結婚するって本当ですか

(けっこんするってほんとうですか)
初演日:2002/2 作者:川村武郎
〈登場人物〉

  高木久恵
  田辺良樹(津島修次)
  安達良子
  二宮慶治






    夜。
    とあるマンションの一室。
    良子がテレビを見ながら、ポテトチップスを食べている。
    ドアのチャイムが鳴る。

良子 (腕時計を見て)こんな時間に、誰だろ?

    良子立ち上がり、ドアの方に消える。

良子の声 はーい。どなた。
女の声 宅急便でーす。
良子の声 宅急便?

    ドアを開ける音。

女の声 うっそだよーん。
良子の声 あ、あなた、もしかして‥‥。
女の声 そうでーす。その、もしかでーす。
良子の声 久恵!
女(久恵)の声 良子! おひさしぶりー!
良子の声 ほんとにおひさしぶり。どうしたのよ、突然。
久恵の声 へへ、ちょっとわけがあってね。
良子の声 わけ? ‥‥とにかく寒いから、入ってよ。
久恵の声 それじゃ。おじゃましまーす。

    二人、部屋に入って来て座る。
    久恵のコートを良子がハンガーにかける。

良子 寒かったでしょ? 夕方まで雪が降ってたのよ。なんかあったかいものでも飲む?
久恵 どうぞおかまいなく。
良子 何、遠慮してんのよ。何がいい?
久恵 それじゃ、コーヒー。
良子 インスタントしかないけど、いい?
久恵 うん。

    良子立ち上がって、コーヒーを取りに行く。
    久恵、部屋を眺めている。
    良子コーヒーを入れる。

良子 (コーヒーを入れながら)砂糖とミルクは?
久恵 いい。私、ブラックだから。
良子 そう。
久恵 けっこういいとこにすんでんじゃん。
良子 そうでもないよ。まあ、駅から近いのがメリットかな。
久恵 新築?
良子 それが結構古いのよ。私が入る前に全面リフォームしたらしいから、きれいに見えるけどね。
久恵 でも、ここだったらけっこう高いでしょ? 家賃いくら?
良子 公益費込みで十二万。
久恵 だったら、けっこうしんどいんじゃない?
良子 何が?
久恵 家計っていうかさ、生活費とか。
良子 そんなに楽じゃないけどさ、うちの会社、結構給料いいから。
久恵 どこに勤めてんの?
良子 アパレル関係。そこで、デザイナーの卵みたいなのやってるの。
久恵 デザイナーか。‥‥かっこいいじゃん。
良子 そうでもないよ。中に入ったらけっこう地味な仕事よ。‥‥ところで久恵は何してんの?
久恵 まあ、世間で言う家事手伝いってとこかな。ハパのコネで出版社に入ったんだけど、上司と合わなくてさ、三ヶ月でやめちゃった。
良子 ふーん。でも、いいじゃん。久恵のパパは大企業の社長さんだし。
久恵 でも、このごろは不況で苦労してるみたいよ。まあ、とりあえず食べる分には困ってないけどね。
良子 何年ぶりだっけ、私たち会うの。
久恵 短大卒業以来だから‥‥、もうすぐ四年かな。
良子 もう四年かぁ‥‥。他の子たちはどうしてんだろ?
久恵 典子は田舎に帰って、すぐに結婚したみたいよ。年賀状来てなかった?。
良子 ああ、そういえば来てたね。なんで呼んでくれなかったんだろ?
久恵 すっごいど田舎らしくてさ、旅館もないとこなんだって。それになんか古風な風習とかあって、それで見せたくなかったじゃない?
良子 そっか。他は?
久恵 わかんない。年賀状とか出すくらいでさ。みんな忙しくやってんじゃないの?
良子 いっぺんみんなで集まろうか? カナとか祐子とかサチとか呼んでさ。
久恵 友美もね。
良子 よし、やろうよ。やろう。‥‥いつがいいかな? 久恵、いつ頃なら空いてる?
久恵 そうねぇ‥‥。あ。
良子 何?
久恵 忘れてた。
良子 え?
久恵 わけ。
良子 何それ。
久恵 私、ここに入る前に、わけがある、って言ったでしょう?その「わけ」。
良子 ああ。どんなわけ?
久恵 それがね。
良子 何?
久恵 それがちょっと言いにくいんだけど‥‥。
良子 何もったいぶってんのよ。早く言いなさいよ。私とあなたの仲でしょ?
久恵 じゃあ、言っちゃおうかな。‥‥ここにね、泊めてほしいの。
良子 何だ、そんなこと。もちろんオッケーよ。
久恵 それがさ‥‥。
良子 何?
久恵 一泊だけじゃなくって、しばらくの間。
良子 しばらくって? どれぐらい?
久恵 一週間にはならないと思うけど‥‥。
良子 事情によっては考えるけどさ‥‥何かあったの?
久恵 出て来ちゃった。
良子 え?
久恵 私、家から出て来ちゃったのよ。
良子 家出?
久恵 ‥‥みたいなもんかな。
良子 どうして?
久恵 私、今つきあってる彼氏がいるのよね。で、その人と結婚しようって思ってて、でも、パパが絶対ダメだって反対するの。それでさ‥‥。
良子 どうして反対なの?
久恵 彼、フリーターなの。
良子 その人いくつ?
久恵 もうすぐ二十八。
良子 ふーん、二十八でフリーターか。ちょっときついかもね。‥‥でも、それこそパパのコネで何とかしてもらえばいいじゃない?
久恵 それがダメなのよ。頭っから決めつけちゃってさ、「そんな人間はろくな者にならん」ってさ。で、会ってもくれないの。
良子 ふーん、そうなの。
久恵 そう。
良子 そっかー。

