二人芝居「地球でクラムボンが二度ひかったよ」
宮沢賢治が原爆のピカを見た
二人芝居「地球でクラムボンが二度ひかったよ」
―宮沢賢治が原爆のピカを見た―
2001.1.3


【あらすじ】
「賢治先生と脇役(一人何役もの役をこなす)との二人芝居ということになっています。
賢治先生が、銀河鉄道の駅の近くの展望台から望遠鏡を覗いていると、地球がピカッとひかったのです。そもそも地球は惑星ですから、自らはひかりません。ふだんは宇宙の闇の中にまぎれているのですが、なぜか一瞬ひかりを発したのです。賢治先生は、よだかに自分の幻覚でなかったことをたしかめ、クーボー大博士にその説明を求めます。博士の話によると、展望台は地球から五十五光年離れていて、あのピカは、広島に原子爆弾が落ちた閃光であるというのです。五十五年前の広島のひかりが五十五光年を隔てたこの星にいま届いたというのです。賢治先生は、ふたたびよだかを呼び出して、そのことを話すと、「やまなし」のクラムボンの詩句が原爆を予言していたと突拍子もないことを言い出します。被害はどんなものかと、四番書記の竃猫を呼び出します。彼は原爆被害の概要を述べます。次に賢治先生は、「地球から何か電信は入っていないか」と、月夜のでんしんばしらに問いだだします。そこで読み上げられる電文は、原民喜の詩です。原爆の被害の有り様を刻んだ詩です。さらに、原爆開発の端緒をひらいたアインシュタインまでが呼び出されて原爆像が徐々に明らかにされていきます。では、なぜ日本に原爆が落とされなければならなかったのか。追求は昭和天皇にまで及びます。そして……。まだまだつづくのですが、あとは読んでの楽しみということにしてください。」

【では、はじまりはじまり】
舞台の背景は星空。銀河が斜めにかかり、それに沿うように銀河鉄道の線路が延びている、そんな絵柄。
場所は銀河鉄道のどこかの駅近くの展望台。

登場人物
 シテ 賢治先生(帽子にマント)
 ワキ 賢治先生をのぞいた登場人物すべてを演じ分ける
(ワキは演じる人物が変わったとき、舞台の上で扮装を付け替える。
ただ、扮装といっても、たとえばよだかなら鳥の絵に紙の帯を付けた冠りもので十分である。その早変わりや扮装の付けまちがいが、“深刻劇(?)”を“ドタバタ喜劇”にする。)

(幕が開くと、シテ(賢治先生)が望遠鏡を覗いていて、ワキがその斜め後ろに控えている。ワキの足下には扮装の小道具類がばらまかれている)

