幻想氷炎伝

(げんそうひょうえんでん)
初演日:2012/11 作者:しろがね みどり
【 一 】

 日本の中世を元にした舞台。
 初夏。

 明け方に近い夜の森。
 中央には大きな石碑がある。
 霧が出て、草木が風に揺られる音と虫の鳴き音が聞こえる。
 やがて草を分ける足音がする。
 正吾郎が燈を持ってやって来る。

正吾郎「嗚呼、何も変わってない」

 正吾郎、石碑の前に立ち、おじぎをする。
 石碑の脇に燈を置く。

正吾郎「雪姫様、ご無沙汰しております。長らく来れなくてすみません。
私の努力も虚しく、民俗学会ではやはり、迷信や逸話の類となってしまいました。
いえ、諦めた訳ではございません。この命尽きるまで、私は説い続けます。
…ですが、実際、証拠を提示出来ない事が一番悔しい。私の記憶こそが真実なのに。
けれど世間というものは、それを受け入れるのに物証を求める。私の発言など、誰も信じてくれぬ。
しかし、嘆いているばかりではないのです。最近異国から、科学というものを教えて頂きました。
なんとも、様々な実験で理(ことわり)を解き、不可思議現象を論理で納得させられる。この国には無かった学問です。
今はまだ浸透してませんが、科学の力は必ず、人々を虜にするでしょう。
いずれは科学の研究をし、雪姫様達を実証させてみせますよ。貴方達がこの世に生きたのは、本当の事なのですから。
追究して虚偽になるはずがない。私が…私が必ず…」

 突然、木々のざわめきが大きくなる。
 鈴の音。
 石碑の後ろに十一人が間を空けて並んでおり、一人ずつ一瞬ごとに浮かび上がるようにライトを照らす。

正吾郎「では、皆さんを幻想大和へご案内致します」



【 二 】

 夜の街中。
 人目を避けるように、沙夏と薬実が裏路地を走る。
 薬実は何かを包んだ風呂敷を持っている。
 表の通りへ沙夏が先行し、人がいないのを確認してから薬実に合図を送る。

