真実は笑わない

(しんじつはわらわない)
初演日:2001/6 作者:中野 守
真実は笑わない

作・中野 守(中野劇団)


登場人物
 香芝 薫(かしば かおる)
 香芝葉子(かしば ようこ)
 香芝マミ(かしば マミ)
 香芝菜穂子(かしば なほこ)
 香芝蓮司(かしば れんじ)
 三郷正太郎(さんごう しょうたろう)
 斑鳩(いかるが よしてる)
 高田
 桃髭(ももひげ)

      舞台は木造帆船。無秩序に積み上げられた巨大な木箱の上を帆の群が舞う。帆の隙間に
      覗く見張台、それを大きな帆柱が支える。板張りの床に横たわる高校三年生、香芝蓮
      司。

蓮司  ん……。

      目を覚ます。戸惑いの表情で周囲を見回す。

蓮司  何これ……。何処だよここ……。

      傍らに一冊の古い絵本。蓮司、頁を捲る。いつの間にかスーツ姿の女、桃髭が木箱の上
      に座っている。桃髭、蓮司の絵本の内容を暗誦する。


桃髭  その昔、ヨーロッパの西の果て、ポルトガルという国に、ひとりの若い優秀な船乗りがいま
    した。

蓮司  ?

桃髭  ポルトガルの船乗り達は、インド洋や東南アジア周辺の海を旅しては、当時ヨーロッパでは
    大変貴重だった香辛料を国に持って帰って来たり、途中立ち寄った島の原住民を奴隷にして
    連れて帰ったりしました。若者の航海の腕は確かでしたが、あまり奴隷狩りには参加しな
    かったので、幾ら頑張っても功績を認めてもらえませんでした。

蓮司  ……誰?

桃髭  自分の船を持つことも許されず、代わりに東南アジアから連れて帰ったエンリケという奴隷
    を与えられて召使いにしました。……若者はずっと考えていました。アフリカを迂回してイン
    ドを越え、東洋へ行くのは遠過ぎる。でも、もし世界が丸いというのが本当なら、コロンブ
    スの見つけた新大陸の更に向こうへ進めば、そう反対回りでアジアに辿り着くはず、それは
    今のルートよりきっと近道に違いない。

蓮司  その本……。

桃髭  若者は国の偉い人達に出航許可を貰いに行きました。でも、国中の誰も認めてはくれませ
    ん。そこで若者は隣の国に行きスペインの国王にお願いに行き、認めてもらいました。成功
    すれば英雄。ヒデオと書いて英雄。若者は妻と子供を残して、危険な旅に出る決意をしまし
    た。

      蓮司に気づく桃髭。


桃髭  ……お目覚めですか? 蓮司さん。

蓮司  あんた……誰?

桃髭  ……。


      船の軋み。体勢を崩す蓮司。


蓮司  なあ、ここ何処だよ? どうして俺、ここに?


      本を閉じる桃髭。

      波の音。


蓮司 船? ……え? 確か俺、家にいたのに……。確か飯食ってて……。


      蓮司、記憶の糸を手繰る。三点鐘(航海中、時間を知らせる鐘の合図。この芝居では回
      想の入口の意)が響く。

      蓮司の回想。父の薫と母の葉子、パンダの着ぐるみが食卓ごと現れる。但し時間が止
      まっているので、三人は卓袱台を囲んで静止画像の如く動かない。目の前で手を振るも
      反応はなし。蓮司は三人に怪訝な視線を注ぎつつ空席に着く。同時に、食卓は時間の概
      念を取り戻す。


