香ばしいコーヒーの法則
香ばしいコーヒーの法則 作:田辺剛

《登場人物》
鍵山(その喫茶店の常連客)
佐竹(その喫茶店のウエイター)
一ノ宮(その喫茶店の常連客)
鈴木(一ノ宮の恋人)

   秋晴れの午後。祝日でもある今日は大通りでなにかのパレードがあるらしい。沿道には人々があふれ、興奮は少しずつ増している。その大通りから裏道に入って少し行ったところにあるビル。道に面した階段を下りていって、その地下に喫茶店はある。入り口の分厚い扉を開けると焼けたクッキーとコーヒーの香りがいつものように出迎えてくれる。

   広いとは言えない店内には大きなダイニングテーブルと六人分の椅子がある。店の入り口からフロアまではさらに階段で下りてくるようになっている。舞台奥にその階段。上手には厨房、下手にはお手洗いとたばこの小さな販売機がある。

   店内には鍵山がいる。テーブルでなにかつぶやきながら本を読んでいる。地上で放たれた祝砲あるいは花火の音がときおり響いてくるものの、そこは静かだ。

鍵山 …あ、そうだ。(厨房に向かって)ぬいぐるみにしたら?

   沈黙。

鍵山 動物の好みの問題もあるけど、けど、ぬいぐるみだったら外さないでしょ。でっかいさ、熊とか猿とか…(笑って)そうそうそう、そこのおもちゃ屋さんにね、昨日通りかかったときにふっと見たら、大仏のぬいぐるみがあったのよ。大仏。仏像のおっきいやつね。この前見かけたんだけど、座禅組んでね、座ってるの。

   沈黙。

鍵山 …うふふ。いやね、びっくりしちゃってさ、それ見て。なんか、ほらよくお寺なんかのおみやげ物屋さんにアニメみたいなキャラクターデザインのさ、あるじゃない? 大仏さんのキーホルダーとか、かわいらしいの。「お大仏くん」みたいな。けどね、その大仏のぬいぐるみは違うの。全然かわいくないの。めちゃくちゃリアルなのよ。もう、キャラクターっぽさとか全くなし。すんごく生々しいの。不気味でしょ。わたしそれ見て、びっくりっていうか、固まっちゃったもん。怖くて。だってね、なんか可愛らしい熊ちゃんとかお猿さんとかイルカ君たちに囲まれてね、すごいリアルな大仏よ。びびるわよ、そんなの誰でも。

   沈黙。

鍵山 でしょ?

   沈黙。

鍵山 (立ち上がって)じゃない?

   鍵山、厨房からまったく反応がないのでのぞきに行く。

鍵山 もしもし?

   そのときお手洗いの方(厨房とは反対方向)から佐竹が現れる。

鍵山 (佐竹に気付いて)あれ?
佐竹 はい?
鍵山 どうして?
佐竹 …ああ、やっぱり出ないのかなと思って。
鍵山 なにが?
佐竹 水。
鍵山 水って?
佐竹 お手洗いの。
鍵山 ああ。
佐竹 はい。
鍵山 じゃなくて、こっちじゃないの?
佐竹 なにがですか。
鍵山 いたの。
佐竹 え?
鍵山 こっち(厨房)にいなかった?
佐竹 こっち(お手洗い)から出てきましたけど。
鍵山 知ってる、知ってる。
佐竹 はい。
鍵山 え、いつのまに?
佐竹 今さっき。
鍵山 うそ。
佐竹 うそついてどうするんですか。
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