家族計画

(かぞくけいかく)
初演日:1998/11 作者:川村武郎
    〈キャスト〉

     父
     母
     長男
     二男
     長女
     二女
     山崎
     兵士



1 十一月三日 朝


        朝、目覚まし時計のベルが鳴る。
        明かりがつくと、そこは、リビングダイニングキッチンら
        しき部屋。
        テーブルとイスがある。
        部屋の中央に、ジャージ姿の男(父)。

父    おーい、朝だぞ。

        しばしの間。誰の反応もない。

父    おーい、朝だ。起床時間だ。起きなさい。

        しばしの間。誰の反応もない。

父    もう六時を過ぎてるぞ。起きなさい。間に合わなくなるぞ。

        しばしの間。
        やがて、母が出てくる。

母    おはようございます。
父    おはよう。‥‥まだ誰も起きてこないんだ。今日は遅いな。
母    昨日、みんな遅かったみたいですから。‥‥それに、今朝は
    冷えますからね。
父    そうだな。‥‥まだ、十一月なのにな。
母    やっぱり山は、季節が早いですね。
父    そろそろ冬の準備をしといた方がいいかもしれないな。
母    ええ、そうですね。早めにしておかないと‥‥。
父    考えておいてくれ。頼むよ。
母    はい。
父    イチロウは?
母    まだ、寝てますよ。‥‥たぶん。
父    そうか。‥‥何時だったんだ、夕べ?
母    三時です。
父    何かなかったか?
母    別に。
父    そうか。

        父、時計を見る。
        まだ、誰も出て来る気配はない。

父    しょうがないな‥‥。オレが起こしてくるから、お前はイチロ
    ウを頼む。
母    ‥‥起こすんですか? イチロウ。
父    やっぱり、朝は、そろわないとな。
母    ‥‥はい。

        父と母、去る。
        しばしの間。

父の声  おい、起きなさい。もう始まるぞ。
二男の声 はい。

        間。
        ノックの音。

父の声    起きてるか?

        間。
        再びノックの音。そして、ドアノブを回す音。

父の声  おい、カギはかけるなと言っただろ。
長女の声 今、着替えてるの。
父の声  じゃ、返事ぐらいしなさい。
長女の声 はーい。‥‥今、行くから。

        長男(イチロウ)が、目をこすりながら出てくる。手にラ
        ジカセを持っている。
        続いて、母が出てくる。

母    ほら、顔洗ってきなさい。
長男   はい。

        長男、ラジカセをテーブルに置き、コンセントを差し込ん
        で去る。
        父が戻ってくる。
        二男も出てくる。

二男   うー、寒い。冷えるねぇ。‥‥そろそろ暖房入れないの?
父   朝は、寒いくらいがピリッとしていいんだ。
二男   ‥‥‥。
父    運動すればすぐにあったかくなるさ。‥‥目も覚める。
    (腕時計を見て、奥の部屋に向かって)おーい、何してるんだ。始
    まるぞ。

        長男がタオルで顔をふきながら戻ってくる。
        続いて、長女(カズミ)も出てくる。

父    フタバは? どうした?
長女   頭が痛いんだって。
父    何だ、またか。‥‥夜更かしするからだ。
長女   ‥‥‥。
父    とにかく朝は顔をあわせないとな。‥‥呼んできてくれ。
長女   おなかも痛いんだって。
父    ‥‥ほんとか?
長女   知らないわよ。あの子がそう言ってるんだから。
父    でもな‥‥。
母    もう、いいじゃないですか。始めましょう。
父    だいたい、お前がそう言って甘やかすから‥‥
母    女の子はいろいろあるんですよ。‥‥それより、ほら、もう時間で
    すよ。
父    (時計を見て)あ、そうだな。
    ‥‥それじゃ、(姿勢を正して)‥‥皆さん、おはようございます。
全員   おはようございます。(礼)
父    えー、最近寒くなってきて、起床時間が遅れ気味です。お父さんや
    お母さんに言われるまでに、自分で起きるように努めて下さい。改
    めて言っておきますが、規則正しい生活習慣こそが、明るい家庭生
    活の基本です。そこの所を今一度考えて、各自自分の生活を見直し
    て下さい。それでは、今日も元気に一日を過ごしましょう。‥‥じ
    ゃ、始めよう。(長男に合図する)


