脚本ダウンロードサービス

夕やけの詩

夕やけの詩

井上　聡　　（イノウエサトル）　♂　海ヶ丘団地公園に住むホームレス。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　以前は駆け出しの作曲家だったが人間関係に
　　　　　　　　　　　　　　　　　　疲れホームレスになった。
塚内　茜　　（ツカウチアカネ）　♀　海ヶ丘団地に引っ越して来たばかりの主婦。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　プロの演奏家を目指していたが結婚を機に
　　　　　　　　　　　　　　　　　　断念した。

①聡と茜

　　　昼時の郊外にあるベットタウン。
　　　取り立てて観光地や産業もなく、都会の喧騒とは無縁の静かな街である。
　　　街のはずれの小高い丘にある海ヶ丘団地も、この時間はひっそりとしている。
　　　ここはその団地の一郭にある小さな公園。ここから一望できる街並みは
　　　なんとも美しい。
　　　灰色のビルは昼の太陽に照らされ白く輝き、公園や道路の脇に植えられた草木の
　　　緑が映える。まばらに見える民家の赤や青の屋根も街並みを彩るアクセントとし　　　ては申し分ない。街並みの向こうに広がる海は波もなく穏やかで、たまに通る―　　　あれは漁船だろうか―船が白い尾を引くのが見える。時折吹く潮風が心地よく、　　　その香りは夏の終わりを告げていた。公園のフェンス越しに電車の行く音が
　　　聞こえる。
　　　その公園にひとりの男がやってくる。手にはビニール袋を持ち、辺りを気に
　　　しながら公園の隅にあるダンボールで作られた家(？)に入る。
　　　どうやらこの公園に住んでいるホームレスのようだ。
　　　男が家(？)に入るとほぼ同時に女がやってくる。
　　　手にはフルートのケースとお弁当を持っている。
　　　女はベンチに座るとフルートをケースから出して慣れた手つきで組み立てると、
　　　おもむろに立ち上がり演奏を始める。
　　　フランスの作曲家、ジョルジュ＝ビゼーの歌劇『カルメン』より第三幕の間奏曲　　　である。
　　　しばらくするとダンボールの家(？)から物凄い物音がする。
　　　女は驚いて演奏を止めて音のした方を窺う。
　　　家(？)の中から男が現れる。足にバケツが絡まってうるさい。

聡　　　いたたたたぁ〜。何だこのバケツは。
　

　　　女は怪訝な表情で聡を見ている。聡、女の視線に気付く。

聡　　　あ、すみません。

　　　女は尚も怪訝な表情で聡を見ている。

聡　　　いや、こんなところでフルートが聞けるとは思わなかったもんだから、つい。
　　　　気にしないでください。黙って聞いてるんで。
　　　　

　　　そう言うと、聡はバケツを片付けて、ゴミかごを漁り始める。
　　　女は少し気にしながら恐る恐る演奏を始める。
　　　聡はガサゴソうるさい。何にも無かった。

聡　　　シケてんなぁ。

　　　などと言いながらベンチに座る。お弁当が気になる。

1/13

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで！