くらげ
くらげ
                                  森島永年

なにもないコンビニエンストアである。女の子が一人入ってきた。
店員はなにやらパソコンのような機械をいじっている。
うろうろしているが、なにも置いていないものは置いていないのだ。


栞 (店員に尋ねる)あのここ、コンビニですよね。
砧 はい?。
栞 やっぱりそうですよね。
砧 表の看板ごらんになりました。
栞 ええ、一応。
砧 コンビニエンスストアって書いてありますよね。
栞 書いてあったから入ってきたんですけど。
砧 だったらコンビニです。
栞 でも、なんか。ほら、なにもなくて。
砧 まあ、そうですけど。

栞の言葉が詰まったのをいいことに、砧はまた機械をいじり始める。

栞 それなんですか。
砧 は。
栞 今いじっているの。
砧 興味ある。
栞 別にそういう訳じゃあないんですけど。
砧 教えてもいいよ。
栞 いえ、別にご迷惑だったら。
砧 迷惑じゃないけど。

そこへ、渡が入ってくる。手にはコンビニの買い物袋。

渡 ただいま戻りました。

客らしいのがいるのに気がついて、あわてて袋を後ろに隠す。

渡 いらしゃいませ。
栞 こんにちは。
渡 お客様ですか。
栞 というわけでも……。
渡 もしかして、当店には初めて。
栞 ええ。
渡 さようですか。実は、当店は業界初のバーチャルコンビニエンスなんでございますよ。
栞 バーチャル。
渡 ええ、バーチャルなんでございます。ほら最近はやっていますでしょバーチャルって。
栞 あの、バーチャルってなにもないことなんですか。
渡 もちろんそんなことありませんよ。ほら、あるじゃないですか。
栞 あるって、どこにも見えないですよ。
渡 それはほらバーチャルですから。
栞 バーチャルって見えないものなんですか。
渡 見えますよ、見えるからバーチャルっていうんですけど。あっ、でもまだ触った感じとか匂いとかは感じられないんで、未完成品といえば未完成品なのかもしれないけど。
栞 見えませんけど。
砧 そのままじゃもちろん見えないんだ。まだまだ未完成品だから。システムには改良の余地があるんだよね。
栞 そうなんですか。……でも、困りません。
渡 何がでしょう。
栞 未完成品なんでしょ、困ることってないんですか。
砧 そう言われても、まだ動き出して間もないし、改良だって継続しているし。CPUの問題はあらかた解決がついたんだけど。
栞 そういうんじゃなくて、お客さんが、困りません。
渡 そりゃ、でも、ほら、外からのぞいただけでもなーんにも置いてないのが分かるから、お客だってまず、入ってこないし。入ってきた人には、一応こうして対応している訳ですし。
栞 そういうのってまずくないですか。ほら、商売だし。
1/11

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム