クロユリの心臓

(くろゆりのしんぞう)
初演日:0/0 作者:斎藤ゆう


「クロユリの心臓」



七尾 楓(ナナオ カエデ) 家庭教師
加賀 慧(カガ サトル) 高校生
加賀 恵美(カガ メグミ) 慧の母
金沢 涼子(カナザワ リョウコ) 教師。楓の友達。
珠洲(スズ) 慧の友達
輪島(ワジマ) 楓の後輩
小松(コマツ) 楓の上司







     舞台上に輪島がいる。そこに七尾がやってくる。

七尾    お疲れさまです。
輪島    あっ!お疲れさまです!えっと…その、調子、どうですか?
七尾    え?調子、ですか?
輪島    うん。
七尾    いえ別に…普通ですかね…
輪島    普通…普通か…そりゃ良かったです。
七尾    良いんですかね?
輪島    え?
七尾    あ、いや、良いんですよね。たぶん。
輪島    …七尾さん。
七尾    すいません、お先に失礼しますね。

     七尾、去る。小松やってくる。

小松    …輪島ぁ、振られちゃったなぁ。
輪島    そ、そんなんじゃないですよ!
小松    うそだぁ〜
輪島    しつこいですよ小松さん!
小松    ごめんごめん
輪島    …もう半年なのに。
小松    ん?
輪島    恋人が死んで、もう半年になるのに…
小松    …まだ、半年でしょ。そう簡単に立ち直れんて。
輪島    そうかもしれませんけど…しんどいならまだ無理に働かなくていいんじゃないでしょうか。
小松    一人の方が色々考えちゃうんじゃない?体動かしてた方が気が紛れるでしょ。
輪島    でも聞いた話じゃ、彼氏さん、教師やってたらしいじゃないですか。…おんなじようなことやってると、嫌でも思い出しません?
小松    そうかもしれないけどね、輪島わかってない。
輪島    ええ?
小松    きっと忘れたくないんでしょ。彼氏と同じように、子供たちに勉強を教える家庭教師を続けることで、彼氏とのつながりを思い出すんだよ…!ああ、なんてけなげなんだろう、七尾先生!
輪島    …そういうもんですか?
小松    そういうもんだよ!
輪島    …そうですか。
小松    で、輪島ぁ。勉強会も終わったことだし…今日もいっぱいいくかぁ!
輪島    ええ?!またですか?!どんだけ呑みたいんですかあんた…。
小松    いいじゃないかぁ。たまには!
輪島    だから、たまじゃないんですよ!

     二人、わいわいしながら去る。
     七尾が出てくる。電車が走る音が聞こえる。

七尾    これは呪いだ。彼が私にかけた呪い…もう貴方はいないのに、いつまでも私の中に居続ける。…彼は私に「忘れてくれ」と言ったけれど、そんなのは嘘っぱちで、本音は逆で、忘れさせる気など毛頭なかったのではないかとさえ思う。

     電車の音。

七尾    …(耳を塞ぐ)吹き抜けた風、目の前を走り去る電車。瞬間、上がる悲鳴。…これは呪いだ。彼が、私にかけた呪い。

     電話が鳴る。別の場所に小松が出てくる。

七尾    …もしもし。七尾です。
小松    おう、お疲れ〜。
七尾    お疲れ様です。どうしたんですか?
小松    いやね、さっき生徒の申し込みがあってさ、相手方が七尾を指名なんだ。…どう?もう一人担当が増えても問題ない?その…無理はしなくていいからね。いざとなれば先方に頼んで他の奴を派遣するから。
七尾    大丈夫です。
輪島    …本当?
七尾    はい。その…忙しい方が気が紛れるので…。
輪島    …そう。また詳細はメールで送っておくね。じゃあ、おやすみ。
七尾    ありがとうございます。おやすみなさい。

