猫はバラードを歌う
 猫はバラ−ドを歌う  中島清志 作  

〔キャスト〕 ♂3人(兼役可) ♀5人        
                         
♀ アオタエリ  (高校三年生)           
                        
♀ アオタイチコ (エリの母)            
                         
♀ シライサトミ (エリの同級生)          
                        
♀ ムカイミドリ (エリの同級生)          
                         
♀ ミ−タン   (エリの飼い猫)          
                        
♂ キジマケンジ (エリの同級生)          
                        
♂ 父      (エリの父)   −ケンジと兼役可 
                       
♂ 酔漢     (酔っぱらい)  −ケンジと兼役可 
        
少し古い流行歌が静かに流れる中開幕 部屋の中に一本のサス明かり 普段着の少女が小テ−ブルについて座り、その隣で年老いたネコが丸くなっている エリとミ−タンである 音楽FO エリ口を開くが、観客に話しているのか、ミ−タンに話しているのか定かではない     
                                              
  エリ「・・・綺麗なお花たちに埋もれるように、女の人が箱の中で眠っていたの。その人はお花たちに負けないほど綺麗にお化粧をして、見た事もないようなしあわせそうな寝顔だったわ・・・でもその人は二度と私を抱いてくれなかった。替わりになぜだか急に海から帰って来たお父さんが、私を抱いてくれたの・・・それでおしまい。もうな−んにも記憶にない。」                          
                                        
エリ、ミ−タンを撫でてやりながら                          
                                       
  エリ「その後の事私よく覚えていないんだ。でもある日おばあちゃんの家で1日中泣き疲れて寝ちゃうまで泣いたんだ。不思議だったよ、私なんでこんなに悲しいんだろうって・・・でも今ならわかる。それは私が『オカアサンガシンダ』っていう言葉の意味を知ったからなんだ。お母さんは二度と帰って来やしない。抱いてくれることもない。おやすみの前にキスしてくれる事もないんだって・・・当たり前なのにさ。おかしいよね。笑っちゃうよね。ははは。」                     
                                       
エリ、ミ−タンを強く抱き締める                           
                                       
  エリ「お母さんは口数の少ない人だった。でもいつもいつも繰り返し聞かされてた言葉があるの。『エリちゃん、好きよ。愛してる。』って、まるで呪文みたいにさ・・・変だよね、そんな気持ち言葉で伝えようなんて。もしかしたら、自分に言い聞かせてただけかも知れないけど・・・毎日、毎日、私を抱いて、泣きながらそんな事言ってたんだよ。頭がおかしくなるよね。死にたくもなるよね・・・遺書があったんだって。一人ぼっちで寂しかったんだって。子育てに疲れてたんだって!(涙ぐむ)・・・私は言葉なんか信じないよ。言葉は真実をねじ曲げるのゆがませるのどこかへやっちゃうの!ねえ、教えて。真実は一体どこへ行っちゃったのよ?(テ−ブルに伏せてしばらく泣いているが、泣き止んで顔を上げる)」  

部屋の中の照明FI エリ立ち上がると部屋のドアにカギを掛けに行く          
                                       
  エリ「バカな事だってわかってるよ。もうまるっきりコドモ。口を開けば大ウソばかりだしさ。」                                  
                                        
エリ、音楽をかける 一昔前の流行歌(注:作者のイメ−ジは「いとしのエリ−」)流れる 

  エリ「大き過ぎだって。(ボリュ−ムを下げる)カセットってやっぱり雑音入ってる。前に友達のうちで昔のレコ−ド盤っての聞かせてもらった事あったな。あのひどい雑音にはビビったけど・・・CDになってMDになって、今度は何?IDとか出るわけ?ってIDはないよね。でもMDってさあ、人バカにしてるんだ。だって人の耳には聞こえない音域はカットしてるんだよ。聞こえない音はいらないわけ?それだって音楽の一部じゃないの?」                            
                                                    
エリ、ミ−タンを抱いて撫でてやりながら                       
                                        
  エリ「おしゃべりじゃないなんて、大ウソよね。私さっきからベラベラ次から次にしゃべり散らかしてる。なんだか、動物や植物に話しかけてるさびしい未亡人みたい。ああ、嫌だ嫌だ!人間はどうして言葉なんか発明したの?・・・ねえ、ミ−タン。しあわせになるために言葉なんかいらないよね。動物はみんな、余計な事なんか考えず、食べて、寝て、その全身に生きてる事の喜びを精一杯に感じて、そして・・・死んで行くんだよね。人間だけよ、言葉なんか背負いこんじゃって。ヘレンケラ−が最初に覚えた言葉、WATERだっけ?何が奇跡の人よ!言葉を覚えたヘレンはしあわせになったわけ?ヘレンは言葉を覚えたばっかりに、目が見えない、耳が聞こえない、口が利けない事の苦しみや悲しみを知ってしまったんじゃないの!人間なんて、人間なんて・・・思い上がりもはなはだしいわ!言葉を知らない動物は自殺なんかしやしないのに。」            
                                                     
エリ、何かにイラついたようにミ−タンを放すと立ち上がり、音楽を切る         
                                        
  エリ「何なのよ、この歌詞!低俗で、下劣で、知性のカケラもありゃしない・・・(少し涙ぐむ)愛だの恋だのって、まさしく言葉のアソビじゃないの!『好きだ』って言わなきゃ、『好きだ』という気持ちは伝わらないわけ?間違ってるよ、そんなの!・・・(ミ−タンに話掛ける)ねえ、間違ってるよね・・・(遠くを見るような視線の定まらない目で)私今誰に話かけてるの?この下らない、わけのわからない、気が狂いそうなたわ言は、一体誰に向けて?・・・一人言はむなしいですって?意味ないですって?じゃあ、私は一体何なのよ!言葉なんて意味ないって、言葉なんて信じられないって、わかっているのに、私、今言葉の海で溺れかけてる・・・」       
                                                  
ドアをノックする音 エリ、口を閉じる                        
                                     
 イチコ「エリさん。開けてちょうだい。お母さんですよ。」              

  エリ「お母さんじゃない。」                           

   父「エリ。開けなさい、エリ。」                        
                                        
エリ、ドアを開けると、父が入って来る エリは元の位置にもどりミ−タンを抱く     
                                        
   父「エリ・・・」                              
                                         
1/21

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム