(はこ)
初演日:1999/10 作者:川村武郎

〈登場人物〉

 フリーターの少女         宗教者の男
 若い男               駅員
 浮浪者(源さん)        青年
 援助交際をしている男        水商売風の女
 援助交際をしている少女           水商売風の女にからむ男
 OL1(ユミ)        オカマ1(リカちゃん)
 OL2(しおり)        オカマ2(ジェニー)
 OL3(順子)        ティッシュを配る少女
 黒い服を着た女         通行する人々



        とある駅のコインロッカーコーナー。
        春。昼下がり。
        十代の少女が、両手にティッシュペーパーを持って配って
        いる。

少女   お願いしまーす。

        人々は、少女を無視して通り過ぎて行く。
        それでも、右へ左へと通行人に駆け寄りながら、ティッシ
        ュを配り続ける少女。

少女   お願いしまーす。

        若いアベック風の男女がやってくる。
        駆け寄る少女。

少女   お願いしまーす。

        アベックの男、受け取るようなふりをして、ティッシュを
        はたき落とす。

少女   あ。

        そのまま通り過ぎるアベック。

女の声   (笑いながら)ひっどーい。かわいそうじゃん。
男の声   甘やかすとクセになんだよ、ああゆーの。
女の声   (笑いながら)クセになるって?
男の声   だからさぁ‥‥

        少女、しばらく落ちたティッシュを見つめている。
        やがて、それを拾い上げ、アベックが去った方に投げつけ
        る。

少女   (小さな声で)畜生。

        少女、ティッシュ配りをやめて、ロッカーの前にすわりこ
        む。
        ポケットからタバコを出して吸い始める。

少女   (小さな声で)あーあ。

        少女、通行人を眺めながら、タバコを吸っている。
        突然、少女の背後から手が伸びる。

少女   キャッ!

        少女、あわてて飛びのく。
        そこには、いつのまにか、浮浪者然とした浮浪者がいる。

浮浪者   ねえちゃん。
少女   ‥‥‥。
浮浪者   一本くれんか?
少女   ‥‥‥。
浮浪者   タバコ‥‥。

        少女は、しばし呆然と立ち尽くしているが、浮浪者の視線
        が自分の手元に注がれていることに気づく。
        少女は、恐る恐るポケットからタバコを取り出す。

浮浪者   ああ‥‥一本。

        少女は仕方なさそうにタバコを一本取り出し、浮浪者に投
        げる。
        浮浪者は、うれしそうにタバコを拾う。
        立ち去ろうとする少女。

浮浪者   火。
少女   え。
浮浪者   火。

        浮浪者はタバコをくわえて、火を付けてくれるのを待って
        いる様子。
        少女は、仕方なく、ライターを取り出し、投げようとする
        が、思いとどまって、近づいて火をつけてやる。

浮浪者   あんがと。
少女   ‥‥‥。

        少女は、浮浪者から離れて立ったままタバコを吸う。
        浮浪者はうまそうにタバコを吸っている。
        しばしの沈黙。
        駅のアナウンスが遠くから聞こえる。
        やがて少女は、タバコを踏み消し、浮浪者をチラッと見て、
        そして去る。
        うまそうにタバコを吸い続ける浮浪者。
        駅の雑踏の音。
        そのうちに、浮浪者は、少女が忘れて行った大きな紙袋に
        気づく。取り寄せて中をのぞくと、そこには大量のポケッ
        トティッシュ。
        タバコを吸い終えた浮浪者は、その袋を抱きしめるように
        抱えながら、座っている。
        そこに、小走りに少女が戻ってくる。が、浮浪者の姿を見
        て、一瞬立ちすくむ。

浮浪者   (うれしそうに)これ?
少女   ‥‥‥。
浮浪者   ねえちゃんのだろ?
少女   あ‥‥うん。
浮浪者   ほら。(と、袋を差し出す)
少女   ‥‥‥。
浮浪者   ほら。
少女   ‥‥うん。

        少女は、紙袋を受け取る。礼を言ったものかどうか、しば
        し躊躇している。
        そこへ、若い男がやってくる。

若い男   お前、何だよ?
少女   え?
若い男   ティッシュ配ってだろ?
少女   え‥‥。
若い男   配ってただろって言ってんだよ!
少女   え‥‥あ、はい。
若い男   誰に断って、ここで配ってんだよ!
少女   え‥‥。
若い男   勝手な事するんじゃねえよ!
少女   だって‥‥。
若い男   だって、何だよ?
少女   わたし、バイトだから‥‥。
若い男   そんなこたわかってる! だから何なんだよ!
少女   ‥‥‥。
若い男   文句あんのか?
少女   (小さな声で)ここで配れって言われたから‥‥。
若い男   そんなこた知るかよ! ここは俺の場所なんだよ!
少女   ‥‥‥。
若い男   何だよ? 文句あんのかよ
少女   ‥‥ありません。
若い男   なめるんじゃねぇよ!

        若い男、少女の紙袋を奪い取る。

少女   あ。

        男、ティッシュを全てぶちまける。

若い男   わかったら、とっととうせろ! このガキ!

