ジオラマ

(じおらま)
初演日:2000/6 作者:川村武郎
〈登場人物〉

         小倉咲子
 
        江藤さやか

         山岡奈々恵

        橘 裕子

         橘 修司

         梅川正彦

         豊島 隆


A

        とあるラブホテルの一室。
        下着姿の女(小倉咲子)とバスタオルを腰に巻いた
        裸の男(橘修司)がベッドに座っている。
        修司は、タバコを吸っている。
        小さく音楽が流れている。

修司   じゃ、俺もシャワーあびてくるから。

        修司、タバコを消して、立ち上がろうとする。

咲子   そうそう、カブトムシがいるのよ。
修司   え?
咲子   うちの学校にカブトムシがいるの。
修司   カブトムシ? こんな季節に?
咲子   え‥‥やだ、虫じゃないのよ。人間。
修司   え?
咲子   教師のあだ名。カブトムシっていうの。
    生徒も教師もみんなカブトムシって呼んでるの。
    おかしいって思わない?
修司   ‥‥‥。
咲子   なんでカブトムシかって思うでしょ?
修司   ‥‥ああ。
咲子   ほら、カブトムシみたいな車、あるじゃない。
    外車でさ、ええっと‥‥。
修司    ワーゲン‥‥フォルクス・ワーゲン?
咲子    そうそう、それ。その車に乗ってんだけどさ。
修司    それで、カブトムシなわけ?
咲子   もう! 最後まで聞いてよ。
    ‥‥乗ってるんだけどさ、出てこないのよ。その車から。
修司   え?
咲子   そいつ、毎朝、けっこう早く、そのカブトムシに乗って
    やって来るの。でも降りないのよ。
修司   降りない?
咲子   うん。
修司   降りないって‥‥ずっと?
咲子   ずっと。
修司   教師なんだろ、そいつ。
咲子   うん。
修司   授業どうすんの?
咲子   降りないから、できるわけないじゃん。
修司   だって‥‥。どうすんだよ。
咲子   代わりの教師がやるのよ。
修司   ‥‥‥。
咲子   変なやつでしょ?
修司   誰も何も言わないの?
咲子   もう、みんなあきらめてるみたい。
修司   校長とかも?
咲子   うん。
修司   ‥‥いつから?
咲子   もう、一年以上になるかな。
修司   ビョーキ?
咲子   でしょう? でなきゃ、あんなことしないよ。
修司   クビになんないの?
咲子   それがならないのよ。ほら、公務員だからさ。
修司   公務員だから?
咲子   身分が保障されてるでしょ。簡単にクビにはできないのよ。
修司   へぇ‥‥組合とかが守ってるわけ?
咲子   うーん、タテマエはねぇ。‥‥でも、ほんとは困ってるみたい。
修司   ふーん。‥‥けっこうな御身分だな。
咲子   でさ、そのカブトムシがとまってるのがね、
    クヌギの木の下なの。笑っちゃうでしょ?
修司   ほんとぅ?
咲子   ほんとなのよ。だからさ、クヌギの汁をストローか何かで
    チューチュー吸ってるんじゃないかって。
修司   マジ?
咲子   バカ、冗談に決まってるでしょ。
修司   ‥‥‥。
咲子   ‥‥あんたのも吸ってあげようか?
修司   え?
咲子   樹液。
修司   ‥‥‥。
咲子   ねぇ。
修司   いいよ。想像したら、何か気分が悪くなってきた。
    さ、シャワーあびて、帰ろ。
咲子   いいじゃん。ほら、チューチュー。甘い汁出せ。
修司   ばか。淫乱か、お前。
咲子   淫乱でもいいじゃん。

        咲子、修司のバスタオルに手をかけようとする。

修司   やめろよ、ばか!

