お盆短篇三種 
〜蜘蛛・父からのメッセージ・精霊馬(しょうりょううま)〜
「お盆短篇三種 〜蜘蛛・父からのメッセージ・精霊馬(しょうりょううま)〜


                          大沢ケイト 作


(1)「蜘蛛」

登場人物(一人)

 女  蜘蛛の化身。若い女のなりをしている。


時間

夏のもの憂い夕暮れ。

場所

女が一人、木の梢に座ってギターを鳴らしている。女、側にいるらしい誰かに語りかける。


女   「(ギターを鳴らしながら)もう、泣かないでよ、姐(ねえ)さん。そんなに泣いたって、あの人が帰ってくるわけじゃないでしょ。
    だから泣かないでよ、姐さん。せっかくの落ち着いた雰囲気が台無しだわ。
    (プンプンして)そんなに泣いたってさあ、食べちゃったものはしょうがないじゃない?
    そうよ。(ギターを鳴らす)あらら、泣くのをやめたと思ったら。やめてよ、あたしのこと赤い目して睨むの。
    私だって好き好んでこんなこと言ってるんじゃないのよ。
    私はね、姐さんに思い出させてあげようとしてるのよ。私たちの背負った邪悪な運命を。
    そう、なんたってったって、私たちは蜘蛛なんだから。
    青ーいお空をプカプカ流れる白い雲、じゃなくて、あの口から糸を吐く、天井から細い糸でツーって降りてくる、
    八本足の、ク・モ。しかもしかも、こんな小さくて、ちょこちょこしてる蜘蛛じゃなくて、
    こう木と木の間にガッツリ立派な巣を張って、体も大きけりゃ、足も長い女郎蜘蛛。
    巣がね、顔にペトッとくっつくとキャーってもう大騒ぎ…。

    ほらね、自分で言っててもゾーッてしちゃったもん。ゾーッ!
    こんな女郎蜘蛛の私たち、誰からも好かれるわけないじゃん?
    あの人は違った?

    だからさ、その「あの人」をさ、姐さんは食べちゃったんじゃない。
    泣かないで! 泣いてもアイツは帰ってこないんだから。
    
    こんなことになったのも元はと言えばアイツが悪いんだよ。
    「おまえの呪われた運命なんか、この俺が打ち破ってやる!とう!」って
    姐さんの作った巣にダッシュしてくるんだもん。

    そりゃ、あいつも強かったと思う。オニヤンマだもん。
    あたしの巣じゃ、やられてたわ、きっと。あいつの力強い突進にビリビリって破れてた(少しうっとりしている)
    でも相手が悪いわ。
    あいつ知らなかったんじゃないかな。去年、姐さんがカラス仕留めたの。
    姐さんの吐く糸は並じゃないから…上、特上、プレミアムだから。

    もう姐さん、何であんな強い巣作ったのよ。
    どこかにこっそり小さな穴でも開けときゃよかったじゃない。そうよ、女ですもの、スキが無くっちゃ。
    そしたらあいつ、姐さんの巣をめちゃくちゃにして、姐さんのこと、かっさらっていった…きっとそうよ。

    ま、過ぎたこと言ってもね。

    綺麗だったなあ、アイツの羽。あたし、隣の巣から見てた。姐さんがアイツのこと白い糸でグルグルとからめとっていくのを。
    アイツ、黙ってされるがままになっていた。
    しっかりとした大きな頭。空を駆け巡る正直な羽。力強くよくしなる尾っぽ。この世で一番立派なオニヤンマ。
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