     小松が去る。七尾、携帯でメールを確認する。
     七尾、カバンからウォークマンを取り出し、つける。歩き出す。






     慧、出てくる。上機嫌のようだ。
     そこに珠洲が出てくる。

珠洲    おはよ。
慧     おはよう。
珠洲    何、今日ちょっと機嫌いいね。
慧     …わかる?
珠洲    うん。
慧     ふふ。
珠洲    何?
慧     何が?
珠洲    いや、何があったん?
慧     聞きたい?
珠洲    そりゃ、まあ。
慧     うーん…
珠洲    言えないんか。
慧     いやぁ…なんて言ったらいいんだろうかと…
珠洲    はあ…
慧     ……ずっと探してた沈没船の、
珠洲    沈没船?
慧     いや、例えで。
珠洲    あ、うん。
慧     …沈没船の位置をやっと探り当てたんだ。
珠洲    おめでとう?
慧     それを、どうやってサルベージしようか、今考えてる所。
珠洲    あっそう。
慧     わかる?言いたいこと。
珠洲    わからん。
慧     あっそう。とにかく、これから楽しくなりそうな予感ってこと。
珠洲    お前のその「楽しくなりそうな予感」ってのはロクなことがないからいい気がしねーな。
慧     そんなことないだろ。
珠洲    いーや、そんなことあるね。実際、お前が「楽しくなりそうな予感」って言った日はロクなことがなかった。まず、校長が援助交際で捕まって、学校にマスコミがいっぱい来た。次に、クラスメイトが教室で嘔吐、ノロウィルスパンデミックで学級閉鎖。あとは担任が…
慧     え、結果楽しいじゃん。
珠洲    (渋い顔をする)
慧     え、楽しくない?
珠洲    …お前の嗜好は分からん。
慧     珠洲にはわかんないか。
珠洲    へーへーわかりませんねぇ。慧みたいな天才の考えることは。
慧     天才とかいうなよ。
珠洲    恥ずかしい?
慧     …本当のことを言われても困る。
珠洲    ……そうだな。お前はそうやつだったな。
慧     あ、珠洲。今日の体育は代返しといて。
珠洲    …高校に代返とかねーから!

     珠洲が去る。

慧     …本当に楽しみだ。あの人をどうやって僕のものにしよう。それを考えるだけでいつのまにか一日が終わる。それくらいには僕の頭をいっぱいにして離さない。…自分がこんなにも他人に心を動かされる性分だとは思わなかった。…いや、あの人だから、なのか。あの人が特別なのか。…とにかく、慎重にいかなきゃ。せっかく見つけた沈没船、バラバラにしちゃあもったいない。

     恵美が入ってくる。

恵美    おかえりなさい。慧。
慧     ただいま、母さん。
恵美    どうだった?学校?
慧     別に、いつも通りだよ。
恵美    そう。…あ、そうだ、慧が言ってた家庭教師の件だけど。
慧     !どうなった?
恵美    快く引き受けてくださったわ。さっそく、今日ご挨拶でお見えになるわよ。
慧     …今日来るの?
恵美    ええ。今日はご挨拶だけで、授業はないけれど。
慧     …そう。
恵美    ところで、なんで急に家庭教師なんか?
慧     ああ。まあ…やっぱり、授業だけじゃ、理解しきれないところがあってさ。そういうの、気兼ねなく聞きたいと思って。学校の先生はみんな忙しそうだから、なんか気が引けちゃってさ。
恵美    そうなの。
慧     …ごめんね、お金かかるのに。
恵美    いいのよ。母さん、慧の為なら…慧がいい大学に行くためならいくらでも出すからね。
慧     …
恵美    本当、大学はいい所を出なきゃだめよ。そのために小学校から頑張ってきたんだから。底辺の大学なんか行ってもいいことなんか一つもないのよ。あの人見てたらわかるでしょ、お父さん…
慧     母さん。
恵美    何?慧。
慧     …そろそろ、来るんじゃない。家庭教師の先生。
恵美    あら、そうね。お茶の用意をしなくちゃ…
慧     じゃあ、僕は部屋に戻ってるから。
恵美    駄目よ、慧もご挨拶しなさい。
慧     試験近いし、勉強したいんだ。
恵美    そうなの?勉強なら仕方ないわね…頑張ってね。
慧     うん。じゃあ、先生によろしく。