        長男、ラジカセのスイッチを入れる。
        「ラジオ体操の歌」が流れ出す。
        全員ラジオに唱和する。

歌    ♪ 新しい朝が来た。希望の朝だ。喜びに胸を広げ、青空仰げ。ラジ
    オの声にすこやかな胸を、この薫る風に開けよ。それ、一、二、三。

        続いて「ラジオ体操第一」が、始まる。
        全員、整然と体操を始める。
        途中、電話が鳴り出す。

母    お父さん。
父    また、いやがらせだ。

        ラジオ体操は続く。
        電話も鳴り続ける。

母    今日は、長いですね。
父    しつこいな。‥‥イチロウ、切りなさい。
長男   え?
父    電話。
長男   あ‥‥はい。

        長男、受話器を取って、すぐに電話を切る。
        ラジオ体操は続く。
        ややあって、再び電話が鳴り始める。

母    おとうさん、また。
父    ほっときなさい。
母    でも‥‥。
父    いいから。‥‥イチロウ、ボリュームを上げなさい。
長男   え?
父    ラジオのボリューム。
長男   あ‥‥はい。

        長男が、ラジオの音量を上げる。
        ラジオ体操は続く。
        電話は、鳴り続けている。
        やがて、ラジオ体操が終わる。
        電話も鳴り止む。

ラジオ   これで金曜日のラジオ体操を終わります。今日も元気でお過ごし下
    さい。それでは、ごきげんよう。

        長男、ラジオを切る。

母    やっと、切れましたね。電話。
父    人がせっかくさわやかに一日を始めようとしているのに‥‥。

        玄関のチャイムが鳴る。

母    お父さん。
父    ああ‥‥出てくれ。

        母、玄関に去る。

男(山崎)の声 おはようございます。もうラジオ体操はお済みです 
        か?
母の声  何言ってるんですか。山崎さん、どういうつもりなんです?
     ああいうことはやめて下さいって何度も言ってるでしょう?
山崎の声 ああいうことって?
母の声  電話ですよ。電話!
山崎の声 電話‥‥が、どうかしたんですか?
母の声  とぼけないで下さい! 今さっき、いやがらせの電話、した
     でしょう?
山崎の声 してませんよ。‥‥だって、私、今、歩いてきたんですから。
母の声  あなたかどうかが問題じゃないでしょ。‥‥とにかく、ああ
     いうことが続くようだと、こっちも考えさせてもらいますか
     ら。
山崎の声 ‥‥はあ、まあ、一応確認してみますけど。
母の声  ほんとに頼みますよ。
山崎の声 はあ。‥‥あの、上がってもよろしいでしょうか?
母の声  ‥‥‥。どうぞ。
山崎の声 それじゃ、お邪魔します。

