に乗るなよ!これ以上馬鹿にすると、公務執行妨害、侮辱罪で追加送検するぞ!
刑事1 落ち着け、エドウィン。
刑事2 は、はい、先輩。
容疑者 何なんですか、さっきから…。
刑事1 君もよくわかっただろう?
容疑者 は?
刑事1 言った、言わないという記憶は非常にあいまいなものだ。
容疑者 は、はあ…。
刑事1 君の事件への関与を示す記憶だって似たようなものじゃないのか?
容疑者 いや、それとこれとは話が別ですよ!
刑事1 若いわりにはしぶといな。あと一息だったのに…。
容疑者 いやいや、全然あと一息でも何でもないですから。
刑事2 先輩、ここは私に任せてください。
刑事1 エドウィン。お前にはまだ早い。
刑事2 いいえ。これまで学ばせて頂いた尋問テクニック。しっかりと磨きをかけてまいりましたので、自信があります。
刑事1 …わかった、やってみろ。
刑事2 ありがとうございます、リー先輩。
容疑者 リー?
刑事2 何か文句があるのか?
容疑者 い、いえ、こちらの方も珍しい名前だなと思って。
刑事2 はんっ!貴様、リー先輩のことも知らないで、よくものこのこと、この取調室に来られたものだな?
容疑者 いや、無理やり連れてこられたんですよ。
刑事2 最初は誰だってそう言うんだ。なあに、時間はたっぷりある。じっくりと締め上げてやるから、覚悟するんだな!
刑事1 ちょっと待て。
刑事2 はい、先輩。
刑事1 今のは恫喝(どうかつ)による誘導尋問になる恐れがあるな。
刑事2 し、しかし、まずは主導権を握るのがセオリーではないでしょうか?
刑事1 エドウィン!時代は変わったんだ。強引すぎる取調べは、社会的に我々の立場を悪くする。極力控えるように。
刑事2 はい!肝に銘じます!
刑事1 じゃあ、もう一度、「最初は誰だってそう言うんだ」のところからだ。
容疑者 ちょっと!完全に練習じゃないですか!まじめにやってくださいよ!
刑事2 さ、さすがは先輩!容疑者がこんなに協力的に!
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