     慧が去る。チャイムが鳴る。

恵美    はーい。

     恵美が去る。七尾と一緒に出てくる。

七尾    お邪魔します。
恵美    ごめんなさいね、散らかってて…
七尾    いいえ。
恵美    今、お茶を用意しますね。
七尾    あ、いえ、お構いなく。
恵美    そういうわけにはいかないわ。これから息子をお願いするんだもの。
七尾    本当にお構いなく…今日はすぐに帰りますし。…息子さんはまだご帰宅なさってないんですか?部活とか…
恵美    いいえ、部活はやらせてません。良い大学に行くのに、部活なんて必要ありませんから。
七尾    …そうですか。
恵美    そうそう。七尾先生…だったかしら?七尾先生はどこの大学を出ていらっしゃるの?
七尾    私ですか?私は東政大学です。
恵美    東政?……そう。そんなとこでも家庭教師ができるのね。
七尾    …え?
恵美    …そうだわ。息子、試験が近いそうなの。今日は挨拶だけって伺ってましたけど、よかったら勉強、教えてあげてくださいません?
七尾    別に…構いませんけど。
恵美    ありがとうございます。息子の部屋は二階の突き当りです。よろしくお願いします。
七尾    …わかりました。

     七尾去る。恵美は七尾と別の方向に去る。
     慧がやってくる。ノックの音。

慧     はーい。

     七尾がはいってくる。

慧     もう家庭教師の先生は帰ったの?(と、振り返る)
七尾    こんにちは、初めまして。
慧     …!
七尾    今度から貴方の担当を務めます、家庭教師の七尾楓です。慧くん…だっけ、よろしくね。
慧     …どうして、ここに?
七尾    お母様が、よかったら勉強教えてくれませんかって…。授業開始はまだだけど、今日は、顔合わせも兼ねて…。どうかな?
慧     …先生が良いなら。よろしくお願いします。
七尾    はい。…そうだ、最初に聞いておくね。慧くんはどこの大学を目指してるの?
慧     …まだ明確には決めていなくて。とりあえず偏差値の高い大学にいけるようにはしておきたいんです。
七尾    そうなんだ。…よかったら、最近のテストの答案、見せてくれない?慧くんの今の実力が、どれくらいなのか知っておきたくて。
慧     わかりました。

     慧、テストの答案を出す。

七尾    …(答案用紙を見る)。…すごいね。…これ、私必要かな?ほとんど満点じゃない。
慧     いえ、その…その時はたまたま調子が良かっただけです。わからないところを気軽に聞けたらなと思って…学校の先生って、みんな忙しそうだから。
七尾    …そう。そういうことなら、気兼ねなく私に聞いてね。
慧     ありがとうございます。よろしくお願いします。
七尾    はい。こちらこそよろしくお願いします。じゃあ、聞きたいところがあったら声かけて。

     七尾、椅子に座る。

慧     ……

     何かを考えている慧。

慧     …ねえ、先生。
七尾    何?
慧     (七尾に向き合い)…先生は、好きな人いるんですか?
七尾    …どうしたの急に。
慧     なんとなく。
七尾    …勉強に関係ないでしょ。もう…
慧     いいじゃん、今日は元々そういう日じゃないでしょ?雑談でもして友好を深めましょうよ。
七尾    ……
慧     だめ?
七尾    …しょうがないなぁ
慧     やった。
七尾    …好きな人はいないよ。
慧     いないの?
七尾    うん。
慧     そうなんだ…
七尾    慧くんは?
慧     僕?…言わなきゃだめ?
七尾    先生は言ったんだよ?慧くんも言わなきゃフェアじゃないでしょ?

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