虹たちました

(にじたちました)
初演日:1996/8 作者:川村武郎
虹たちました      作  川村 武郎


   〈登場人物〉

    藤野陽子
    榎本有希
    佐川真由子
    桜井絵美子
    男1・小谷裕生
    男2・野田泰正






      バス停。
      制服を着た女子高生(有希・絵美子)が二人立っている。
      二人とも傘をさしている。雨降りの朝だ。
      一人(絵美子)が足下を気にしている。

有希   何してんの?
絵美子  なんかしみてるみたい。
有希   え?
絵美子  靴‥‥。水しみてんのちゃうかな。
有希   えー?
絵美子  (足を確認する)わあ、やっぱりしみてるー!
有希   何それ? 安もんちゃうん?
絵美子  ちゃうて。‥‥わー、うっとし。‥‥毎日降るし、乾かへんねん。
有希   あんた、靴、一足しか持ってへんの?
絵美子  あるけど‥‥。これやないと嫌やねん。
有希   それでも、しみる? ふつう。‥‥やっぱり、安もんちゃうん?
絵美子  ちゃうて! 二万五千円してん。
有希   あんた、靴に二万五千円も出すの?
絵美子  そやから、毎日はいてんの。
有希   何それ。‥‥そういうの、おしゃれなんか、貧乏くさいんかわからへんな。
絵美子  ええやろ。‥‥わー、もう、帰ろかな。
有希   バッタもんちゃう?
絵美子  え?
有希   それ、バッタもんやで、きっと。
絵美子  そんなことないって。
有希   よう、あるらしいで。‥‥うちのお姉ちゃんも、エルメスのバッタもんつかまされてん。
絵美子  保証書ついてたもん。
有希   保証書かて、バッタもんの保証書ついてるらしいで。
絵美子  そんなん‥‥。(と、靴をまじまじと見つめる。)やっぱり、帰ろかな。
有希   もうバス来るで。
絵美子  えー、そうかて、気持ちわるいし。
有希   ‥‥しみんのが? バッタもんが?
絵美子  どっちも。

      サラリーマン風の男(男1)がやってくる。
      二人の背後に潜り込むようにして、バスの運行ダイヤを確かめる。
      女子高生、しばし、会話がとぎれる。
      自動車の走る音。

絵美子  ‥‥先、行っといて。はきかえてくるわ。
有希   あかんて。遅刻防止週間やん。
絵美子  え?
有希   今日から、校門に立ってるで。
絵美子  ‥‥うわ、最悪。

      もう一人、サラリーマン風の男(男2)が、小走りにやってくる。

男2   あ、おはようございます。
男1   おはよう。
男2   まだ、行ってません?
男1   四十三分?
男2   ええ。
男1   まだ‥‥みたいやね。(と、時計をのぞく)
男2   ああ、助かった。
男1   遅れてるみたいやね。もう時間、過ぎてるし。
男2   ちょっと、寝坊してしもて。
男1   ‥‥俺も。
男2   ‥‥ああ。
男1   このバス、遅れるし、いつも。‥‥もう来るんちゃうかな。

      時ならぬ軍歌が聞こえてくる。右翼の街宣カーがやってきたのだ。大音量で軍歌を鳴らしながら、バス停の前を通り過ぎる。
      絵美子は耳をふさいでいる。

有希   あんた、やめとき。右翼のおっさんににらまれたらどうすんの。
絵美子  むちゃくちゃうるさいやん。何考えてんねん。
有希   そやけど、やめとき。ああいうの、元ヤンキーみたいなん、多いらしいで。
男1   朝っぱらからこんなとこ走って‥‥なんかあるんかな?
男2   騒音条例とかあるでしょ。何で取り締まらへんのかな。
男1   七時過ぎてたら、ええんとちゃうかな。‥‥選挙の時とかでも、朝からうるさいし。
男2   でも、むちゃくちゃ音大きいし。
男1   なんか、いろいろあるらしいで。ウラの方で。

      女子高生(真由子)が走ってくる。

真由子  あれ、まだ来てへんの、四十三分?
絵美子  おはよう。
有希   あんた、何してんの!
真由子  わー、ラッキー!
絵美子  寝坊したん?
真由子  うん。起きたら三十分やってん。もう、びびったわー!
     ‥‥ああ、しんど。(と、しゃがみこむ)
有希   あほやな。今日から遅刻防止週間やで。
真由子  ‥‥わかってるって。‥‥わかってるし、ダッシュしてきたんやん。‥‥ああ、死にそうや。

      パトカーが走って来て、通り過ぎる。

絵美子  ‥‥右翼、つかまえに行くんかな。
有希   ちゃうやろ。‥‥事故ちゃう?
真由子  何それ?
絵美子  さっき、右翼走って行きよってん。
真由子  ああ、うるさいの行きよったな。

      パトカーと救急車が通り過ぎる。

有希   ほら、やっぱり事故やて。
男1   事故みたいやね。
男2   (時計を見て)‥‥ちょっと、遅ないですか?

      女子高生たちも、いっせいに時計を見る。

有希   もうすぐ八時やん!
真由子  やばいんちゃう?
絵美子  バス遅れてるんやし、しゃあないやん。
有希   証明書もらお。バスの運転手に言うたら、くれるやろ。
真由子  そんなん信じるかな? 早めに出ろとか言うんちゃう?

