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すぴーーち！

（登場人物）
①大井川アダム（おおいがわあだむ）　30代。売れっ子漫画家。主に本格サスペンス系漫画を描いている。
②コモモ25歳。大井川が雇っているアシスタント。自身も漫画家デビューを目指して奮闘中。
③高見沢ユキ（たかみざわゆき）　年齢不詳。女優。サスペンスドラマの女王。大井川の憧れの人。
④コモモの母親　娘が漫画家になるのを大反対している。
　　　　
場面　漫画家大井川アダムの仕事部屋。デジタルではなく、アナログ制作にこだわっている。漫画を描くために作業するデスク、真ん中には来客用にテーブルと椅子など。
　　　　
開演
　　　　　
舞台中央　コモモが立っている。
　　　　
コモモ「それでは皆様、長らくお待たせいたしました。『漫画好きが選ぶ「今勧めたいサスペンス漫画」』略して「今サス」大賞を受賞された大井川アダム先生のご登場です！大きな拍手でお迎えください。」
　　　　
コモモ　拍手をしながら横にずれる。
アダム　上手から出てきて舞台中央に立つ。　
スポットライト。
　　　　
アダム「(原稿を開いて読む)えー、ご紹介に預かりました大井川アダムです。こんな素晴らしい賞を頂けるなんて本当に感無量です。佐賀の大田舎から東京へ出てきたとき、売れる自信しかありませんでした。(コモモの大袈裟な笑い声)でも現実は全く甘くなくて。新人賞を頂いたあと、ひどいスランプに陥り何年も漫画が描けなくなりました。それなのに同期はどんどんヒットを飛ばしていく。あいつの受賞はマグレだったんだと陰口を叩かれ、病んでいく日々。収入は途絶え、電気や水道を止められ、家賃を払えずアパートを追い出されたこともあります。ああ、ご心配なく。すでに当時の大家さんとは和解済みですから。(笑い声)って、いけませんね。こういう苦労話が1番若手に嫌われるんですよ。でもどん底を味わった僕でも….こうして素晴らしい賞を頂くことができました。言いたいことはだだひとつ。夢は必ず叶う！諦めなければ！」
　
アダム　笑顔から急に真顔になる。
　　　　
アダム「なーんて言うと思うか！ばーーーーか！！！」
　　　　　　　　　
アダム　原稿を床に叩きつける。
照明　オン。
　　　　
コモモ「あー！どうして？！気持ちが入っていてすごく良かったのに！」
　　　　
コモモ　床に散らばった原稿を慌てて集める。
アダム　苛立ったように椅子に座る。
　　　　
アダム「なーにが『夢は必ず叶う』だ？僕はこういう綺麗事が大っ嫌いなんだよ。あー、薄っぺらい薄っぺらい！」
コモモ「ほんっとに融通がきかないんだから！そもそも先生がスピーチなんて書けないって騒いだから主催者側が文章を考えてくれたのに！」
アダム「だって、こんな気持ちの悪い内容になるとは思わなかったんだもん。やっぱり今からでも遅くないって。担当の山岸さんに連絡して出席を取りやめるって伝えよう。」
コモモ「やめてください、直前で辞退するだなんて非常識にも程がありますよ。」
アダム「じゃあ、祖父が危篤にすればいい。」
コモモ「いい加減にしろお！これまでおじい様を何回殺してきたか…。」
アダム「ちぇー。」
コモモ「どうしてそんなに気が乗らないんですか？遅咲きで苦労人の大井川アダムがスピーチをするからこそ、漫画家を目指す人に夢を与えることが出来るのに。」
アダム「……だって無責任じゃないか。」
コモモ「無責任？」
アダム「僕はね、絵が抜群に上手くて、ストーリーの構成力が素晴らしくて、魅力的なキャラクターを作り上げる天才が漫画家を諦める姿を嫌になるほど見てきた。それがこの世界の厳しさだ。それを知っていて夢は必ず叶うだなんて…簡単には言えないよ。」
コモモ「だけど今回の授賞式は、先生の大好きな高見沢ユキさんがプレゼンターなんですよ。」
アダム「あーー！！そうそう、そうだったよね！！」
コモモ「うるさ！」
　　　　
アダム　急に元気になりバッと立ち上がる。
　　　　
アダム「サスペンスドラマの女王、高見沢ユキ様！「ナニワの女弁護士　鬼怒川アリスの激流事件簿」で最後にビシッと決める、あの一言で僕は恋に落ちたんだ！」
コモモ「ああ、『あんたの人生、あんたが主人公や。好きなことを全力でやったらええねん！』ですっけ？」
アダム「そうそう、それそれ。いつか僕の漫画が実写化できたら、彼女には力強い主人公を演じてもらいたいんだよな〜。」
コモモ「じゃあ、その憧れの高見沢さんの前でやる気のない中途半端な姿を見せるつもりですか？」
アダム「ぐ、ぐぬぬ…。」
コモモ「スピーチは当日まで練習を重ねれば何とかなる！この敏腕アシスタントにおまかせください！」
アダム「何で君が張り切るのかねえ？」
コモモ「わたしもいつか大きな賞を穫ってスピーチするのが夢なんです。まあ、何年先になることやらって感じですけど…。」

コモモのスマホに着信。
チラッとスマホを見てから、無視する。

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