    しばしの沈黙。

良子 ところでさ、その彼氏はどうしちゃったの?
久恵 それがね‥‥。
良子 どっかで落ち合うの?
久恵 それなんだけどね‥‥。
良子 何よ。はっきりしなさいよ。事と次第によっては、私、応援してあげるから。
久恵 ほんとう?
良子 苦しい時はお互い様よ。
久恵 ありがとう。(良子の手をにぎる)それを聞いて安心したわ。
良子 で、どうなのよ?
久恵 ‥‥いるのよ。
良子 え‥‥どこに?

    久恵、黙ってドアの方を指さす。

良子 え‥‥まさか。
久恵 そう、そのまさかなの。
良子 この寒空の下で?
久恵 そう。
良子 凍え死んじゃうわよ! 話の続きは後でいいから、とにかく呼んできなさいよ!
久恵 そうだね。
良子 早く!
久恵 うん。

    久恵出て行く。
    後を追って、良子も出て行く。
    しばらく舞台上には誰もいなくなる。

    ややあって、ドアを開ける音。

久恵の声 大丈夫?
男の声 う・ん。
久恵の声 本当に大丈夫?
男の声 も・う・へ・い・き・だ・よ。ひ・と・り・で・あ・る・け・る・よ。ほ・ら。

    男が凍り付いたロボットのように部屋に歩いて入っ てくる。

男 ほ・ら・ね。(とVサイン)

    Vサインをしたまま倒れる。

久恵 よっちゃん!
良子 私、毛布を持ってくるわ。あなたは、そうね、お湯を飲ませてあげて。
久恵 うん。

    良子走り去る。
    久恵、ポットから湯を注いで男に飲ませる。
    良子が毛布を抱えて戻ってくる。

久恵 お湯じゃダメみたい。
良子 手足をマッサージしましょ。

    二人で男の顔、手足をマッサージする。

良子 なかなか暖かくならないわね。
久恵 ねぇ、なんか強いお酒ない?
良子 強いお酒? ウイスキーならあるけど、どうすんの?
久恵 ほら、ドラマなんかでよく気付け薬でブランデーとか飲ますじゃない?
良子 ああ、そうね。
久恵 じょうごとかある?
良子 ストーブに石油を入れる醤油チュルチュルならあるけど。
久恵 あんた変な名前は知ってるのね。もう、それでもいいわ。ウイスキーと一緒に持って来て。

    良子、走ってウイスキーと醤油チュルチュルを持って来る。
    男の口にウイスキーが注がれる。

男  ブハッ!(ウイスキーを吹き出す)
久恵 気が付いた?

