人情八百屋

〜平成版〜

(にんじょうやおや へいせいばん)
初演日:0/0 作者:岡田昌悟

















古典落語より
「人情八百屋(平成版)」


脚本・岡田 昌悟












     江戸後期、江戸日本橋茅場町。一件の八百屋。天秤棒を肩にぶらっさげて家々を売り歩く八百屋。小さな長屋の一角に夫婦二人で住んでいる。普段は茶など自分で入れることのない旦那の平助に妻の梅が驚く。

梅  「あんた茶なんていれたの、めずらしい。明日桜でも咲くんじゃないの?」
平助 「うるせぇな…まぁ、かかぁ、ここに座りなよ。座ってくれよ」
梅  「なによ、うるさいわね。なによ」
平助 「十日ばかし前だったかなぁ…浅草寺の境内で俺が居眠りしちまって、八百屋の商売道具の野菜残らず盗まれて、おまけにお前が持たせてくれた弁当と懐の売り上げ、全部すられちまったって言っただろ」
梅  「あぁ、あれ?あんたもとんだ間抜けねぇ。浅草寺の境内で居眠りしてたら、誰か賽銭箱と間違えてお賽銭くれたっていいもんじゃないか。儲けて帰ってきたってよさそうなもんなのに、全部すられて帰ってくるなんてねぇ」
平助 「でもお前、あの時怒らなかった」
梅  「怒るわけないじゃないのよ。あんたが稼いでくれてるから私は食ってけるのよ。それで腹立てたらお天道様に罰当たりだよ」
平助 「そうか…じゃあ、ひとつ怒らないで俺を許してくれねぇか」
梅  「なによ改まって」
平助 「あれ違う話なんだよ」
梅  「なによ違う話って」
平助 「違う話なんだよ、嘘なんだよ。頭下げる。悪い」
梅  「頭お上げよ。上げてよ!あんたのことだからなんか訳があるんでしょ」
平助 「うん……あのぉ…十日ばかし前、四ッ木橋超えて、しばらくすると霊岸島の横長屋があってね。そこ入ると今まで行ったことない細せぇ路地があるんだ。たまには商売の島広げてやろうと、その日はあんまり品物も売れてなかったもんだから入ってたんだよ。そうしたら、汚ねぇ長屋があってなぁ…奥から八百屋さん、八百屋さんって呼ばれたんだよ。振り返るとやせ細った子どもがなぁ、男の子と女の子だ。二人座っててなぁ。野菜おくれよってんだよ。そしたら奥から綺麗にしてりゃ三十そこそこなんだろうが、どうみても四十にしか見えねぇ、母親が出てきて。六文しかねぇってんだよ。六文だ。バカ野郎、六文の銭で買えるような野菜はこちとら爺さんの代から売ったことはねぇんだ。朝どれの新鮮なもんしか売らねぇんだって啖呵切ってやろうかと思ったんだけども…あんまりにも子どもが可愛そうになっちまってね。ナス一本あげたんだよ。そしたら、おめぇ…ナスをがりがり何も付けねぇんだ。味噌も醤油も塩もなにもつけねぇ、ぬかにもつけねぇで生でかじるんだ。それで俺は気になって、すみませんがなにかあったんでしょうか?って聞いたらば、働き手の旦那が病に倒れてから、棚賃も滞って、食うもんも食えないで…それで八百屋さんにこんなお願いすることになってしまって申し訳ないってこう言うんだよな。それで、あまりにも喜んでナスを子どもたち食うもんだからな。縁側に全部キュウリも大根もナスも瓜も全部並べてやってな。旦那に食わせてやんなって弁当も渡してやって、懐の銭も全部やって、たまには甘い物でも食いなってね。そうやって帰ってきちまったんだよ。でもな、さすがに初めて会った人様に…銭根こそぎくれてやっちまって、商売道具もな、そんなこと言えねぇだろ、だから嘘ついたんだよ」
梅  「あんた、それで私が怒るとでも思ったのかい?嘘つかれた方がよっぽど腹立たしいよ。私を信用してないのかい?あんた良いことしたじゃないか、え?子どもが飢えてたんだろ?あんたいいことしたよ」
平助 「本当かい。そう思ってくれるか」
梅  「本当だともさ。子どもたちきっと喜んでるよ。貧乏はどこも当たり前で、助け合いじゃないか。私らにもし子どもがいて、あんたが病で倒れたらその家族と同じようになってたかもしれないよ。子どもがいなかったから私らは多少は蓄えもあって困らず生活できてるんだよ。ほら、これ、もし私らに子どもができた時にと思ってね若い時にこつこつ貯めたんだ。これ、わずかばかりだけどもその家族のところに持って行ってやんな。あんな一日の売り上げなんて、4,5日食えるばかりじゃないのかい?あんた、心配なんだろ?行ってあげなよ」
平助 「ありがてぇ…ありがてぇな…おっ母…不憫って物の言い方はすきじゃねぇが、どうにもあの母親と子どもたちのことが可哀想でな…これ…お前が貯めたのか…八両か…貯めたなぁおい。いつこんなに貯めやがったんだよ。ありがてぇ…明日また顔出してくるよ」
梅  「野菜もとびきりの持っていってやんなよ。私、明日まぜごはん作るから、それ握り飯にして持っていってやんなよ」
平助 「ありがてぇ…そうするよ」

