十六日目の月
「十六日目の月」nuevo

cast

美和
健一郎
咲子
青之助
繭子
知子




 美和が本を読みながら座っている。
 そこに立ち尽くす健一郎。手には山茶花。

健一郎「ええ、天気ですね」
 美和「……ええ。あの?」
健一郎「あの、よろしければ、これ(山茶花を差し出す)」
 美和「わぁ、綺麗。サザンカね」
健一郎「よう分かりますね」
 美和「そういうことしか知らないの。実生活にかかわりのない事ばかりしか」
健一郎「――」
 美和「どこでこれを?」
健一郎「学校の裏庭です。ちょうど咲いてて」
 美和「折ってきたの?」
健一郎「いやいや、剪定中やったんですよ」
 美和「どうもありがとう」
健一郎「サザンカはお好きですか?」
 美和「ええ、大好き。ええと、お名前を伺っても?」
健一郎「田辺健一郎です」
 美和「私は笹本美和。お花ありがとう」

 微笑んで去る美和。

健一郎「花を待つ、桜並木の下を覚えている。
 自転車で、その下を走った。乾いた木々が、ひたすらに青い秋の空に模様をつけて、実を固くしていた。
 桜の木の下、長椅子、一冊の本と、彼女がいた。
 きっと、お偉い方の令嬢だろう。娘達がスカートを捨て、髪さえも燃料にしたと言う中で、彼女は一人、その椅子に座って本を読んでいた。
 そのままで、いて欲しかった。
 美しいものが、そのままであって欲しかった。
 愛おしいものが、そこにいて欲しかった。
 町には目障りな標語が書かれ、人々は戦争に染まっていた。もちろん、自分も例外じゃなかった。大学の図書館にも検閲が入り、不適切な本とされれば、研究書でも処分された。
 爆弾が落ちる前に、ともに戦うはずの人間が本を燃やしてしまった」

 舞台中央にベンチ。座って正面を見ている青之助と健一郎。

健一郎「憲兵さんたちは、何をしてらっしゃるんかな」
青之助「あれはですね、不適切な本を押収してらっさるんですよ」
健一郎「不適切」
青之助「鬼畜米英を称える本、および関連本。そして恋愛小説」
健一郎「なんで、恋愛小説が駄目なんや」
青之助「軟弱だから、とのこと」
健一郎「国民総動員の時代、惚れた腫れたは軟弱なのか」
青之助「わかっとるやん」
健一郎「天子様を愛するがゆえに戦うってのはナシなんか」
青之助「それは罰当たりやね。天皇陛下は我々の感情が届くにはいないのだよ」
健一郎「……で、憲兵さんはあんなに乱暴に扱った本をどうするつもりかね」
青之助「捨てるか、燃やすか。焚書だな。危険思想は本から広まる。だから、消してしまえ」
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