グッバイガール

まるで映画のように

(ぐっばいがーる)
初演日:-1990/7 作者:森島永年


           「グッバイガール」
作:森島永年

 都会のマンションの一室。乱雑な室内。3DKの奥の部屋には寝室がある。寝室からネグリジェにナイトガウン姿の優子登場。


優子 何度言ったら分かるの。ママは朝にとやかく言われるのは嫌なのよ。持ってくものは前の日に言ってくれなくちゃ。今から用意なんて出来やしないよ。それに先生も先生だと思うわ。ソロバンなんて前時代的なものがどこの家にもあるなんて信じているのかしら。一括で購入してもらったほうがずっと効率的ってもんじゃない。・・・プリント?プリントって何よ。あんたってひどい娘ね。悪いことはみんなママのせいにするの。・・・分かったわよ、覚えている。思い出したわよ。そうユカの言う通りね、プリントがあったわね。ソロバンの一括購入の申し込み用紙。そう、無視したのはママよ。あの日は二日酔いだったし、色々あったのよ。・・・・色々ってのは、色々なの、子供が口挟むことじゃないわよ。・・・ごめんね、ママが悪かったわ。泣かなくてもいいじゃない。ママは泣き虫は嫌いよ。・・・・機嫌を直して。朝御飯はちゃんと食べた。ユカの歳にはダイエットはまだ早いんだから。ちゃんと食べなくちゃ駄目よ。拒食症を直すためにボーイフレンドを探す役目を背負わされるなんて真っ平後免なんだから。卵はママの分も焼いてくれた。あの人はいいのよ。どうせ朝は食べないんだから。どうしてよ、目玉焼きなんて、2人前作るのも、1人前でも作るのは同じでしょう。・・・・そうね、好みが違うわよね、ママは半熟が好きで、ユカは固焼きが好みだものね。あんたはいつだって正しいわよ。ソロバンなんて本当にどうしようかしら。・・・そう、こんな早くから、開いてる文房具屋さんなんてあるの。分かったわ。(テーブルのうえのバッグから財布を出し金を渡す)じゃあ、これで買っていって。本当に後免ね。あの日、ママは二日酔いで、今朝だって頭が痛いのよ。・・・・それからね、もしかしたら、もしかしたらだけど、いい事があるかもしれないの。まだ、決まったわけじゃないから、秘密よ。まだ教える訳にはいかないわ。本当になるかどうか分からないんですもの。本当になったら、すばらしいけど。お金落とさないでね。ほら、もうこんな時間。・・・急がなくちゃ、学校に遅れるわよ。車に気をつけるのよ。分かった。今夜もちょっと遅くなるかもしれないけれど、先に寝ててくれていいわよ。それから、例の件楽しみにしていて。でも、あんまり期待したら駄目よ。もしかしたら、計画倒れになるかもしれないんだから。・・・いってらっしゃい。・・・・もう少し、眠っていられるかと思ったのに。・・・(奥の部屋に向かって)あら、起きちゃったの、もう少し寝てていいわよ。今、コーヒーいれるから。ご飯の支度がおわったら、起こしてあげるわ。・・・ねえ、でもそのニューヨーク行きの話、本当なの。もうすぐあの娘も夏休みだし、一月もニューヨークへ行っていられるなんて最高に思い出のある夏休みになると思うわ。あの娘ディズニーランドへ行きたいって、前々から言ってるのよ。クラスでディズニーランドへ行ったことがないのは私ぐらいのもんよ、なんて言って、私を責めるの。本物の、ディズニーランドへ行ったことのあるクラスメートなんてそんなにいないと思うから、あの娘きっと自慢できるわ。(一度奥へ引っ込んで、奥から声が聞こえてくる。)「そうなの、それは残念だわ。ディズニーランドがそんなにニューヨークから遠いとは知らなかった。だったら、ニューヨークには何があるの。・・・国連ビルですって、そんなものは子供には興味はないわよ。自由の女神・・・・そうね、ブロードウェイがあるわね。子供に向いたものをやっていればいいけれど。とにかく、たまには親らしいところも見せてあげないと思うの。幸い有給もずいぶんとたまっているし、たまには、私も違うところでのんびりしてみたいわ。この際だから、思い切って会社止めちゃったっていいんだし。駄目よ、朝から、朝は忙しいのよ。コーヒーはブラックにする。それとも、ミルク入れる。」(服を着替えてでてくる。)一ヵ月のニューヨーク旅行、本当に楽しみだわ。
 あっという間に時間が経つ。それは暗転する間もないくらいだ。