薫   そんなわけだ、蓮司。

蓮司  ……。

薫   おまえに相談もなしに話を進めたのはまああれだけど……。

蓮司  ……意味がわかんねえんだけど……。

薫   ……うん。まあ驚くのも無理はない……。自分の父親が脱サラなんて言えばな。

蓮司  そこじゃなくて……。

薫   儂も自分で驚いてるんだ……。

蓮司  それはいいよ。……脱サラはいいよ。今日び珍しいことでもないし。

薫   ……。

蓮司  な、どういう意味? 海賊になるって。


      沈黙。


薫   ……。

蓮司  答えてよ。何? 脱サラして海賊って。

葉子  詳しいことは海の上で話すけど――

蓮司  今話してよ。

薫   今の仕事続けながらとも考えたけど、やっぱり脱サラしてやった方が……。

蓮司  だからいいって脱サラは。何? 海賊って。

葉子  わからないことがあれば今のうちに聞いておきなさい。

蓮司  だから聞いてんだよ。海賊って何なんだよ。

葉子  ……古くは北欧のノルマン人がヨーロッパ各地に――

蓮司  そういうこと聞いてるんじゃないよ! 脱サラして海賊になるっていうのがどういうこと
    かって聞いてるんだよ。

薫   母さんお茶。


      茶を注ぐ葉子。


蓮司  ちょ何なのこれ? 何の冗談?

薫   冗談でこんなこと言うわけないだろ。

蓮司  つまんねえ冗談にしか聞こえないんだよ。面白くねえんだよ。

葉子  蓮司が生まれてからお父さん、すっかり面白くなくなったのよ。

蓮司  俺のせいみたいに言うなよ。

葉子  今日、お別れ会だったんだって。

薫   ……。

蓮司  何で会社辞めなきゃいけねえんだよ。リストラされたの?


      薫、まじまじと蓮司の顔を見る。


蓮司  ……なあ、俺はどうなるんだよ。

薫   (ぼそ)どうってそりゃ……、蛙の子は蛙っていうか。

蓮司  俺、やんねえよ?

葉子  ナマズの孫じゃないっていうか。

蓮司  頭に浮かんだこと全部口するのやめてくれない?

薫   でももう、決まったことだから。

蓮司  勝手に決めんなよ。

薫   もう届も出したし。

蓮司  何? 届けって。

葉子  届も出したし。

蓮司  だから何で繰り返す訳?

薫   頭金だって払ったし。

蓮司  頭金って何だよ? わけわかんねえよ。

薫   解ろうとするんだ。

蓮司  できねえよ。

葉子  解ろうとするのよ。

蓮司  一々繰り返すなよ。会社辞めてどうするんだよ。俺の受験はどうなるんだよ――

薫   何処の世界に受験を心配する海賊がいるんだ……。

蓮司  何処の世界に受験控えた息子を海賊にする親がいるんだよ! 父さんにはわかんないんだ
    よ。今がどんだけ大事な時期か――

薫   あれは儂が十七の時だった。

蓮司  話聞けよ!


      夕陽に染まる放課後の学校。


薫   母さん、お茶。

蓮司  何か始まるんじゃなかったのかよ!


      薫の高校時代の親友三郷正太郎、何の部活かわからない格好で登場。


三郷  香芝! 何で昨日部活休んだんだ。

蓮司  何部!?

薫   三郷、俺もうプロになる気はないんだ。

蓮司  だから何のプロだよ。


      三郷退場。夕陽終了。



蓮司  終わりかよ! 誰だよ。……ったく――

薫   何を考えてるんだ。

蓮司  俺の台詞だよ! 涌いてんじゃねえか。

薫   お、お、お、親に向かって、涌いてるとは何だ!


      葉子、タイミングよくラジカセの再生ボタンを押す。食卓を引っ繰り返す音が流れ、
      薫、それに合わせてゼスチュア。葉子、テープを巻き戻して停止。


蓮司  何それ。


      間。


蓮司  ……俺、大学に行くから。

薫   大学ってお前、何処に行くつもりなんだ。

蓮司  早稲田だよ。

薫   何処の!

蓮司  え?

薫   蓮司、座りなさい。

蓮司  座ってるよ!

薫   いいからもっと座れ!!

蓮司  もっと!?

