DOG・TAG

(どっぐ・たぐ)
初演日:1997/8 作者:川村武郎
      <登場人物>

       青年1(小倉貴志)
       青年2・貴志の父
       少女(中山さゆり)
       女1・貴志の祖母
       女2・貴志の母
       女3・貴志の妹
       老人




          とある山。とある夏。
          T字型に分かれている山道。その分かれ目に大きな切り株がある。
          セミがうるさく鳴いている。
          リュックサックに帽子姿の、ハイカー風の青年が山道を登ってくる。
          かなり息切れしている様子。

青年1  あつ。

          青年1は、切り株にすわりこみ、しきりに汗をふく。
          それからリュックから地図を取り出して、うちわがわりにあおぐ。
          しばらくして、やけに明るい歌声が聞こえてくる。

青年2  ジャンボリー、ジャンボリ、ジャンボリー、ジャンボリ、ジャンボリー、ジャンボリ、ヤ、ハハハハハハハ。
青年1  遅いぞ。何やってんだよ?
青年2  ヤ、ハハハハハハハ!
青年1  ん?
青年2  これ。(青年1の前に手を突き出す)
青年1  ん?
青年2  どんぐり。(手を広げる)
青年1  ん?
青年2  どんぐり!
青年1  ああ。
青年2  山ん中で、そんなもん聞くなよ。
青年1  ん?
青年2  これ!(と、青年1のイヤホンをはずす)
青年1  何すんだよ。
青年2  山の中では山の音を聞け!

          さわやかに空を見上げる青年2。
          つられて青年1も空を見る。
          ミーン、ミーンとセミの声。

青年1  暑いよ。
青年2  そうか?
青年1  全然さわやかじゃないよ。
青年2  そうか?(指にツバをつけて空にかざす)
     さわやかだ。風も吹いてる。
青年1  ‥‥‥。

          青年2、切り株にすわる。

青年2  ジャンボリー、ジャンボリ、ジャンボリー‥‥。
青年1  何だよ、その歌?
青年2  国際ジャンボリーの歌。知らない?
青年1  知るか。何だよ、それ?
青年2  世界中のボーイスカウトが集まるイベントがあって、そこのテーマソング。
青年1  ボーイスカウトやってたの?
青年2  いや、カブスカウト。小学校五年までやってた。
青年1  何それ?
青年2  ボーイスカウトは十一歳以上でさ、それまではカブスカウトって言うの。
青年1  へぇ。何が違うの?
青年2  ま、おんなじようなもんだけどね。服とかがさ、ちょっと違うんだよ。
青年1  ふーん。
青年2  ジャンボリー、ジャンボリ‥‥
青年1  その歌やめてよ。頼むから。
青年2  なんで?
青年1  気持ち悪いよ。‥‥オレ、だいたいボーイスカウトとかワンゲルとか苦手なの。
青年2  え、どうして?
青年1  なんか、昔の若者がタイムスリップしてきたみたいじゃん。
青年2  何それ?
青年1  すぐに肩とか組んで歌とか歌いそうじゃん。「アルプス一万尺」とかさ。
青年2  そうか?
青年1  それに、妙にニコニコしてて、妙に礼儀正しくて、妙に元気なんだよね。
青年2  なんで妙にだよ?
青年1  なんかワザとらしいんだよ。マクドナルドじゃないんだぜ。‥‥それにさ、歩いたりすんのがやたら好きなくせに、あいつらみんなひよわな感じなんだよな。
青年2  ‥‥そういえば、そうだな。
青年1  だろ? それで、いつも目立たないやつがさ、遠足とかキャンプの時だけやたらとはりきるわけよ。火つけんのがやけにうまかったりして。それで、ジッポのオイルとか変なアイテム持って来たりしてさ、女の子のとこ行って火つけまくんの。で、「わーすごい!」とか言われて喜んでやんの。いじましいよねぇ。
青年2  ‥‥‥。
青年1  あ、おこった?
青年2  別に。‥‥オレ、そんなにボーイスカウト好きだったわけでもないし。
青年1  ‥‥何でやめたの?
青年2  引っ越したから。五年の時。
青年1  ふーん。

          少し気まずい間。
          相変わらずのセミの声。

青年1  何でやってたの? その‥‥
青年2  カブスカウト?
青年1  うん。
青年2  ちっちゃい頃、体弱くてさ。喘息だったんだよね。それで、ちょっときたえろって親に入れられて。
青年1  へぇ、そうなの。
青年2  うん。

          やはり気まずい間。
          セミが鳴き続ける。

青年1  やっぱり、暑いよ。
青年2  ‥‥そうだな。
青年1  のどかわいたな。‥‥かわかない?
青年2  ああ、ちょっと。
青年1  水筒持ってたよな。
青年2  ああ‥‥全部飲んじゃった。
青年1  えー、何それ? そういうのきちんとキープするんじゃないの?
青年2  ‥‥だから、オレ、ボーイスカウトじゃないから。
青年1  ああ、カブスカウト?
青年2  違う! ‥‥さっきの自販のとこでジュース買ってくるよ。
青年1  え、けっこう遠いぜ。
青年2  十分もあれば行けるだろ。何にする?
青年1  ‥‥おこんなよ。意地になってるだろ、お前?
青年2  なってないよ。何?
青年1  CCレモン。
青年2  オッケー。ここで待ってろよ。
青年1  悪いな。