        男、袋を投げ捨て、その場を去る。
        呆然と立ち尽くす少女。
        しばらくして、浮浪者が、ティッシュを拾い始める。一つ
        ずつ拾っては、紙袋に入れてゆく。

浮浪者   ひどいこと‥‥するねぇ。
少女   ‥‥‥。

        黙ってティッシュを拾い続ける浮浪者。
        少女は立ち尽くしたまま。
        やがて、全てのティッシュを拾い尽くして、紙袋を少女に
        渡す。

浮浪者   (うれしそうに)はい。
少女   ‥‥‥。
浮浪者   はい。(と差し出す)
少女   ‥‥もう、いや。
浮浪者   え?

        少女、紙袋を受け取らず、そのまま立ち去ってしまう。

浮浪者   あ。

        紙袋を抱える浮浪者。

浮浪者   ねえちゃん‥‥。

        紙袋を抱えたままの浮浪者。
        駅のアナウンスの声が、遠くに聞こえる。

        暗転。





        とある駅のコインロッカーコーナー。
        初夏。深夜。
        背広姿の中年の男と、制服姿の少女がやって来る。

男    家の人は?
少女   え?
男    家の人は、知ってるの?
少女   え? ‥‥何を?
男    だから、こんなこと。
少女   ‥‥わけないじゃん。(笑う)
男    いや、そりゃ、そうだろうけど‥‥ちょっと何か感づいてると
    か‥‥。
少女   ないよ。
男    ‥‥そっか。
少女   うん。
男    ‥‥でも、こんな遅くなったりしてさ。心配したりしない?
少女   しないよ。
男    ‥‥そう。
少女   ‥‥‥。
男    いつもこんなに遅いの?
少女   ‥‥‥。あのさ‥‥何で、そんなこと聞くわけ?
男    いや‥‥別に。
少女   それって、ひょっとして、お説教?
男    まさか‥‥そんなんじゃないよ。
少女   別に、いいよ。お説教でも。‥‥そうだ、おじさん、お説教してよ。
    おもしろいじゃん。
男    え?
少女   だって、ついさっきまで、気持ちいいか、とか、よかったか、とか
    言ってたのがさ、急に、お説教とか始めたりしたらさ、何かおもし
    ろいじゃん。おっぱいチューチュー吸ってた口でさ、難しいこと言
    ったらおもしろいよ。
男    おい、ちょっと、聞こえちゃうよ。
少女   いいじゃん。いいじゃん。ねえ、やってよ。
男    おい。
少女   ねえ、どんなお説教すんの? 親が心配するぞ、とか、家で泣いて
    るぞ、とか言うの? 君のお父さんやお母さんは、そんなつもりで
    育てて来たんじゃない、とか言うの?
男    言わないよ。‥‥ちょっと、声下げろよ。
少女   それから‥‥えーっとね、そうそう、もっと自分を大切にしなさい、
    青春は一度しかないんだから、とか‥‥。
男    俺が悪かった。もう言わないから。
少女   えー、つまんない。やってよ。
男    ‥‥‥。
少女   ちぇっ。

        少女、バッグからカギを取り出し、コインロッカーを開け
        る。

少女   さてと‥‥。

        中から、服を取り出し、男の前で平然と着替え始める。

男    え? それって‥‥。
少女   (着替えながら)え? 何?
男    制服じゃないの?
少女   制服だよ。
男    だって‥‥。
少女   ああ‥‥何で着替えるのかって?
男    え‥‥ああ。
少女   だって、仕事用の制服だもん。
男    へ?
少女   営業用。(笑う)
男    え‥‥。
少女   だって、制服の方がいいんでしょ?
男    ‥‥‥。
少女   残念でした。あたし、ニセモノなの。
男    え?
少女   ニセモノの女子高生なのだ。
男    え? ‥‥それ、どういうこと?
少女   だから、ほんとは女子高生じゃないの。
男    でも、その制服‥‥。
少女   これ、友達の。友達から買ったの。一万円。
男    ‥‥‥。
少女   怒った?
男    ‥‥‥。
少女   金返せって?
男    ‥‥‥。
少女   ‥‥やっぱり、怒るんだ。
男    怒ってないよ。‥‥別に。
少女   じゃあ?
男    ‥‥学校は?
少女   やめちゃった。
男    ‥‥そう。