薬実「へっへっ、ここまで来たらこっちのもんだ」

沙夏「ああ。さっさと首を旦那に渡しちまおうぜ。今夜は良い酒が呑めるぞ」

薬実「応」

 正吾郎が走ってやって来て薬実とぶつかる。

正吾郎「うわあ、びっくりした」

薬実「びっくりしたのはこっちだ。そこを退け」

正吾郎「丁度良かった。す、少しでいいから匿ってくれ。追われているんだ」

薬実「はあ?ちょ、離せよ」

正吾郎「お願いだ。この場凌ぎでいいから」

薬実「何なんだよ」

沙夏「追われているって、誰に?」

正吾郎「知らない。今夜の宿を探していたら、ゴロツキに絡まれて」

沙夏「全く、腰に刀もつけないで夜をふらふら一人で歩いていたら、襲って下さいと言ってるようなものだ。ほら、そこへ隠れろ」

正吾郎「有難う」

 正吾郎、物陰に隠れる。

薬実「おい、いいのか。助けてやる義理は」

沙夏「義理は無いが金は有るようだ。あいつの着物、結構上等だぜ」

薬実「成程」

 武藤と衛藤が正吾郎を追ってやって来る。

武藤「待てコラァ」

衛藤「何処行きやがったあの眼鏡」

薬実「おっさん、こんな夜中にそんな大声を出したら近所迷惑だ。とっとと失せろ」

衛藤「ああ?何だてめぇは」

薬実「ああ?」

武藤「俺達に喧嘩売るなんざ、いい度胸してるじゃねぇか。死にてぇのかオラァ」

沙夏「そりゃこっちのセリフだ。俺達が何やって生業にしてると思ってんだ?」

衛藤「おうおう。今の世の中、汚ねぇ仕事が儲かる時代だからな。それなりの奴等なんだろう?上等だ。返り討ちにしてやらあ」

薬実「(沙夏に)殺るのか?」

沙夏「死体の処分が面倒だ。適当にしとけ」

薬実「了解」

武藤「何ゴチャゴチャ言ってんだ(斬りつける)」

 薬実と沙夏、よける。

薬実「おっさん焦んなって」

武藤「何だと」

衛藤「おっさんおっさんって、(武藤を指さして)この人はまだおっさんな歳じゃねぇぞ。俺は若いけど。
お肌ピチピチ。ピッチピチぎゃあ(武藤に殴られる)」

沙夏「行くぞ薬実」

薬実「応」

 殺陣。
 武藤と衛藤が豪快に攻めて来るが、薬実と沙夏はよけたり、受け流したりして攻撃をかわす。最終的に薬実と沙夏が勝つ。

武藤「くそ!」

衛藤「覚えとけ」

 武藤と衛藤、去る。

沙夏「全く。お決まりな奴等だなあ」

薬実「(正吾郎に)終わったぞ」

正吾郎「うわあ!あ、有難うございます」

沙夏「さてと。じゃ、次はお前の番だ」

正吾郎「え?」

薬実「タダで追っ払ってもらおうなんて思ってたんじゃねぇだろうな」

正吾郎「ええーそういうこと?せっかく尊敬していたのに」

薬実「お前の尊敬なんかいらねぇよ」

沙夏「金持ってない訳じゃないんだろう?身なりですぐ分かる。だからさっきの奴等にも絡まれたんだろうな」

正吾郎「はあ。分かりましたよ。お金払えばいいんでしょ。…あ」

薬実「何だよ。早くしてくれねぇか?俺達、仕事の途中だからこれでも急いでんの」

正吾郎「仕事って?」

薬実「(風呂敷を掲げて)これを依頼人に届けて、謝礼を貰わんと」

正吾郎「何それ?」

薬実「生首」

正吾郎「うわあ…」

沙夏「俺達がどういう奴等か分かっただろ?命が惜しければ、さっさと金を出しな」

正吾郎「うーん…よし、分かった。お礼をするよ。謝礼金の他に、今夜の宿と食事代も出す。
だから……これからも私の護衛をして欲しいんだ」

薬実・沙夏「護衛?」

正吾郎「詳しくは宿で話すから。取りあえず、先の仕事を終わらせて来てくれないか」

沙夏「薬実、旦那の所へ行って来てくれ。俺はこいつを見張ってる。上手い事を言って、逃げられちゃたまんないからな」

正吾郎「別に逃げないよ」

薬実「…分かった。すぐ戻る」

 薬実、去る。

正吾郎「信用しているのですね」

沙夏「は?」

正吾郎「さっきの人が、自分だけ生首の謝礼を貰って逃げてしまうかもしれないとは、考えないんだ」

沙夏「長い付き合いだからな」

正吾郎「でも。所詮仕事仲間でしょう?」

沙夏「まあな。けど…あいつは、薬実は馬鹿だから」

正吾郎「馬鹿…?」

沙夏「そうだ。馬鹿で、とんだお人好しさ」



【 三 】

 翌日、旅路。
 正吾郎、薬実、沙夏が歩きながら出てくる。

正吾郎「…というわけで、私は今、民俗学を研究しているんです。本も執筆しているんですよ」

薬実「ふーん。で、そのお偉い先生がどうして一人旅を?」

正吾郎「…偉くなんかないです。
民俗学でも私は伝承や迷信の類を扱っていて、論文を書いても学会ではあまり相手にされません。
皆、物的証拠の提示を求めるんです。だからこうして旅に出て、言い伝えの発祥の地に向かっては取材をしているんです」

沙夏「へー。お前よく今まで生きてたな。昨日みたいな事が無かった訳じゃないんだろう」

正吾郎「昨夜はお二人と出逢えて本当に運が良かったんです。
いつも逃げ切れなかった時は、有り金全部を取られていましたから。それで、旅を断念することもあって」

薬実「そんな目に遭っていながら、どうして刀を持たない」

正吾郎「持った事もありました。けれど私が扱えないと知ると、せっかく買った刀も奪われるだけで。
重いし、腕も無いのに武者と勘違いされるのも嫌だったので、もう持たないと決めたんです」

薬実「間抜けで情けない話だなー」

沙夏「ま、お前はツイてる方じゃないの。野盗に襲われて身ぐるみ剥がされても、殺されなかったんだからさ」

正吾郎「そうですね。自慢ですが、私は昔から肝心な所での運は抜群に良いんです」

薬実「そりゃ良かったな」

正吾郎「今回もビビッと来たんです。学会に発表出来る論文が書けるかもしれない」

沙夏「ちなみに、これは何の迷信だか言い伝えだかの取材に向かっているんだ?」

正吾郎「よくぞ聞いて下さいました。
今私達が向かっているのは、雨照(あまてら)という地域で、私の研究によれば、
今や伝説となった『雪女』の生き残りが住んでいる所なんです」

薬実「雨照?聞いたことない土地だな」

正吾郎「この地域には古来よりある二つの部族同士の争いがありまして、
あ、二つの部族というのは、水湖(すいこ)族と龍炎(りゅうえん)族って名前なんですけどね」

薬実「うーわ。話長そう」

正吾郎「昔々の遠い昔、雨照の山奥に凍てついた湖あり。そこに冷気を操るもののけがいた。
その山を含めた一帯には神がいた。炎を司る龍の神だった。二つの化身の子孫とされる水湖族と龍炎族。
どちらもその能力を受け継ぎ、絶えず争いを繰り返して来た。
幾度の戦いを経て、ついに龍炎族は水湖族を滅ぼした。それから、雨照は代々龍炎族の末裔が治めているんです。
だが、しかし!滅ぼされたはずの水湖族の生き残りがいる。
これが証明出来れば、雪女も過去に実在した人物だと分かるかもしれないんです。
そう、雪女とは、水湖族の女性だったのですよ」

薬実「へー、すごいすごい」

正吾郎「ちょっと薬実さん、ちゃんと聞いてたんですか?」

薬実「そんな作り話に興味湧かねぇよ。なあ沙夏」

沙夏「……」

薬実「沙夏?」

沙夏「あ?わりぃ。ボーッとしてた」

薬実「ほらな。興味ねぇってよ」

正吾郎「もう。私だってね、信憑性の薄い方の話だと諦めかけていましたよ。昨日までは」

沙夏「昨日?」

正吾郎「昨日、私を襲ったゴロツキ、本当はただの金目当てじゃなかったんです」

薬実「え?」

正吾郎「あいつら、私の雪女伝説についての研究を欲しがっていました。情報を出せって」

沙夏「誰かに雇われていた訳だ」

正吾郎「そう。何故、私の研究を欲しがるのか。この雪女伝説が、本当の事だからですよ。
あいつらはどこぞの学者が雇ったに違いない。私が成功するのを、妬む奴がいるんだ」

薬実「そうかねぇ」

正吾郎「今更横取りされてなるもんですか。これで私も一躍時の人になるんです。お二人とも、今ならタダで署名してあげますよ」

薬実・沙夏「いらねー」

正吾郎「もう。後で後悔しても知りませんからね」

薬実「ところであんた、話を聞く限りじゃさえない学者なんだろう?俺達を長期雇う金はあるのかよ」

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