オオガミ様の呪い(声劇用)
坊  オオガミ様は、今日も姉様のことを治してくださらなかった。だから僕は今日も姉様のおそばにいる。

坊  姉様、今戻りました。
姉様 おかえり坊。さあ早くわたくしのそばへ。
坊  はい姉様。坊はこちらに。
姉様 手を握っておくれでないか、わたくしの坊。
坊  はい姉様。坊の手はこちらでございます。
姉様 おお、冷たい手。おんもはさぞ寒かったろう。
坊  姉様、そんなに坊の手を強く握っておいででは姉様の手が冷えてしまいます。
姉様 よいのよ坊。坊の手を握ると冬が分かるの。めしいた姉様にはもう二度と木枯らしに舞う木の葉も坊の吐く白い息も見えやしないんですもの。坊のおててを握らせて、わたくしに冬を見せておくれ。
坊  そんなことをおっしゃっちゃあ嫌ですよ。ね、姉様。姉様はきっとまた見えるようになります。諦めたようなことをおっしゃっちゃあ嫌です。
姉様 …見えるように、ねえ。
坊  明日こそはきっとオオガミ様が姉様を治してくださいますよ。それまでほんの少しの辛抱です。
姉様 そうだね、そうだとも。オオガミ様は良いお方だからね。
坊  ああそうだ姉様!坊の冷たい手なんかより、姉様にはもっと良い冬を見ていただこうと思って、ほら!
姉様 良い冬?…坊?坊、坊!手を放しては嫌!坊!嫌ぁああ!!
(すすり泣く姉様)
坊  姉様、姉様!どうして泣いておいでですか、坊はこちらにおりますよ。姉様のおそばに。
姉様 おお坊、この手は坊なの
坊  坊ですよ、ああ突然手を放してすみませんでした。ね、許してください。
姉様 ああ…わたくしこそごめんなさいね、取り乱してしまって…
坊  坊が悪いんです。坊は姉様のおそばにずっとおります。さ、これを。
姉様 まあ、これはなあに
坊  羽織ですよ。姉様に。
姉様 羽織!おお、なんて温かいこと。すばらしいわ。
坊  良かった、姉様ここのところ指も足先も冷たくておいでだったでしょう。何か温まるものをと本家に頼んだら送ってくださったんです。
姉様 へえ、本家が。それはそれはありがたいこと。こんな忌み子にも施しをくださるんだから。
坊  姉様、そんなこと…
姉様 いいのよ、わたくしだって元は本家の人間なのだから、これくらい言ってもよいでしょう?
坊  姉様はまた本家にお戻りになれます。オオガミ様が姉様を治してくだされば、すぐに。こんな分家の末子の坊とは違う、立派な本家のお嬢様です。だから本家にそんな言葉をおっしゃっちゃいけません。
姉様 本家に戻る、ねえ。
坊  はい。
姉様 そうしたら、わたくしはきっと、すぐお嫁入りさせられるわね。
坊  はい。
姉様 この村を出てね、どこか大きな商家の奥様になるの。
坊  はい。
姉様 さぞ豪勢に嫁入り行列をしてくれるろうな。
坊  はい。
姉様 その時は坊、お前の顔も見えるようになっておろうよ。楽しみじゃわいね。
坊  いいえ姉様、その時坊はお目にかかることはありますまい。
姉様 おや、どうして?
坊  坊はこうして姉様とお過ごしできるのが一番の幸せです。姉様の不幸が、坊は幸せなのです。だから、姉様のお幸せな日に、坊はお目にかかってはならぬのです。坊はそう決めております。
姉様 …そうかい。そんなら坊は、オオガミ様にこの姉様を治してほしくはあるまい。
坊  そんなことはありません!
姉様 何故?わたくしが治ってしまえば坊の幸せが終わってしまうのでしょう。坊はわたくしとずっと一緒にいたいと思っておいででないの?
坊  坊は!坊は…姉様の不幸せの時に幸せを感じてしまう酷い罪人ですが、姉様の幸せを願わぬ日はありません。坊の幸せなんぞより、ずうっと姉様の幸せを願っております…本当に、姉様の幸せを…信じてください…姉様…
姉様 ああ、ごめんよ坊、姉様がいじわるだった。ああこの濡れたものは坊の涙かね、すまない坊。泣かないでおくれ、坊は優しいいい子だよ、わたくしが今まで出会った者の中で、一等優しいいい子だよ。だから、さあ泣くのはもうおよし。この羽織で拭いてあげましょう、さあ。
坊  すみません、すみません…
姉様 謝らなくていい、姉様がいじわるだった。お詫びに坊にいいことを教えてあげましょうか。
坊  なんですか?
姉様 わたくしはね、坊が思うほど不幸せなことはないのですよ。むしろ、うんと幸せだわ。今まで生きてきた中で、今が一番幸せなのよ。
坊  えっ。
姉様 ほほほほ、さあこの話はこれで終いにしましょう。どうせオオガミ様が治してくださるまではわたくしと坊の二人で生きていくのだからね。
坊  はい、姉様。
姉様 羽織をどうもありがとう、本家に礼を言っておいてくださいね。忌み子にもこんな綺麗な羽織をくださるんだもの、感謝しなくてはね。
坊  …姉様、今と…?
姉様 なんです?
坊  …いえ、何でもないんです。すぐ文を出しておきますね。
姉様 坊も温かい服に着替えておいで。今日はなんぞ温かいものを食べたい。
坊  それなら鍋にしましょう、すぐ裏から野菜をとってきますね。
姉様 ええ、お早うお戻りね。ああ、ねえ坊。
坊  はい?
姉様 本当に、よい冬だね。
坊  ええ、よい冬です。

姉様 オオガミ様は、今日もわたくしのことを治してくださらなかった。だから坊は今日もわたくしのそばにいる。ずうっと、いつまでも
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