優子 どうしたの。彼、まだ帰ってこないの。御飯は、・・・彼ね、独身生活が長かったから、結構料理が上手なのよ。青い顔して熱でもあるの。変な娘ね、何よこの手紙。(テーブルのうえから手紙を取り上げ中を読む。)そうそういうことなの、出てっちゃったというわけ。彼なんて言ってた。「よろしく」ふざけんじゃないわよ。そうそういう事なの。結局コブつきの年上の女と暮らすことは単なる手段でしかなかったってわけだ。ニューヨークのハーレムの生活を写真に撮りたいですって。売れもしない三流カメラマンのくせして、一丁前の口たたくんじゃないわよ。・・・あっちへ行ってなさい。自分の部屋へ行ってるのよ。ママの言うことがきけないの。何よ、その目は。・・・・ママだって一人になりたいことがあるのよ。私が一人だけだったらどこまでも追い掛けてやるんだけど。・・・まだ居たの、何よ、何を泣いているの。パパの所へ行く。・・・・馬鹿言うんじゃないの。知ってるでしょ、パパはもう新しい奥さんをもらっているの。もうすぐ子供だって出来るのよ。あんたの居るところなんて無いんだから。・・・馬鹿ねえ、誰もあんたを邪魔者扱いなんてしてやいないわよ。大丈夫、ママはね、パパと別れた後だって、ユカを育てながら、ここまでやってきたんだから。また親子二人で仲良く暮らしましょ。・・・・ただね、今晩は一人にしておいてほしいの。・・・分かってるわよ、飲み過ぎないようにするから。ユカあんたって、気を使い過ぎるわよ。もう少し子供らしくしなさい。ティッシュの箱なんて持ってくる必要ないんだから。こまっしゃくれた子供なんてママ大嫌いよ。もちろんユカのことは大好きよ。・・・でも、そういう気の使い方だけはしてほしくないの。いつも親の顔をおどおどうかがっているような子供は嫌なの。・・・・もういいでしょ。お風呂は入ったの。じゃあお休みなさい。明日の用意をして寝るのよ。(子供が居なくなったとたんに、すごい声で泣き始める)どういうことなのよ。・・・一人で生きたいなら一人で行きたいって、最初からそう言えばいいじゃないの。自分からでしょ。三人でニューヨークへ行かないか、なんて言いだしたのは。馬鹿野郎。(ティッシュの箱を壁に投げ付ける。)