    場面転換

    平成。愛知県の地方都市の一角。サラリーマンの旦那とパートタイマーの妻、子どもはいない。旦那の康平は不妊治療など様々、試している。一家はマンションの自治委員をしている。今年が彼らの持ち回りの年だった。

康平 「ただいま」
つぐみ「お帰りなさい。随分、遅かったじゃない。お隣りさんどうだった?」
康平 「うん…それがなぁ…」

    康平、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、リビングの定位置につくなり飲み始める。

つぐみ「お義母さんが持ってきてくれた佃煮出しましょうか?」
康平 「あぁ…あれ俺嫌いなんだよ本当は」
つぐみ「そうなの?早く言ってよ。無理やり食べてたの?」
康平 「昔から出すもんだから、嫌いって言いづらかったんだよ」
つぐみ「じゃあキムチくらしかないけど」

    つぐみ、キムチをテーブルに出し、自分は洗い物をする。

康平 「お前はどうだったんだよ。今日、また例のお裾分け作戦、やったんだろ?」
つぐみ「いつも通り受け取ってくれたわよ。今日はねスイカ差し上げたの。半玉ね。それでそれとなく4人家族じゃ多いかしらって聞いてみたの」
康平 「おぉ」
つぐみ「そうしたら、やっぱり旦那さんは単身赴任かなにかで長らく不在みたい」
康平 「やっぱり奥さんとお兄ちゃんと妹の3人住まいか」
つぐみ「夏休みが終わって、幼稚園がまた始まれば収まるかしらねぇ…」
康平 「隣に越してきて3カ月、ベランダから怒鳴り声と子どもの泣く声が聞こえ始めて1カ月。そろそろ児童相談所に相談してみたほうがいいんじゃないか?」
つぐみ「でも、きっと寂しいのよ。都会暮らしで旦那さんも帰ってこないから。それで子ども当たってるのよ。私がね友達になってあげるの!」
康平 「でも、かれこれ一カ月もこっちが水を差しだしてやってるのに乗ってこないんだろ。3日に一回はなにかしらあげてるのにお返しもないって…」
つぐみ「やっぱり無理なのかなぁ」
康平 「エレベーターでこの前一緒になった時は物腰の柔らかい普通の奥さんだったし、子どもたちもちゃんと挨拶してくれたんだけどなぁ」
つぐみ「今日も昼間、少し聞こえてきたわよ。窓開けてたから」
康平 「あれも躾なのかなぁ」
つぐみ「子どもがいないからわからないわね、私たちには」
康平 「おい、あてつけかよ」
つぐみ「今日、病院行ってきたんでしょ?」
康平 「すまないな…変わり映えしないよ」
つぐみ「もう5年になるわね…」
康平 「今年いっぱい…頑張ってみよう。それで…考えよう」
つぐみ「そうね…どこかで踏ん切りはつけないといけないわね」
康平 「ビール、もう一本もらうよ」
つぐみ「で、さっき行ってきたんでしょ。お隣さん。その話だってば」
康平 「お祭りの協賛金は払ってくれたんだけど、なんかひどく疲れた感じだったんだよなー、奥さん。目の下なんかクマ作っちゃって」
つぐみ「昼間会った時はお化粧してらしたからわからなかったわ」
康平 「子ども達の様は分からなかったんだけど、なんだか普段と違ったな。やっぱり児童相談所に通報した方が良いんじゃないのかな」
つぐみ「そうね…」

    するとチャイムが鳴る。つぐみが応対に出ると、そこにはお隣の子ども。

つぐみ「あら…いらっしゃい。どうしたの?」
昂汰 「これ、いつもありがとう」
つぐみ「そんな気を遣ってくれなくても良かったのに」
昂汰 「お口に合うかわかりませんが。失礼します。おやすみなさい」
康平 「わざわざありがとう!」
昂汰 「おじさん、〇〇(芸能人の名前、もしくは動物やマスコット、ゆるキャラ)に似てるね」
康平 「あ、ありがと」
つぐみ「スイカ、美味しかった?」

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