薫   蓮司、どうして大学なんか行こうと思うんだ。みんなが行くからか。

蓮司  どうだっていいだろ。

薫   そもそも、早稲田の海賊学科はどの位――

蓮司  ねえよ、んなもん! 何勉強すんだよ、そんな学科! え? 海賊原論Aとか略奪――

薫   母さんお茶。

蓮司  さらっとシカトすんなよ! つーか、さっきから飲み過ぎなんだよ。何で俺の時だけ自分で
    決めさせてくんない訳? 菜穂姉だってマミ姉だってやりたいようにやってんじゃんか。

薫   マミだって、真剣に考えてる。なあ。


      パンダ、頷く。


葉子  取りあえず船に乗っていれば、そのうちだんだん海賊になるから。

蓮司  なんねえよ!

薫   船に乗って、宝島を探したいとか、そういう感情が蓮司にはないのか。

蓮司  ねえよ。ふざけんなよ。

葉子  蓮司の血は何色?

蓮司  はあ? ……てか、船もないのに何が海賊だよ。

薫   ……船はあるんだ。

蓮司  え?

薫   蓮司ひとりのわがままを聞くわけにはいかないんだ。

蓮司  わがまま言ってるの誰だよ。だったらまず菜穂姉に言えよ。俺にとやかく言う前に菜穂姉に
    言うべきことがあるだろうが。全然家にも帰って来ないで、やばそうな奴とばっか付き合っ
    てるし。何で俺だけそんなわけわかんないことに付き合わなきゃいけないんだよ。

薫   そんな理不尽なこと言うな。

蓮司  どっちが!

葉子  ほらもう、味噌汁が冷めますから。

薫   ……母さん、海賊が味噌汁ってさぁ。

葉子  でもアサリの味噌汁ですよ。

薫   アサリはわかってるよ。タニシじゃないよ。

葉子  タニシな訳ないでしょ。え? タニシがよかったんですか。

薫   タニシの味噌汁なんて飲みたいとも思わないよ。

葉子  あなたにタニシの何がわかるんですか。

薫   ……。

蓮司  ……。

葉子  ……それで大学で何を勉強するつもりだったの。

蓮司  哲学とか……。

薫   哲学!? あんな非生産的な――

蓮司  海賊が言うな!

葉子  じゃ、ご飯片付けます。

薫   待ちなさいよ母さん。誰も食べないとは言ってないだろ。

葉子  なら、さっさと食べて下さいな。香芝君もほら。

蓮司  何で苗字で呼ぶんだよ。


      パンダ、新聞を読んでいる。


蓮司  あのさ……。

薫   今日の御飯は味噌汁だけですか。

葉子  だってお金ないでしょ。

薫   退職金は?

葉子  だから頭金で全部飛びましたよ。

蓮司  何やってんの?

薫   マリーアントワネットって人がさ、その日食うのもままならない民衆に向かって、何て言っ
    たか知ってる? パンがなければケーキを食べればいいじゃない。

葉子  その人洋食が好きなのね。

薫   フランスの人だよ。

蓮司  なあ、まだ話……。

葉子  日本語上手ね。

薫   フランス語で言ったんだ。

葉子  貴方、フランス語できるんですか。聞いてませんよ。

薫   儂はできんよ。

葉子  で、何なんですか? そのマリーさんとワネットさんは。

薫   二人になっちゃったよ。論点ズルムケだよ。……海賊の食事が味噌汁だけって、ちょっと
    シュールじゃないか?

蓮司  海賊じゃなくてもシュールだけど。

葉子  家計に余裕がないんです。

蓮司  家のローンもあるんじゃ……。

薫   どうする蓮司。

蓮司  こっちの台詞だよ! 本当にどうすんの?仕事もしねえで。

薫   仕事なら決まっている。

蓮司  そ……。それなら――

薫   暴レル関係。


      蓮司、薫に突っかかろうとした時、偶然パンダがいきなり立ち上がったため、割って
      入った形になり、蓮司、動けず。遠くを見つめる薫。


蓮司  何だよその遠い目は!