    男、突然立ち上がる。

男  ここはどこ? わたしは誰?

    男、再び倒れる。

久恵 よっちゃん、大丈夫? よっちゃん!

    男、再び立ち上がる。

男  熱い、いや寒い。いや、熱い、いや寒い。なんじゃこりゃー!
久恵 よっちゃん!
男  あ、ひーちゃん。
久恵 気が付いたのね。よかった。
男  ここはどこ?
久恵 私の友達のマンションよ。
男  ああ、そうだった。
久恵 これが、その友達。安達良子さん。
男  ああ、はじめまして。
良子 はじめまして。もう、大丈夫ですか?
男  はい。でも、のどが焼けるように熱いな。すみませんが、お水一杯もらえませんか?
良子 はい。

    良子、水をくんで戻ってくる。
    男、それを一気に飲み干す。

男  ふー。

    久恵、男に毛布をかけてやる。

男  どうもお世話になりました。おかげで生き返りました。
久恵 ほんとに死んじゃったのかと思ったわよ。
男  ひーちゃんが、あんまり待たせるからだよ。
久恵 そうよね。ごめんね、よっちゃん。
男  まあ、いいけど。
良子 ‥‥‥。
久恵 あ、まだ紹介してなかったわね。この人がさっき言ってた私のフィアンセの田辺良樹くん。
男(田辺) よろしく。お世話になります。
久恵 よっちゃん、その話はまだなのよ。
良子 ‥‥‥。
久恵 それで、この人が、私の短大のサークル仲間の安達良子さん。
良子 よろしく。
田辺 よろしく。

    しばしの沈黙。

良子 ‥‥でさ、さっきの話の続きなんだけど、これ、ひょっとしてさ、家出じゃなくって‥‥。
久恵 そのひょっとなの。私たち、駆け落ちしてきたのよ。ね。
田辺 うん。
良子 え‥‥それでまさか‥‥。
久恵・田辺 (手をついて)よろしくお願いしまーす。
良子 よ、よろしくって、ちょっと待ってよ。まさか二人でここに泊まるつもりなの?
久恵・田辺 (手をついて)よろしくお願いしまーす。
良子 そんなの急に言われても困るわよ。第一、お布団もないしさ。
久恵 大丈夫。寝袋持ってきてるから。ね。
田辺 うん。
良子 食器は?
久恵 マイデイッシュとマイグラスとマイオワン持ってきてるから。ね。
田辺 うん。
良子 それじゃあ、歯ブラシも‥‥。
久恵 もちろん持ってきてるわよ。トラベルセット。ね。
田辺 うん。
良子 ‥‥‥。
久恵・田辺 (手をついて)よろしくお願いしまーす。
良子 ホ、ホテルとか、ウイークリーマンションとかあるじゃない?
久恵 それも考えたんだけど、あんまりお金がないのよ。ね。
田辺 うん。
良子 用意がいいわりには、肝心の所がぬけてんのね。‥‥それじゃあ、一週間たってもどうにもなんないじゃない。
久恵 それが、今週中にはなんとかなるのよ。ね。
田辺 うん。
良子 どうしてなんとかなるのよ。
久恵 それは悪いけど、ちょっと言えない。秘密なのよ。ね。
田辺 うん。
久恵・田辺 (手をついて)よろしくお願いしまーす。
良子 ‥‥‥。わかったわ。一週間が限度だからね。それから、私は、普段の生活を普通に続けさせてもらいますからね。あなたたちは、このリビングで寝て。私はあっちの部屋で寝るから。わかった?
久恵・田辺 (手をついて)おありがとうございまーす。
良子 もう、勝手なんだから‥‥。あ、それから、非番の日には私の彼氏が来るから。あんまり邪魔しないでよ。
久恵 非番?
良子 彼、警察官なのよ。
久恵・田辺 (顔を見合わせて)警察官‥‥。
良子 え、警察官がどうかしたの?
久恵 い、いや、別に。ね。
田辺 うん。
良子 それじゃ、私、明日早いから、もう寝るよ。あんたたちは、好きにして。