 部屋に入ってきた男が電灯のスイッチを入れたので、ぱっと明るくなる。

正夫 うん、なかなか良い部屋だな。あいつが住んでいたって言うからもう少し汚い部屋かと思っていたけれど、結構きれいに片付いているじゃないか。
優子 ちょっと、あんた誰よ。
正夫 あんたこそ誰なんだよ。
優子 ここの住人、この部屋の持ち主よ。
正夫 そんなことあるもんか、ここは、ぼくの部屋なんだ、今日から。
優子 どういうことなのよ。
正夫 柿崎が、この部屋の権利書持ってきて、急に金が必要になったから、200万で、3年分の権利を譲るって、それでなけなしの200万はらって、今引っ越してきたってわけだ。ほら、ここに権利書があるだろ。
優子 柿崎ってカメラマンの。
正夫 ああ。
優子 あんたとどういう関係なのよ。
正夫 どういうって、・・・大学時代からの友達で、ここ何年か会ったことが無かったんだけど、一週間前に街で偶然に会ってね、3年間ほどニューヨークへ行ってくる予定だから、マンションが空くって言うんでね。行ってる間マンションを貸すからってんで、いいって言うのに権利書と契約書を無理矢理置いてったってわけ。
優子 3年間・・・私には一ヵ月だといってたくせに。第一、図々しい、ここは私が離婚したときに慰謝料で買ったマンションなんだから、当時だって2400万円はしたのよ。名義だって、私の名義のはずだし、・・・どうして柿崎があんたなんかに200万ぽっちで売れるのよ。
正夫 とにかく、ぼくはアパートの契約を解約してでてきたし、権利書はここにあるんだ。権利はこっちにあるんだからね。
優子 ちよっと待って。(手提げ金庫を引っ張りだす)なくなってる。通帳から、株券から、全部。柿崎はどこに居るのよ。あの人うちの全財産持っていっちゃったのよ。
正夫 今頃はニューヨークじゃないか。今日の午後、箱崎のリムジンバス乗り場で金と引き替えに権利書と部屋の鍵をもらったんだから。
優子 計画的だったのね、ひどい。その権利書、よく読んでごらんなさい。名義は私の名前になっているから。
正夫 ・・・・本当だ、でも、権利書はぼくの手のなかにある。実は印鑑もあずかってきたんだ。気に入ったら、名義変更してくれてもいいってね。金は、後から送ってくれればいいからって。
優子 実印も持ち出されている。
正夫 ということは、いつでもこの部屋はぼくのものになるって言うわけだ。
優子 ちょっと、それ返してよ。
正夫 駄目だね、ぼくだって、柿崎に全財産を渡してしまった。おまけにアパートも解約してしまったから、今夜から住むところだってないんだ。
優子 じゃあ私たちに出ていけというの。あんたたちぐるなんでしょ、二人して私達親子を破滅に追い込もうとしているんでしょ。
正夫 こっちだって被害者だよ。まさか引っ越し先に住人がいるとは思わなかったからな。
優子 電話かけるわ。
正夫 どこへ。
優子 警察。詐欺と窃盗でうったえてやる。・・もちろんあんたも含めてね。
正夫 どうぞ、ご自由に。でもいっときますけど、ぼくだって被害者だってことをお忘れなく。
優子 名前は。
正夫 誰の。
優子 あんたのに決まっているじゃないの。・・・共犯者の名前をしらなきゃ、警察に説明するときに困るでしょ。
正夫 ぼくだって、被害者だって行ってるだろ。・・・・・分からない女だな。・・・亀井正夫。
優子 亀井正夫さんね。電話かけてくるから逃げないでね。(隣の部屋へ行く)
正夫 何てこったい。そりゃ、安すぎると思ったよ。200万で三年間。年間65万円。月に直せば、5万から6万でこれだけの部屋が借りられるわけないものな。駅から近いし、広いし、6帖一間4万円の暮らしよりは少しましかと思ったんだが、・・・・・柿崎の奴、昔から調子がいい奴だったからな。もう少し、用心してかかればよかったんだけど、ちょうど、アパートの契約を更新するところだったし、もう少し荷物の置ける部屋に住みたいって思っていたところだったからな。ついこっちも渡りに船と乗っちまったのがいけなかったんだ。まあ、そんなことを思ったってしょうがない。権利書はこっちにあるんだし、のんびり構えましょう。何だいこの封筒は、へえー・・・、柿崎の奴ここに住んでいたのか。「きみと暮らした半年はとても楽しかった。甘えてばかりで悪かったし、身勝手なことは十分承知しているが、観光気分のきみたちとニューヨークへ行くわけには行かない。このチャンスを逃したら、二度とぼくは浮かびあがることが出来ないかもしれない。悪いけれど、一人で行くことにする。田山優子様。柿崎慎二」よくもまあいけしゃあしゃあと・・・・もっとも、そこがあいつのあいつらしいところか。学生時代から他人から金借りといて返したなんて話を聞いたことがないからな。・・・・なに、どうしたの。お嬢ちゃん。・・・トイレか。結構大きな娘がいるんだ。柿崎も罪作りなことするぜ。全財産ていってたよな。・・・・小父さん、小父さんはね、なんて説明したらいいのかな。パパじゃないんだよ。駄目だよ、困ったな。ねえ、お嬢ちゃん。ちゃんと自分の部屋のベッドでお休み。ねえ、小父さんはきみのパパじゃないんだったら。
優子 ユカ
正夫 あの・・これは。
優子 亀井さん、あなたって人は部屋だけじゃなくて、娘まであれしようって言うんですか。いっときますけど、うちのユカはまだ小学校5年生なんですからね。
正夫 別に、ぼくは・・ほら、お母さんに誤解されるじゃないか。ユカちゃんて言うのかい、起きて自分の部屋へ行くんだ。
優子 ユカ、さっさと自分の部屋へ行きなさい。

 ユカが自分の部屋に行くのを見届けて。

正夫 それでどうすることになったんです。
優子 とりあえず、明日私が警察にいって被害届けを出します。
正夫 ぼくはどうすればいいんですか。
優子 今日の所は帰っていただくしかないと思いますれど。
正夫 帰る部屋が無いんですよ。
優子 そうおっしゃられても、母と娘二人だけの所に、全然知らない男の人に泊まっていただくわけにはまいりませんから。・・お友達はいないんですの。
正夫 この時間ですからね。おまけにぼくも柿崎に全財産を渡してしまって、一文無しだ。ベッドも布団もそのまま使ってていいというから、前のアパートの布団は捨ててきてしまったし、家具もあるからというんで、処分してしまった。このトランク一つがぼくの全財産なんですよ。
優子 そんなこと私の知ったことじゃないわ。
正夫 でも、権利書はこっちにあるんですよ。

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