        修司、バスルームに逃げ込む。

咲子   あはははは。

        咲子、ベッドの上に寝ころぶ。
        小さく流れる音楽。シャワーの音。
        咲子、しばらく天井を見ている。
       やがて、部屋の隅のコンピュータに目を止める。
        咲子、ベッドから下り、コンピュータをいじり始め
        るが、うまく動かせない様子。
        しばらくして、シャワーの音が止まり、修司が戻っ
        て来る。

修司   あれ、まだ着替えてないの?
咲子   うん‥‥。

        修司、服を着始める。
        咲子はコンピュータをいじっている。

修司   帰るぞ。何やってんだよ。
咲子   これ、何?
修司   パソコン。
咲子   そんなの、見りゃ分かるわよ。なんで、こんなのがここにあるの?
修司   え、知らないの? インターネットとかするんだよ。
咲子   ホテルで?
修司   ああ。
咲子   どうして?
修司   ほら、インターネット・カフェとかあるだろ? 
    だから、まあ、インターネット・ホテルって言うのかな。
    最近、けっこう多いんだぜ。
咲子   へぇ。詳しいね。
修司   常識。
咲子   ふーん。‥‥仕事すんの? ここで。
修司   まさか。
咲子   じゃあ?
修司   ほら、ポルノサイトとかたくさんあるから。
咲子   ああ、そっか。‥‥でも、ビデオでいいんじゃない?
修司   そんなの知るかよ。‥‥好きなやつもいるんだろ。
咲子   この「らくがき帳」ってのは?
修司   え? どれ?
咲子   これ。

        咲子、画面を指さす。
        修司、のぞきこむ。

修司   ‥‥らくがき帳‥‥だな。
咲子   答えになってない。
修司   ほら、よくホテルに置いてあるじゃない。ノートが。
咲子   ああ。
修司   あれのパソコン版だろ。
咲子   そっか。‥‥ねぇ、ちょっと見てもいい?
修司   え? ‥‥もう帰るぞ。
咲子   ちょっとだけ。‥‥なんか、おもしろそうじゃん。
修司   もう。

        咲子はマウスをいじり始める。
        修司はタバコに火をつける。

咲子   「今日はトシ君と伊豆をドライブしてきたのだ。天気がよかったから、
    水平線が見えた。伊豆の踊り子の衣装を着て二人で写真をとったら、
    二〇〇〇円もした。高すぎるぞ。」
修司   ‥‥‥。

        咲子は、次のページをクリックする。

咲子   「今日は、バックで三発やった。エミのおしりには大きなほくろがある。
    それを見ながらやり続けたのだ。オレって案外ほくろフェチかも。」何なのよ、これ。
修司   ‥‥バカだろ。

        咲子、さらにクリックする。

咲子   あ、これって、絵も描けるんだ。‥‥見て、へたくそな絵。
修司   ‥‥便所のらくがきだな。
咲子   「キャノン砲」だって。ばっかじゃないの。

        と、言いつつ、さらにクリック。

咲子   あ、ポエム。‥‥あるんだよね、こういうの。
    えーっと「見つめてる。見つめてない。思ってる。思ってない。
    感じてる。感じてない。信じてる。信じてない。ホント? ウソ? 
    いつもどっちつかずの宙ぶらりん。あっちに行ったり、こっちに行ったり。
    まるで童話のこうもりみたい。バカ‥‥。愛してる。愛してない。‥‥愛してる。」
    ‥‥なんか暗いね、これ。
修司   ‥‥‥。
咲子   もう、ダメなんだろうなあ、この二人。
修司   ん? ‥‥ああ、そうかもな。
咲子   こういうのって、何で書くんだろ。
修司   え?
咲子   だって、男も見るかもしれないし。
修司   ‥‥男は、あんまり見ないんじゃないか、こういうの。
咲子   そっかなあ。‥‥案外、見てほしいのかもね。
修司   おれは見ないな。
咲子   ふーん。