    良子、去る。

田辺 警官かあ‥‥。
久恵 大丈夫よ。ばれやしないわよ。
田辺 でも、気をつけないとね。
久恵 そうね。‥‥さ、私たちも寝ましょ。
田辺 うん。
久恵 その前に、歯磨き、歯磨き。‥‥あれ、トラベルセット、よっちゃんのカバンだっけ。
田辺 そうかな。

    久恵、田辺、カバンをチェック。
    暗転。





    翌朝。
    良子のマンション。
    良子がバタバタと出勤の準備をしている。
    久恵と田辺がボーと見ている。

良子 ええっと、もう忘れ物はないかな? ‥‥よし。じゃあ出かけるから、お留守番よろしくね。
久恵・田辺 はーい。いってらっしゃーい。

    良子が出かけてゆく。
    二人、テレビを見ている。
    久恵が立ち上がり、テレビを消す

久恵 さてと、私たちも仕事仕事。
田辺 でも、まだ、ちょっと早いんじゃない?
久恵 (時計を見て)それもそうか。‥‥じゃ、練習しよっか。リハーサル。
田辺 リハーサル?
久恵 じゃあ、私がママで、よっちゃんが‥‥よっちゃんね。
田辺 え?
久恵 電話かけるのよ。電話。
田辺 ああ‥‥。(電話をかけるしぐさ)‥‥はい、かけたよ。
久恵 ピロパポンピンポン。
田辺 何、それ?
久恵 うちの電話、こういう音なの。‥‥ピロパンポンピンポン。カチャ。はい、高木でございます。
田辺 ‥‥‥。
久恵 何してんの? 話すのよ。
田辺 ああ‥‥あの、おはようございます。わたくし、田辺と申しますが‥‥。
久恵 名前言ってどうすんの!
田辺 あ、そうか。‥‥もしもし、わたくし、昨晩、お電話を差し上げた者ですが‥‥。
久恵 ‥‥いいけど、そんなに丁寧に言わなくていいんじゃない? セールスマンじゃないんだから。ほら、テレビとかでやってる感じで。
田辺 ああ、そっか。‥‥ジャッジャッジャーン。ジャッジャッジャーン。(火曜サスペンス劇場のテーマ)
久恵 何、それ?
田辺 BGM。
久恵 そんなのいらない。
田辺 でも、これがないとテレビの雰囲気になれないよ。
久恵 もう!‥‥じゃ、入れていいから‥‥続き。はい。
田辺 ジャッジャッジャーン。ジャッジャッジャーン。奥さんだね。昨日の電話のこと忘れちゃいないだろうね。
久恵 そう、その調子‥‥あ、あなたなの!
田辺 ズンジャズンジャズンジャズンジャ。
久恵 それもBGM?
田辺 そう。
久恵 ‥‥‥。
田辺 ズンジャズンジャズンジャズンジャ。例の物は用意できてるだろうな。
久恵 はい。‥‥それより、久恵は‥‥娘は元気なんでしょうね。
田辺 ズンジャズンジャズンジャズンジャ。ああ、元気だよ。心配するな。
久恵 じゃあ、娘の声を聞かせて! 電話に出してちょうだい!

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