賢治先生(望遠鏡から目を離して)「なあ、よだかよ、おまえも見たか、あのひかりを。わたしはきょう望遠鏡を覗いていて、偶然目にしたのだ。天の川の底の砂金の粒が揺れたような一瞬のかすかなきらめきを。わたしが生まれた日本が宇宙に放ったひかりの一閃を。」
よだか(ワキは、おもむろによだかの冠をつける。)「はい、賢治先生、たしかに私もみました。弱々しく見逃しそうなかすかなひかりでしたが、しかしどこかまがまがしい色合いをおびたあのピカを……。」
賢治先生「あれはいったい何のひかりだったのか?」
よだか「わたしが空に翔のぼって翔のぼって自分のからだがしずかに燃えているのを見たとき、そのひかりは燐の火のような青い美しい光でした。あんなふきつな光芒ではなかった。」
賢治先生「いまもよだかの星は燃えつづけている。みずからを浄める青いひかりを発して……。地球は、しかし水の惑星としてかがやいているが、みずからひかりを発しない惑星の宿命、宇宙の闇のなかでは暗闇にまぎれてその位置すら分からないのだ。それがきょうピカッと輝いた。ふしぎなひかりだった。」
よだか「たしかにあれはふしぎなひかりでした。みずから発したひかりでありながら、みずからを浄めるひかりではなかった。いったいあのひかりは何だったのでしょうか。」
賢治先生「たしかにそのようだった。人がみずからを焦がして浄めるひかりというより、人間の持つどうしようもない邪悪な暗いものが一瞬触れあいショートしたような、そんな……ピカッと冷たいひかり方だった。地球のかけ離れた孤独さを浮かび上がらせるような……。
 一閃のつかのま宇宙の闇深し身捨つるほどの祖国はありや(寺山修司短歌パロディー)
何があのひかりをもたらしたのか。これだけ離れたところにあのピカが届くということは莫大なエネルギーの放出にはちがいない。科学的には何なのだろうか? それは……と、クーボー大博士に聞くしかないな。クーボー大博士、クーボー大博士、お尋ねしたいことがあるのだが……。」
クーボー大博士(舞台の上でよだかの扮装である鳥の冠りものから学士帽に冠り替え、口ひげを付けてクーボー大博士に早変わりする)「えい、いそがしい。」(とかぶつくさ言いながら)「賢治先生、どうかしたのですかな?」
賢治先生「クーボー大博士、今日、地球歴で、ウーン(と、筒に巻いたカレンダーを開いて)八月の六日、たしかに地球がひかりを放ったのだ。何かが起こったにちがいない。博士の意見を聞きたい。」
クーボー大博士「何、ひかりを放ったと……。きょう、またしても………賢治先生、実は先月もわがクーボー研究所の天文台では地球からのひかりを観測しているのです。調べてみると発信地はアメリカのアラマゴードの砂漠のあたりらしい。何か新しい事態が起こりつつあるのかもしれないという報告を受けています。」
賢治先生「ふーん、それはそれは、先月にもピカリと……、それは知らなかった。それで、いったい何が起こっているのか、博士の考えを聞きたい。」
クーボー大博士「日本がアメリカと戦争をしているのは、もちろんご存じですな。ナチスドイツのヒットラーもアメリカと戦争をしていたが、すでに降伏して、ヒットラーは自殺した。ドイツに先んじられてはたいへんだというので、アメリカは、原子の爆弾というおそろしい破壊兵器を秘密裏に研究しはじめていた。マンハッタン計画というやつです。その研究をはじめるにあたっては、かの有名なアインシュタインも一役買っていて、大統領に研究推進を促す手紙を書いたりしておる。こういう大きいプロジェクトは一旦動き始めるとなかなか止められません。まして、予算やら何やらがついた研究の雪だるまが斜面をころがりはじめているとなるとなおさら……。ドイツが負けようがヒットラーが自殺しようが止められなくなっていた。人間の思惑を超えて暴走してしまった。そしてついに原子の爆弾が完成して、先月のピカはその力試しの実験をアラモゴードの砂漠でしたのではないか、というのがわがクーボー研究所の見解なのです。」
賢治先生「しかし、きょうのピカは、わたしの感じでは、日本の、それも広島あたりからのピカだった。空からカブト虫を見つけるすばらしい目をもったよだかもそんなふうに見えたと言っていたが……(と、後ろを振り返る。)、いないようだな。あいつは、この一大事のときにどこをほっつき歩いているのか……。」
クーボー大博士「そりゃあ無理だ。クーボー大博士が舞台に出ているかぎりは、よだかは現れっこない。」
賢治先生「そんなしかけになっているのか?ふしぎなもんだな。」
クーボー大博士「ふしぎでも何でもない。単に予算がないので、一人何役もやらされているだけで………」
賢治先生「そんな内輪の事情を嘆かいでも………、ところで、その原子の爆弾というのはどんなものなのだ?」
クーボー大博士「ここにウランという物質があるとします。(と、お椀を二つ合わせた丸いものを見せる)このウランをウランちゃんというニワトリだと想像してください。」
賢治先生「ニワトリならたまごを産むのかな。」
クーボー大博士「さすがは賢治先生、先生のご明察のとおりです。ウランちゃんはたまごを産みます。このウラン原子に中性子というたまごをこういうふうにぶつけるとウラン原子がこんなふうにパカッと二つに割れて、中性子のたまごを二つ産みます。(と、お椀を割ってたまごを二つ取り出す)」
賢治先生「クーボー大博士、ばかなことを聞くが、これは奇術ではないんだな。」
クーボー大博士「あたりまえです。奇術なんかじゃありません。科学です。……で、このウランが二つに割れたとき、熱が出てきます。その上、そこから飛び出したたまごが、また別のウランと衝突して、パカッと割って、たまごを二つ産ませます。どんどん、どんどんたまごが産まれて、一度にどっとエネルギーが放出されます。マッチの頭くらいの数グラムのウランが太陽のような熱と光を出します。それが原子の爆弾なのです。」
賢治先生「そんなおそろしいエネルギーをだすのは、このウランはなにか人間をウランどるのかな?」
クーボー大博士(寒いしゃれにずっこける)「くだらんしゃれをいうもんじゃない。寒気が背中をかけのぼってきたわ。不謹慎ですぞ。」
賢治先生「そんなおそろしいできたてほやほやの原子の爆弾を爆撃機につんで広島に落としたのか? ひどい話ではないか。なあ、よだかよ。」
よだか(冠りものを付け替えながら)「人使いのあらいこっちゃ」(と、ぶつくさこぼしつつ)「たしかにそうでございます。」
賢治先生「おー、よだかよ。いたのか……。どう思う。わたしは遠い地球からのあのひかりをキャッチした。地球の大気は薄いものだ。青いりんごの皮のよう大気、その大気に丸くひろがる光の輪は、極小の金の指輪のようでもあったのだ。そうだな、よだかよ。では、B29爆撃機で広島に原子の爆弾を落としていったエノラ・ゲイの飛行士たちには、原爆はどのように見えていたのだろうか。」
よだか「それは鳥の目でございます。鳥の目を持って見たのです。わたしは鳥でございますから、鳥の目を持っております。だからそのときの恐ろしい俯瞰図が目に浮かびます。しかし、いまは鳥の目が問題なのではなくて、人間にとっては地上の虫の目から見てどのように見えたかということが大事なのだと思われますが……。」
賢治先生「たしかにそうかもしれない。では、よだかよ。虫の目でみたらどんなふうに見えたのだろうか。」
よだか「はい、それは賢治先生、あなたは自分の作品の中にその風景を描いておられます。」
賢治先生「何? わたしの作品の中に? それはどの作品かな?」
よだか「『やまなし』でございます。賢治先生。例の有名なクラムボンの登場する『やまなし』でございます。

 『クラムボンはわらつたよ』
 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ』

……このクラムボンが何かと言うことには諸説がありますが、私は蟹の吐き出す泡ではないかと考えています。『やまなし』は、もともとは蟹の子供らの会話なのですから。蟹の吐いた泡はぷくぷくと水中を上っていきます。それを水底から見あげている蟹の子どもが『クラムボンはかぷかぷわらつたよ』『クラムボンは跳てわらつたよ』といったふうに表現したのです。
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