        山崎が入ってくる。
        続いて母も入ってくる。

山崎   皆さん、おはようございます。
全員   ‥‥‥。
山崎   いやあ、今朝は格別に冷えますねぇ。今、来る時、空をみてたんで
    すがね、どんよりと曇ってて、何だか雪でも降ってきそうな感じで
    すよ。
全員   ‥‥‥。
山崎   やっぱり信州の冷え込みってのは、東京とかとは全然違いますね。
    私、九州の出身だから、自慢じゃないですが、寒さには人一倍弱く
    てね、ここ二、三日の寒さはかなりこたえます。‥‥それで、年寄
    り臭いんですがね、実は、ホカロン使ってるんですよ。ほら。(背
    中から出して見せる)‥‥これ、熱すぎないし、結構いいですよ。
全員   ‥‥‥。
山崎   皆さんも、風邪なんかひかないように注意して下さいよ。ま、ラジ
    オ体操をして健康管理に努めていらっしゃるから‥‥。
全員   ‥‥‥。
山崎   おや、下の娘さん‥‥何てお名前でしたっけ?
父    フタバです。
山崎   ああ、そうだ、フタバさん。どうなさったんですか? お顔が見え
    ないけど‥‥。
父    ‥‥‥。
母    ちょっと頭が痛いんだそうで‥‥。
山崎   へぇ、それはいけませんね。お風邪ですか?
母    いえ、ただの頭痛だと思います。
山崎   頭痛止めのお薬ありましたっけ? 何なら、医者を来させましょうか?
父    いえ、結構です。
山崎   でも、念のために‥‥。
父    大丈夫です。大したことありませんから。
山崎   ‥‥そうですか。なら、いいですけど‥‥。ほんと、遠慮なさらずに
    言って下さいよ。特に、皆さんの健康管理については、一番気を使っ
    ているところですから。何でもご協力させていただきますから。
父    ‥‥‥。
山崎   さて、今日は何かご用件はございますか?(手帳を取り出す)
母    お父さん、さっきのこと頼んどいたら?
父    え?
母    冬の準備。
父    ああ‥‥そうだな。‥‥お前、言ってくれ。
山崎   え、何でしょう?
母    いや、服とか布団とか、冬物に代えようかと思って。あと、暖房器具
    とかも。
山崎   ああ、そりゃ、そうですね。この気候は、もう完全に冬ですからね。
    ‥‥いや、こっちから言うべきなのに、気がきかなくてすみませんね。
    ‥‥数とか種類とか、どうしましょう?
母    そうね‥‥お父さん、どうします?
父    人数分で適当に見繕っといて下さい。特に必要な物があれば、後で連
    絡しますから。
山崎   そうですか。‥‥でも、服なんか、色とかの好みもあるんじゃないで
    すか? 特にお嬢さんなんかは。ねぇ?(長女に)
長女   ‥‥‥。
山崎   ま、できるだけお洒落なやつを探してみます。私ら、あんまりわかん
    ないですけどね。
全員   ‥‥‥。
山崎   ま、女の子にでも相談してみますわ。
‥‥二、三日かかると思いますけど、よろしいですか?
母    けっこうです。
山崎   (メモして)他、ありませんか?
母    そうね‥‥トイレットペーパーとゴミ袋と‥‥なんかありましたっけ?
    (父に)
父    ‥‥ミネラルウォーターとコーヒー。
母    とりあえず、それだけお願いするわ。
山崎   (メモしながら)わかりました‥‥っと。あ、そうだ。‥‥今日の昼
    御飯ね、お寿司ですよ。
母    え?
山崎   ほら、今日は十一月三日。祝日ですからね。
母    ああ‥‥。
山崎   ささやかながらプレゼントということで。‥‥じゃ、どうも。お邪魔
    しました。
母    ‥‥‥。
山崎   (去りながら)‥‥規則正しい生活習慣が、明るい家庭生活の基本‥‥か。
父    え?
山崎   私たちも見習わなくっちゃね。それじゃ、失礼します。

        山崎、去る。母、見送る。
        ややあって、母が戻ってくる。

母    ‥‥相変わらず、嫌味な人ね。
長女   祝日って‥‥今日、何の日だったっけ?
二男   十一月三日‥‥ああ、文化の日だ。
父    それも、いやがらせだな。
二男   え? どうして?
父    文化の日っていうのは、元々は明治節なんだ。
長女   ‥‥何それ?
父    明治天皇の誕生日だ。
長女   ‥‥だから?
父    わかってないな。‥‥つまり、日本人として、我々にそれを祝えって言
    ってるんだ。
長女   ああ‥‥そうなの。
父    そうだ。