        と、また、クリックする。

修司   まだ、見るの?
咲子   もうちょっと。‥‥なんかおもしろいじゃん。‥‥あ、またポエム‥‥いや、日記かな?
修司   ‥‥‥。
咲子   「あの人の気持ちは、どこにあるのだろう。甘い言葉なんかもういらない。
    本当のあの人の気持ちがほしい。でも、それは言えない言葉。
    言葉があふれそうになると、ガムをかむ。味がなくなるまでかんでみる。
    ゴムみたいになってもかんでいる。クチャクチャになった言葉と一緒に
    銀紙に包んで捨てる。あの人に見つからないようにこっそりと捨てる。」
    ‥‥‥。
修司   なんだよ、それ。なんか、思いっきり暗いな。
咲子   そうだね。
修司   演歌のうらみ節みたいだ。
咲子   これ、さっきのポエムの子かな?
修司   さあ?
咲子   きっと、男が浮気して苦しんでるんだね。誰かさんみたいに。
修司   ‥‥誰かさんって、俺のことか? ‥‥おいおい、そりゃないだろ? 
    俺はさっちゃん一筋だよ。
咲子   ほんとぅ?
修司   ほんとに、ほんとだよ。
咲子   ‥‥‥。「甘い言葉なんかもういらない。」
修司   あ‥‥。そういうこと言うのか?
咲子   ‥‥‥。怒った?
修司   ‥‥そりゃ、怒るよ。そこまで言われたら。
咲子   うそ。冗談よ。
修司   もう‥‥。
咲子   ‥‥でも、こういうの書く人って、暗い人多いんだね。
修司   そうだな。‥‥まあ、自己満足っていうか、一種のオタクだな。
咲子   ふーん。‥‥帰ろっか。
修司   もういいのか?
咲子   また、今度見る。
修司   そっか。じゃあ、帰ろ。‥‥俺、精算してくるから、早く着替えろよ。
咲子   うん。

        修司、財布を出して、部屋から出て行く。
        咲子、ディスプレイを眺めたまま、すわっている。

        暗転。





        暗闇のなかで、カタカタと響くキーボードの音。
        明かりがつくと、そこは、とあるラブホテルの一室。
        パジャマを着た女(江藤さやか)が、コンピュータ
        の前にすわって、独り言を言いながら、キーボード
        を打っている。
        ベッドでは、修司が横になっている。眠っている様
        子。


さやか   えーと、秘密二十六、‥‥社長は、カニが食べられない。
    それなのにエビは好物だ。似たもの同士なのにおかしいぞ。
    ‥‥秘密二十七。社長はピーマンも苦手だ。まるで子供みたいだ。
    ‥‥なんか、食べ物ばっかだな。
    えーと、秘密二十八、‥‥そうだ。社長は、よくお腹を下す。
    それでいつもカバンに正露丸を入れている。だから、社長のキスは、
    時々正露丸のにおいがする。気持ち悪いぞ。

        修司が、目を覚ます。

修司   ‥‥何してるの?
さやか らくがき帳。
修司  また? ほんと、好きだねぇ。
    ‥‥ああ、すっかり寝込   んじゃった。‥‥今何時?
さやか えっとね‥‥(時計を見て)十一時過ぎ。
修司   一時間ぐらいか。
さやか え?
修司   寝てたの。
さやか ああ、そうね。
修司   ‥‥何書いてるの?
さやか   報告書。もうすぐ完成でーす。
修司   何の報告書?
さやか ひみつ。
修司   何だよ?
さやか だから、「社長の秘密」でーす。
修司   え‥‥。
さやか   だからね、さやかの知ってる社長の秘密を並べてみたの。
    今ね、二十八番目。
修司   え‥‥。
さやか 報告しましょうかぁ?
修司   うん‥‥ああ。