        少女、着替え終わり、バッグからタバコを取り出して吸う。

男    ‥‥‥。
少女   聞かないの?
男    え、何を?
少女   なんで学校やめたのかって。
男    別に‥‥。
少女   聞いてよ。
男    ‥‥‥。
少女   ねぇ。
男    ‥‥じゃ、聞く。
少女   何を?
男    え‥‥。
少女   ちゃんと聞いて。
男    だから‥‥なんで学校やめたの? ‥‥これでいい?
少女   うん。
    ‥‥あたしね、学校の成績はよかったのよね。自慢じゃないけどさ。
    うちの学校さ、四〇〇人ぐらいいたんだけど、何番ぐらいだったと
    思う?
男    え‥‥えーと一〇〇番ぐらい?
少女   ブー。三十五番。
男    へー、かしこいんだ。
少女   そうなの、優秀だったの。‥‥これって、自慢よね。へへ。
男    ‥‥そうだね。
少女   それでね、生活態度も真面目で、模範的な高校生だったのよね。
男    ふーん。
少女   それで、何でやめたのかって思うでしょ?
男    うん。
少女   それなんだけどさ、高一の冬に病気になって、手術して、四ヶ月も
    入院したの。ほら、お腹の所に大きな傷があったでしょ。あれ。
男    ああ。
少女   ふつう、ああいうの見つけたらさ、これ、何だって、聞くよね。そ
    の場で。
男    ‥‥‥。
少女   「傷口なめると感じるんだぜ」とか、言わないよね。ふつう。
男    ‥‥‥。
少女   もう、すけべなんだから。
男    ‥‥ごめん。
少女   ま、それはいいんだけど、それで結局一年近く学校休んじゃったわ
    け。
男    ふーん。‥‥何の病気だったの?
少女   癌‥‥だと思う。
男    え‥‥。
少女   はっきりとは言わなかったんだけどさ、たぶん子宮癌。ああいうの
    って、だいたい感じでわかるじゃん。抗ガン剤飲まされたり、放射
    線とかあてたりもするし‥‥。第一、生理なくなっちゃったから。
男    ああ。
少女   だから、あたし妊娠しないのよ。子宮ないんだから。‥‥あたしっ
    て、便利でしょ?
男    え?
少女   だって、コンドームもピルもいらないじゃん。
男    ああ‥‥そうだな。
少女   でもね、そういうの、何となく悔しいからさ、男にはコンドームさ
    せてやんの。
男    ‥‥ふーん。
少女   畜生、損したなって思う?
男    え? ‥‥別に。
少女   ほんと?
男    うん。
少女   ふーん。変なの。
男    ‥‥‥。
少女   それでさぁ‥‥ええっと、何だっけ? ‥‥あ、そうそう、何で学
    校やめたかって話ね。‥‥それでさ、何となく、死んじゃうのかな
    ぁとか思ったりもしたし、今でもちょっと思ってたりするけど、で
    も、それだけでやめたんじゃないよ。
男    ‥‥‥。
少女   一年ぶりぐらいで学校に行ったの。そしたらすっかり風景が変わってた。
男    え。
少女   風景が変わってたっていうより、変わって見えたのね。‥‥あのさ、
    おじさん、サラリーマンでしょ?
男    え? ‥‥ああ。
少女   毎朝起きて、会社行くんでしょ? 明日も、あさっても、しあさっ
    ても、これからもずーっと。
男    ああ。
少女   それって、何とも思わない?
男    え? ‥‥どういうこと?
少女   あたしも、毎朝起きて、満員電車に乗って学校へ通ってた。それが
    当たり前で、何とも思わなかったのよね。ところが、一年間行かな
    かったら、当たり前じゃなくなってたの。
男    ‥‥‥。
少女   ひとつひとつに理由が必要になったの。どうして毎朝起きるんだ?
     どうして学校に行くんだ? どうして教科書広げて授業なんか聞
    くんだ? ってね。これって、考え出すとすっごくめんどくさいよ。
    それに、考えれば考えるほど、理由なんかないんだもん。
男    ‥‥‥。
少女   会社だって、そうじゃない?
男    ‥‥そういう風に言われれば、そうだな。
少女   だったら、会社なんかやめなさい。君には、もっとやるべきことが
    あるはずだ。たった一度の人生なんだから。
男    え?
少女   さっきのお説教のお返し。
男    何だよ、それ。
少女   まあ、そういうことだ。
男    何が、そういうことなんだよ。
少女   あたしが学校をやめたわけ。‥‥まあ、それだけじゃないけどね。
男    ふーん。‥‥けっこう考えてんだな。
少女   まあねぇ。‥‥見直した?
男    まあ、ちょっとね。
少女   感動的な話でしょ?
男    まあ。
少女   じゃあ、追加料金。(と、手を出す)
男    えー。
少女   ウソ。冗談。
男    もう、大人をからかうんじゃない。
少女   じゃあ、今度は、おじさんの話。
男    え?
少女   さっきのお説教の続き、やってよ。‥‥そんな、明日をも知れない
    命だったら、なおさらのこと、人生を大切にしなさい、とか、何と
    かさ。
男    ‥‥もう、いいよ。
少女   えー、やってよ。
男    だから、もういいって。
少女   知ってる? そうやって、大人が逃げるから、子供が非行に走るん
    だよ。
男    何言ってんだよ。勝手に全速力で走ってるくせに。
少女   あ、そういう言い方するわけ? いたいけな女子高生を金でもてあ
    そんでいる非行中年が。
男    女子高生じゃないだろ。
少女   そんなこと言うなら、もう遊んであげないから。
男    わかったよ。‥‥今度説教してやるから。
少女   約束だよ。
男    ああ‥‥ほんと、変なのに捕まっちゃったよ。
少女   嫌なら、別のを探せば?
男    ‥‥‥。
少女   じゃ、あたし、帰る。
男    ‥‥じゃ。
少女   じゃあね。

        少女、去りかけるが、立ち止まり、

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