薫   いいか蓮司、譬え血の繋がった親子でも儂は船長だ。船長の言葉は絶対だ。儂はマゼランに
    なる。

蓮司  なるってどういう意味? マゼランって昔の人だろ!(吠える薫)煩い! それにマゼラ
    ンって海賊じゃないだろ!

葉子  じゃあ、母さんはプリキュアになる……。

蓮司  じゃあって何? 言った者勝ち? 大体、船長って何? 船はおろか、車の免許もないだ
    ろ。だからリストラされたんじゃねえのかよ。

薫   煩いよ二代目。

蓮司  継がねえよ! 痛。(椅子に)何?

薫   ああ釘が出てたから直しておいた。

蓮司  余計酷くなってるだろ。父さんが修理するといつもこうだよな。……(ボソ)自分で座ったら
    いいだろ。


      薫の椅子と交換しろとばかりに目を向ける蓮司。


葉子  蓮司が船長の椅子を狙ってますよ。

薫   威勢がいいな。

蓮司  何言ってんの?

薫   母さん、このアサリ足が生えてるぞ!


      蓮司、味噌汁を吹き出す。


葉子  ……あら嫌だ。さんたらそそっかしい。

薫   そそっかしいで済ますのか? アサリに足が生えててそそっかしいで済ますのか。そういう
    次元じゃないだろ。

葉子  お金が足りなくてまけてもらったの。こんな所で足が出るなんて。

薫   巧いこと言ってどうするんだ。

蓮司  あのさあ……。

薫   母さんこれ、多分、アサリじゃないよ。

葉子  嫌なら食べなくていいですよ。

薫   食べるよ。

蓮司  食べんのかよ! ああもう! おかしいよ。あんたら。

薫   あんたら? 蓮司は親に向かってあんたらなんて言葉遣うのか!


      薫、胸が苦しい発作。胸を押え苦しむ。


蓮司  ホントさ、付き合ってる暇ねえから。海賊ごっこか何か知らないけど、そういうのはさ……。


      蓮司、急に睡魔が襲い、その場に突っ伏す。パンダも何故かそれを確認してから気を失
      う。葉子、蓮司の頬を叩く。蓮司反応せず。


葉子  あなた。

薫   海は死にますかーっ!


      豪快な波音。暗転。


      中央に巨大な黒い髑髏の旗。雨合羽に身を包む船乗りが次々登場。咳払いや合羽の擦れ
      る音、足音が次第に揃い、リズムに変わる。

      中央奥よりパンダの着ぐるみ登場。パンダ、食卓の上に立ち、颯爽と頭を脱ぐ。凛とし
      たマミの顔が現れる。


マミ (まくし立てて)記憶の長嶋記録の王さん、パタパタママにサンデーパパ、フーテン寅さん風
    船おじさん、借金地獄ノリノリ天国、酷いよ姉さんお黙りカツオ、夜霧よ今夜はブギーバッ
    ク、酒とと男と男、送り狼出迎えパンダ、飲んでよぎるは悲しい記憶、何の騒ぎだ授業中だ
    ぞ、先生おしっこ止まりません、過去も未来もに残し、いざ海原に漕ぎ出ん。短き生涯、何
    で綴ると尋ねられたら、迷わず私はこう答えよう。人で綴ると! 人で綴ると! 変な日
    記!


      雷鳴。全員一瞬にして、嵐の中を彷徨う船の乗組員。マミ、船首像の如く前方を見つめ
      続ける。


薫   手の開いてる奴は船尾の修復に当たれ。命綱を忘れるな!

船員  おお!

菜穂子 前方に大渦発見! ! 応答せよ! 前方に大渦!

薫   回避ィー! 全速後退!

斑鳩  全速後退!

菜穂子 駄目! 潮の方が速いよ!

薫   死にたくなかったら、何とかしろ! 全員飛ばされてないか!

船員  おお!

高田  潮の流れが変わった!

薫   面舵一杯!

斑鳩  駄目だ回頭不能!


      大きな衝撃。全員体勢を崩しワーキャー言っている。



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