      救急車がもう一台通過する。

男1   ‥‥なんか、大きい事故みたいやな。
真由子  ‥‥事故で遅れてるんやろか?
絵美子  きっとそうやわ。
有希   事故で遅れてるんやったら、絶対証明書もらえるで。
真由子  それやったら、ついでに何時間も遅れたらええのに。
有希   あんた、むちゃくちゃ言うな。
男1   (時計を見て)困ったなあ。
男2   え?
男1   朝イチにファックス届くんや。連絡入れとかんと‥‥もう、会社、誰か来てるかな?
男2   ‥‥平田さんとか。
男1   えー、課長?
男2   鮎川さん、課長苦手なんですか?
男1   いや‥‥そういうことでもないけど‥‥。
真由子  見に行こか?
絵美子  え? 何?
真由子  事故。あんまり遠くちゃうみたいやで。
有希   あんた何考えてんの。
真由子  そやけど、どうせ遅刻やん。
絵美子  バス来るで。
真由子  来いひんて。さっきから、あっちから車全然来てへんやん。

      女子高生、みんなで救急車が向かった方角を眺める。

男2   電話しとかはったら?
男1   まあ‥‥そうやけどな。オレ、課長の番号知らんしな。
男2   僕知ってますよ。教えましょうか?(と、携帯を取り出す)ええっと、ああ、これですわ。
男1   ああ、ありがとう。(と携帯を受け取り、番号を手帳にメモする)
男2   そんなん、メモなんかせんでも、直接かけたらええですやん。
男1   いや‥‥向こうに番号知られてしまうしな‥‥。公衆電話でかけるわ。
男2   え‥‥そんなに課長嫌いなんですか?
男1   いや‥‥オレ、プライベートと仕事は分けたいねん。
男2   ふーん。‥‥それやったら、非通知でかけたら?
男1   そんなん不自然やん。
男2   今時、公衆電話でかけるのも不自然ですよ。
男1   まあ、ええやん。携帯忘れたことにしたら。
男2   でも、公衆電話なんか、この頃ありませんよ。
男1   そやなあ。
男2   あ、確か、向こうのコンビニの所にありましたわ。
真由子  ほなら、ちょっと行ってくるわ。‥‥そや。‥‥(携帯を取り出して)これで現場中継したげるわ。
有希   ほんま、好きやな。
真由子  ほな、ちょっとテスト。

      真由子、携帯を発信する。
      絵美子のバッグの中で着信音がする。

絵美子  (バッグから取り出し)はい。もしもし絵美子です。
真由子  もしもし、ニュースレポーターの佐川真由子です。それでは現場まで行って来まーす。
有希   そんなん、声できこえてるやん。

      真由子、話しながら去る。

絵美子  ‥‥もしもし、まだ見えてます。‥‥今、信号が青になりました。‥‥横断歩道を渡ってます。‥‥渡りました。‥‥あ んまり走ったら、こけるで‥‥。
男1   ‥‥ほなら、ちょっと、電話してくるわ。
男2   そしたら、ついでに、僕のことも言うといて下さいね。
男1   ああ。

      男1、去る。

絵美子  それで?‥‥うん‥‥うん‥‥え? ちょっと聞こえにくい。ごめん、もういっぺん言うて。‥‥うん‥‥‥‥‥‥全然走ってへんの? 一台も? ‥‥うん‥‥‥うん‥‥え? どうしたん? 何? ‥‥‥‥‥そんなんいらんて、朝から。‥‥え?(有希に)イチゴレモン飲むかって。
有希   何それ?
絵美子  ジュース。
有希   ええわ。
絵美子  いらんて。‥‥うん‥‥あんた一人で飲んだらええやろ。今のどかわいてへんねん。
有希   バスくんの?
絵美子  ああ、バス来そう?‥‥‥‥え? あんた何しに行ってんの?     ‥‥うん‥‥もう、勝手にしたら。‥‥うん‥‥それじゃ、またね。(携帯を切る)
有希   来るって?
絵美子  ようわからんて。
有希   何してんの、あの子。
絵美子  イチゴレモン飲むねんて。
有希   何それ。‥‥ダッシュなんかするからや。
絵美子  公園の向こうの辺からは、車来てへんみたいやって。
有希   ふーん。
絵美子  大きい事故みたいやね。
有希   そやね。‥‥学校にも電話しといたら?
絵美子  えー、嫌や。
有希   なんで?
絵美子  生徒が電話したら、すぐ生徒部につなぎよるやん。
有希   しゃあないやん。
絵美子  事故や言うても信じひんて。
有希   バス会社に聞いて下さい、って言うたら?
絵美子  ほんなら、あんたして。
有希   えー。
絵美子  ほら。

      もう一人、女子校生(陽子)がやってくる。違う制服を着ている。

絵美子  あ。
陽子   おはよう‥‥。
絵美子・有希  おはよう。
陽子   ひさしぶりやね。
絵美子  ‥‥一瞬わからへんかったわ。
有希   ‥‥けっこう似合てるやん。
絵美子  うん、似合てる。
陽子   そうかな。‥‥やっぱりダサいわ。
有希   意外と、そうでもないで。
陽子   そうかな。
絵美子  元気そうやね。
陽子   うん、まあ。
絵美子  ‥‥慣れた?

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