        しばしの間。

二男   ‥‥でもさ、久しぶりだね。
父    え。
二男   お寿司。
父    ‥‥‥。
二男   そう言えば、ずっと食ってないよなぁ。‥‥大トロの分厚いの食いたい
    なぁ。
長女   そうねぇ‥‥私は、ひらめがいいな。甘くてシコシコしてるやつ。
二男   それから、イクラとウニだな。
長女   なんか、値段の高いヤツばっかり言ってない?
二男   ‥‥ねぇ、お母さん。山崎さんにさ、注文したらどうかな? みんなで
    好きなネタを言ってさ。
母    ジロウ。‥‥お寿司屋さんじゃないんだから。
二男   きっと、用意してくれるよ。ねぇ。
母    ‥‥‥。
二男   ‥‥それに、ビールなんかもあったら、うれしいなぁ‥‥なんちゃった
    りして。
長男   お前たち、いいかげんにしろよ。
二男   ‥‥‥。
長男   調子に乗るのもいいかげんにしろ。自分たちの立場がわかってるのか?
父    イチロウ、やめなさい。
長男   え。でも‥‥。
父    ルールをわきまえろ。
長男   ‥‥‥。
父    ‥‥私たちは家族だ。この家での生活を共に過ごしてゆく仲間だ。家族
    は助け合い、励まし合わねばならない。だが、家庭生活が、そうきれい
    ごとばかりで行くわけではないことも事実だ。その中では、お互いに不
    満もあれば、多少のわがままもあるのはむしろ当然だ。そして、そうい
    った一切を許容し、包み込んでこそ家族というものなのだ。その基本を
    忘れてもらっては困る。‥‥そうだろう?
長男   ‥‥はい。
父    お母さん。
母    はい。
父    ジロウたちの注文を聞いて、電話してやってくれ。
母    え‥‥あ、はい。
父    ‥‥それから、ビールもな。
母    え‥‥いいんですか?
父    いいから。
母    ‥‥はい。
二男   ‥‥お父さん。
父    ん?
二男   ありがとうございます。
父    ああ‥‥。

        しばしの間。

父    それにしても‥‥あいつ、やっぱり聞いてたんだな。
母    え?
父    ラジオ体操。‥‥見習わなくっちゃ、とか言ってただろう?
母    ああ‥‥そうですね。‥‥あの人、聞き耳たててたんでしょうか?
父    うん、そうかもしれないな。
母    盗聴は?
父    それもあるかもしれないが‥‥ただ、わざわざバラすようなことはしな
    いだろう。
母    ‥‥それも、そうですね。
父    たぶん、ただのいやがらせだだろう。「なんでもわかってるぞ」ってな。
    ‥‥イチロウ、一応念のために調べておいてくれ。
長男   はい。
父    それより、必要以上に神経質にならないことだ。いろいろとゆさぶりを
    かけて、動揺させようとしているんだろう。だから、私たちがそれに乗
    ってしまってはいけない。‥‥わかったな。
母・長男 はい。

二女の声 あ、雪だ!

        二女が走り込んでくる。

二女   雪よ。雪が降ってるわ!
長女   えー、マジ?

        二男と長女が、窓の所へ走って行く。

長女の声 あ、ほんとだ。
二男の声 初雪だ。‥‥冷えるはずだよなぁ。
長女の声 まだ、十一月なのにねぇ。

母    もう大丈夫なの?
二女   うん、だいぶ楽になった。
母    そう‥‥。(長女と二男に)あんまり、窓から顔出してちゃだめよ。

長女・二男の声 はーい。

父    雪‥‥か。
母    え?
父    いよいよだな。‥‥これから、大変だぞ。
母    え?
父    雪は、すべてを覆い隠す‥‥。
母    ‥‥ああ。‥‥そうですね。

        暗転。


2 十一月二十三日 午後


        暗闇の中に、長女の姿が浮かび上がる。
        テーブルに座って、手紙を読んでいる。

長女   二、三日降り続いた雪も上がり、今日は朝から快晴です。久しぶりの明
    るい陽ざしに、樹氷がキラキラと光って、まぶしいくらいです。山は一
    面の銀世界で、真っ白で、ふんわりとした雪の中に、点々とウサギの足
    跡みたいなのが、ずうっと林の奥の方まで続いています。これだけきれ
    いに積もっているのを見ていると、スキーができないのが残念な気がし
    てくるから不思議です。新雪の中を滑るのが大好きな三好君や高橋君に
    見せてあげたいような雪景色です。
    こんなことを書いていると、何をのんきなことを言ってるんだと怒られ
    そうです  が、ほんとに申し訳ないぐらいに私は元気です。毎朝、
    六時に起床して、ラジオ体操をして、三度の食事をしっかり食べて、以
    前の私からは想像できないような規則正しい生活をしているので、体調

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh
E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。


ホーム