        さやか、ページのトップに戻す。

さやか   それじゃ、報告しまーす。社長の秘密一。社長は不倫をしている。
    社長の奥さんは裕子さん。二十七歳。専業主婦。二人の間に子供はいない。
    奥さんは、まだ不倫に気づいていない様子だ。
修司   おい、いきなりだな。
さやか   社長の秘密二。社長は、いたいけなアルバイトの女子大生をお手つきにしたのだった。
    ああ、かわいそうな女子大生。でも、それがあたしだったりする。
修司   「お手つき」って、やけに古風な言葉を使うな。
さやか   これでも、一応、国文ですから。
修司   でも、それじゃ、まるで俺が悪代官みたいじゃないか。
さやか そうなんどす。偉い代官様には逆らえやしまへんのどす。
修司   何だよ、それ?
さやか   悪代官に手ごめにされる、かわいそうな町人娘。
修司   まるで、水戸黄門か何かだな。‥‥まあ、いいや、次。
さやか   社長の秘密三。社長は、仕事場と称して、会社の近くに
    ワンルームマンションを持っている。そこから会社に通っていて、
    家にはめったに帰らない。そのマンションにも女を連れ込んでいるようだ。
修司   おい、待てよ。なんでそんなことが分かるんだよ。お前来たことないだろう?
さやか   うん、直感。‥‥でも、女の直感は鋭いどすえ。
修司   あそこは仕事場だよ、マジで。女っ気なんかないよ。
さやか ごまかすところが、あやしいどすえ。
修司   ごまかしてなんかないよ。‥‥だって、もしそうなら、わざわざこんなホテルに
    来なくてもいいじゃない?
さやか   ああ‥‥それも、そっか‥‥。まあいいや、似たようなもんだ。
修司   何が似たようなもんなんだよ?
さやか   だって、女、いるんでしょ?
修司   ‥‥いないよ。
さやか   やっぱり、いるんだ。
修司   いないって!
さやか   いいの、別にいたって。‥‥だいたい、お金持っててさ、不倫しててさ、
    アルバイトの子に手を出すような人がさ、いないほうが不自然だよ。
修司   ‥‥‥。
さやか   図星ぃ! じゃ、次はね‥‥社長の秘密四。
修司   もう、いい。
さやか え?
修司   もういいよ。自分で読むから。

        修司、ベッドから起きあがって来て、ディスプレイ
        を見る。

修司   ‥‥‥。(読んでいる)
さやか   どう?
修司   こんなの秘密でも何でもないじゃない?
さやか   いいじゃん。あたしは知らなかったんだから。立派な秘密よ。
修司   ‥‥‥。(読んでいる)
さやか   ‥‥‥。(見ている)
修司   おい、名前出すなよ。
さやか   「Y西商事」だから、どこかわかんないよ。
修司   わかるよ。
さやか   うちの会社じゃないから、いいじゃん。
修司   ‥‥‥。(読んでいる)
さやか   ‥‥どう、おもしろい? 力作でしょ?
修司   ‥‥‥。(読んでいる)
さやか   ねぇ。
修司   ‥‥‥。(読んでいる)
さやか   ‥‥‥。(見ている)

        修司、ディスプレイを見終える。

さやか   ねぇ、おもしろいでしょ?
修司   ‥‥消去しとけよ。
さやか   え?
修司   誰が読むか分かんないんだよ。全部、消去。
さやか   やだ。せっかく苦労して書いたのに。
修司   だめ。
さやか   やだ。
修司   だったら、俺が消す。

        修司、マウスをつかんで消去しようとする。

さやか   だめー!

        さやか、修司の手をつかんで止める。

修司   離せよ。
さやか   消しちゃ、やだ。
修司   ほんとにまずいよ。これ。
さやか   だめ!
修司   子供みたいなこと言わないの。
さやか だめ! だめだったら!

        さやか、泣き出す。
        修司、マウスから手を離す。

修司   ‥‥‥。

        さやか、泣き続ける。

修司   ‥‥‥。消すよ。いいね。

        さやか、首を振る。

修司   ‥‥ほんとに、まずいんだよ。

        さやか、泣いている。

さやか   ‥‥社長を驚かそうって‥‥笑ってもらえるって‥‥そう思って‥‥さやか
    ‥‥がんばって‥‥がんばって‥‥書いたのに‥‥。

修司   ‥‥‥。


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