          青年2、山道を下りて行く。

青年2  CCレモン、CCレモン、CCレモン、CCレモン‥‥。

          残される青年1。
          セミの声。
          青年1、再びイヤホンを耳につける。
          しばらくの間。
          やがて調子っぱずれな歌声が聞こえてくる。
          変な老人が、杖をつきながら山道を登ってきた。

老人   いーのちーみじーかしー、こいーせよおとめー。
     あーかきーくちーびるー、あーせぬーまにー。

          老人は、青年1を押しのけるように切り株にすわる。
          仕方がないので、青年1は隣で小さくなる。

老人   暑いのお。
青年1  ‥‥‥。
老人   暑いのお。
青年1  ‥‥‥。
老人   君は耳が遠いか?
青年1  え?
老人   暑いのお‥‥と言っておる。
青年1  ‥‥はぁ。暑いですね。
老人   ちっともさわやかではない。
青年1  ‥‥はぁ。
老人   と思うとるじゃろ?
青年1  え?
老人   心頭滅却すれば火もまた涼し!
青年1  ‥‥‥。(逃げようかどうか考えている)
老人   そんなバカな、と思うとるじゃろ?
青年1  え‥‥いえ。
老人   然り! そんなわけはない。火は熱いから火である! そうじゃろ?
青年1  はぁ‥‥。(ひとり言風に)あいつ‥‥遅いな。

          青年1立ち上がり、時計を眺めるしぐさ。
          セミがミーン、ミーン。

老人   いやなジジイにつかまったな。
青年1  ‥‥‥。
老人   と、思うとるじゃろ?
青年1  え。
老人   じゃがな、年寄りの話は聞いておくものだ。なんとなれば、年寄りはさみしい。‥‥なぜだかわかるかな?
青年1  え?
老人   生きることはさみしい。死ぬのはもっとさみしい。さみしいから生きる。生きればもっとさみしくなる。‥‥その耳栓、はずさんか?
青年1  え? ‥‥あ、すいません。(イヤホンをはずす)
老人   ほら、セミが鳴いとるじゃろ?

          ミーン、ミーン、ミーン‥‥。

老人   ‥‥セミは七年間も地面の中にじいっとしておる。ようやくのことでお天道さんをあおいだと思うたら、わずか七日で死ぬ。‥‥君はこれをどう思うか?
青年1  ‥‥はかないですよね。
老人   そう思うか‥‥。君はまだ若いな。
     地中にいるのがかわいそうなどと言うのは、余計なお世話じゃ。なんとなれば、セミはもともと地中の虫なのじゃ。地表に出てくるのは、くたばりかけの老人ゼミが、死に場所を求めておるにすぎん。‥‥じゃが、死ぬのはさみしい。さみしいからミーン、ミーンと泣きわめく。じたばたする。‥‥泣いたところでどうなるものでもなし。愚かなことよ。
     カーッ!
青年1  わっ!

          セミが鳴きやむ。

老人   ペッ。(とタンを吐く)

          しばらくして、またセミが鳴き始める。
          ミーン、ミーン‥‥。

老人
     カーッ!

          またセミが鳴きやむ。

老人   ペッ。

          またセミが鳴き出す。
          ミーン、ミーン‥‥。

老人   君は、迷うておるな。
青年1  え?
老人   人生に迷い、道に迷い、大いに迷うがよい。
青年1  ‥‥‥。
老人   して、何に迷うておる? 恋かな? 仕事かな? 人生かな?
青年1  いえ、別に‥‥。
老人   とりあえずは道じゃな。‥‥ここは分かれ道になっておる。じゃのに道しるべの一つもない。なぜだかわかるか?

          そういえば、何もない。

青年1  ‥‥さあ?
老人   わしが捨てたからじゃ。
青年1  へ?
老人   そこの草むらに棒くいがあるじゃろ?

          青年1、草むらを見る。

青年1  あ。(本当に棒くいがあった)
老人   その先に道しるべがついておったがな、わしが捨てた。
青年1  ‥‥どうして?
老人   迷うためじゃ。人間迷わねばならんて。
青年1  ‥‥‥。
老人   ありとあらゆる所におせっかいな道しるべが立っておる今の世の中じゃ。たまには迷うて自分で道をさがすのもよかろう。
青年1  そんな‥‥。
老人   じゃが、これもまた、いらぬおせっかいかもしれんな。ワッハハハハ‥‥
     カーッ!
     ペッ。
青年1  ‥‥‥。
老人   さて、そろそろわしは行かねばならぬ。
青年1  あ‥‥そうですか。(思わずホッとする)
老人   杜子春よ。
青年1  ?
老人   わしの留守の間に、様々な悪しき者どもがお前をたぶらかしに来るであろう。
青年1  ‥‥‥。

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