ホワイト・バレンタイン
「ホワイト・バレンタイン」(原題「イワン・マトヴェ−イチ」)

原作:チェーホフ  潤色:中島清志         

〔初演〕1999年(呉地区高校演劇部合同公演)

〔登場人物〕♂1名 ♀2名

♂浩一郎・・・筆名「朝霞浩一郎」。ミステリ−作家。凸凹大学文学部客員講師。
♀ 和子・・・浩一郎の妻。
♀ 政岐・・・凸凹大学文学部英文学科生。

〔背景〕20××年2月14日。都会の外れのちょっと高級な住宅地にある家の1室。

開幕 家の1室 テ−ブルに座った浩一郎は、神経質に爪をかんだり、立ち上がったりしていらついている様子 腕時計を見て大きなため息と共にがなり立てる

浩一郎「まったくどうなっておるのだ!こうなるともう、ちょっと時間に無頓着という位じゃすまされ    んな。学生という奴はこれだから困る。社会に出て通用せん連中ばかりじゃ。今日という今日    はただじゃすまされんからな。」

浩一郎は、自分の腹だちをなにかにぶちまけたい気持を感じながら、妻の部屋へ通じるドアに歩み寄りノックする

浩一郎「和子!」

夫の剣幕に、和子、やれやれという風な顔をドアからのぞかせる

和子 「あなた、さっき言った通りですよ。今日も都合でどうしても遅れるという電話が政岐さんから    ございましたのよ。」
浩一郎「そんな事はもう聞いておる。わしが言いたいのは、自分の都合で毎日毎日遅れて来るようなア    ルバイトがあるか、という事じゃ。」
和子 「仕方がございませんでしょう。あの学生さんもお若いからいろいろおありなんでしょうからね    え。」
浩一郎「学生課の連中に厳重に文句を言っとかなきゃならんな。いかにアルバイトとはいえ、ちゃんと    した学生を寄越して貰わねば困る、とな。まったくこんな無責任な話があるものか。アルバイ    トを紹介しておきながら、紹介した大学当局もどんな学生だか知らないなんて。あの学生の奴    め、毎日判で押したように決まって二、三時間遅れてやって来おる。若い者ならいざ知らず、    わしにとってはこの二、三時間が他人の二、三年よりもっと大切なんだ!あいつ、やって来て    みろ、今日こそは頭から怒鳴りつけて金も払わず、たたき出してやるからな!ああいう不良学    生になど、なんの遠慮もいるものか。」
和子 「あなたったら、毎日、ぶつぶつそんな事を言って・・・でも、あの学生さん遅れても毎日せっ    せと通って来るじゃないの。」
浩一郎「だいたい、和子、こんな詐欺みたいな話があると思うか。政岐というから男子学生かと思えば    、やって来たのはあの小娘じゃないか。人を馬鹿にするにも程があるぞ。」
和子 「あら、そんな事おっしゃるのは問題でしてよ。あなた、いったい大学で何を教えていらっしゃ    るの。」
浩一郎「わしはもの書きじゃ、堅苦しい教育者とは違うぞ!男と女の際どい場面を書こうにもあのよう    な女学生が相手ではやりにくくていかんわい 。」
和子 「何を言ってらっしゃるの。あなたのお書きになるものにそんな際どい文章なんか金輪際ありは    しませんわ。せいぜいキスシ−ン位じゃありませんか。今時の女学生さんがそんなもの気には    されませんでしてよ 。」
浩一郎「わしの方が気になると言っておるのだ。まあいい。問題はあの遅刻の多さだ。男子学生にあん    な無責任な仕事をする者はおるまいて。男は将来妻子を食わせてやる心構えがいるからな。」
和子 「まあ、ひどい。田中先生がお聞きになったら卒倒されましてよ。あなたがまだ売れない頃、ど    うやって暮らしてたかお忘れになりましたの?」
浩一郎「それとこれは別の話だ!お前には悪いが、ああいういい加減な女学生がおるから女全体が軽く    みられるのだ。」
和子 「だけど、あなた、政岐さんが始めてやって来られた時、一目で気にいられてたじゃありません    か。『まるで、娘が帰って来たみたいだ』とか、年甲斐もなくはしゃいでらっしゃって。」
浩一郎「わしの見る目がなかったんじゃ。こんなに無責任な学生とは思いもしなかったわい。今日とい    う今日は、女だからといって遠慮はしないぞ。いったいどういう了見でいるのか聞きただして    お払い箱にしてやるわ。」

和子、何か思い出して自室に戻り、手に小さな箱を持って帰って来る

和子 「お父さん、まあ、そうイライラなさらないで。ほら、これでもお食べになりません?」
浩一郎「なんだ、これは?」
和子 「新発売のカルシウム入りチョコレ−トですの。今日はバレンタインデ−ですからね、お父さん    に差し上げますわ。」
浩一郎「わしが甘いものを嫌いなのを知って、どうせお前が食べるつもりで買ったんだろう?」
和子 「気持ちだけお受け取りになって。それではありがたくいただきますわ 。」

浩一郎、かえってイライラし不機嫌になった様子 遂に玄関のベルが鳴る アルバイトの政岐が息をはずませながら入ってくる 片手に紙袋、もう片手にはノ−ト型パソコンを重そうに下げている 化粧一つしていない20歳前後の女子学生で、着古した服を着ており、ズボンが擦り切れ気味なのを気にしている 白い息を吐きながら浩一郎の姿を認めると、彼女は、子供っぽい純粋さで一杯の微笑を浮かべて会釈し、両手の荷物をその場に下ろす

政岐 「あ、こんにちは。先生、お風邪の方はもう良くなられましたか?」

部屋の入り口に立ってにこにこ笑っている政岐に向かって、浩一郎は両手を組んで立ちあがり、ふるえ声で

浩一郎「き、君。君はいったい・・・」

政岐は浩一郎の怒る姿を始めて見たのでびっくりして口をポカンと開けていたが、下げていた紙袋から包みを持ち出して和子に差し出し、浩一郎の言葉を無視するように言う

政岐 「あのう、これ、先生にと思いまして持って来たんですけど・・・」
和子 「まあ、すみません。いったい何かしら?」

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