劇場の豪雨は、見開きに滞る
『劇場の豪雨は、見開きに滞る』

登場人物
 男(森林)
 男(草村)
 男(葉山)
 女(スミレ)

  中央に、本棚のある舞台。
  最初にひとり、男が入ってきて、本棚から本を一冊取り、開き、読み始める。次に女性が入ってくる。彼女も本棚から一冊選び、読み始める。またもうひとり男が出てきて、前の二人と同じように本棚から一冊選ぶ。誰もが少なからず絶望や悲しみなどを帯びた表情をし、食い入るように本の世界に入り込む。
  突然、水の滴る音が聞こえる。ぴちゃん。ぴちゃん。それに気付いた彼らは、本を棚に返し、水の滴る音を避けながら出て行く。ひとり、女(スミレ)だけが取り残される。すぐにあたりは暗くなり、入れ替わりに点いたナトリウムランプのような赤い灯りだけが彼女を照らしている。
  ネズミの鳴き声とゴキブリの動く音がいっぺんに聞こえてくる。その音に翻弄され、スミレは本を落としてしまう。ばたん。ややあって、彼女は這って本を探し始めるが、その様子は目が見えていないようにも見える。そこに男(草村)がやってくる。草村はスミレを見つけると、スミレが本を探していることに気付き本を拾ってやる。草村が肩をたたくとスミレは顔を上げ、不安そうにあたりを探る。本が手にあたる。草村がその手に本を渡してやる。スミレは大事そうにその本を抱きしめる。草村も、その様子を見て、満足そうである。
  そこにもうひとり、男(森林)がやってくる。その男、頭には白いタオルを巻いて、青いポリバケツを片手に下げている。男はポリバケツを足元におき、ひとつため息。

森林 「湿気が多くていやだね。」

  と、そこかしこからネズミの鳴き声、ゴキブリの羽音が聞こえてくる。森林は頭からタオルを取り、ポリバケツの上で絞る。水がたくさん落ちる。

森林 「湿気が多くていやだね。」

  すると誰かがやってくる気配がして、足音が聞こえてくる。それぞれ何を思ったのか、物影に隠れる。
  森林が最後に身を隠すと、男(葉山)が現れる。
  葉山、あたりを見回し、だいぶ警戒している様子である。すると水の滴る音。ぴちゃん。スミレが敏感に反応する。それに驚いた草村と森林は、飛び出しそうになるが何とかとどまる。右から左からといろいろな方向から聞こえてくる水の滴りに、葉山はいちいちそちらを見ててんてこまい。そのうち反応しきれなくなって、叫び、倒れこむ。葉山の叫ぶ声に、スミレが驚いて声を上げそうになったが、森林がそれを口をふさいでとめる。
  そこで葉山、ポリバケツに気付く。ポリバケツのふちには、森林のタオルがかかっている。葉山がそのタオルを取り上げたのを見て、森林はつい「あ、」と声を漏らす。草村がとっさに口をふさいだが間に合わなかった。葉山は振り返る。森林はとっさに猫の鳴き真似をしてみた。

葉山  「何だ、猫か。」

  葉山、タオルをバケツに戻す。しかし葉山は視線を感じ、またあたりを見渡す。今度は本棚に気付き、そちらに歩み寄る。ハッと葉山はその本棚に張り付き、手当たり次第本を抜き出して中を確認する。それを、次々に下に置く。

葉山 「これも、これもそうだ、文学だ。じゃあ、ここは、900番台の棚なんだな。でも、これも、これも日本人の作品だ……どこだ、どこだ? 900番台の、終わる棚は……」

  本棚をあらされて、草村はご立腹の様子である。片付けようと飛び出しかかったところを森林がとめようとする。すると森林は草村の勢いに引っ張られ、バランスを崩す。森林に体重を預けていたスミレも、バランスを崩し、二人は転がる。

葉山 「誰だ?」

  草村は黙って散らかった本を片付けにいく。森林とスミレは起き上がりこそするが、特に動かない。

葉山 「誰だよ? あんたら誰だよ?」

  誰も応えない。葉山、スミレが持っている本に気付き、飛びかかる。それを奪おうとされてスミレは驚き声を上げる。

葉山 「その本は? その本は何? おい、見せてくれよ、なぁ? それは900番台の本か? 何の本? 誰の本?」

  しつこく迫る葉山。嫌がるスミレ。

葉山 「どこの本? ここの本棚の本?」
スミレ 「いやです、やめてください、」
葉山 「ねぇ、その本、900番台なの?」
森林 「知るか! やめろよ!」

  草村、ちょうど片づけを終えて3人のほうを振り返る。森林は葉山を押しのけてスミレを助ける。草村がスミレの肩を支える。

葉山 「そのくらい教えてくれたっていいじゃないか」
森林 「教えてなんになるんだよ。」

  一同沈黙。葉山、やがてあきらめた様子である。

葉山 「お前ら何者だよ?」

  誰も応えない。
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