ルサンチマン
『ルサンチマン』

登場人物
マリウス
コゼット       マリウスの恋人。ジャン・バルジャンの養女。幼いころテナルディエに預けられ、エポニーヌとともに育った。
クールフェーラック  マリウスの友人。
ガブローシュ     マリウスの年若い友人。少年。
エポニーヌ      マリウスの女友だち。テナルディエの娘。幼いころコゼットとともに育った。
アンジョーラ     マリウスの友人。
テナルディエ     エポニーヌの父。
ジャベール      警視。
ジルノルマン     マリウスの祖父であり養父。
ジルノルマン家の召使 若い女性。
ジャン・バルジャン  脱走徒刑囚。コゼットの養父。

一幕
一場  ジルノルマン氏の邸。
ステージの上手のみ照明が当たる。豪華な調度類。ジルノルマン板付き。高価そうなガウンをまとって座っている。召使、上手から登場。
召使  「旦那さまあ、弁護士がきただよ」
ジルノルマン「弁護士が何の用だ。わしは裁判にかけられるようなマネはしとらんぞ」
召使  「旦那さまに会いたいと言ってるだ」
ジルノルマン「引退したとはいえわしは王党派のもと議員だ。貴族も大臣もたくさんわしに会いに来る。約束もしていないのに押しかけてきて会いたいだと? 味噌汁で顔洗って出直して来いと言え!」
召使  「19世紀前半のフランスに味噌汁はねえだよ」
ジルノルマン「だったらパンにスープで…」
召使  「フランスパンで顔を拭いたりしたらケガするだし」
ジルノルマン「なんでわしが弁護士の顔のケガなんか心配しなきゃならん!」
召使  「じゃあ追い返していいだか。かなりの男前だが」
ジルノルマン「そっちの趣味はない!」
    召使、踵を返して上手を向く。首だけ下手に向ける。
召使  「貴族っていえば名刺に『男爵』って書いてあっただ」
ジルノルマン「………名前は?」
召使  「マリウス・ポンメルシー…」
    間。
ジルノルマン「(苦い顔をして)ポンメルシー…」
召使  「それじゃ、追い返してくるだね」
    ジルノルマン、そわそわしだす。
ジルノルマン「いや…、通せ」
召使  「旦那さま、やっぱそっちの趣味が…」
ジルノルマン「やかましい!」
    召使、上手に退場。マリウス、上手から登場。
ジルノルマン「来たか、親不孝者」
マリウス「私の父はあなたではない。ナポレオン一世の配下にしてレジオン・ドヌール勲章の受賞者、男爵、ポンメルシー大佐が私の父です」
ジルノルマン「ボナパルトからもらった爵位など認めるか!」
マリウス「あなたが認めなくてもわたしが認めます」
ジルノルマン「何しに来た。ポンメルシーなどと名乗っている限り、相続などさせんぞ。親不孝者めが…」
マリウス「成人するまで育てていただいた恩は感じています。しかし…」
ジルノルマン「そんなことはいい! おまえはわしの娘の子だ。わしはおまえの祖父であり、養父でもある。それよりも許せないのは、四年前この家を出て行っただけでなく、わしの送った仕送りをそっくり返したことだ!」
マリウス「違う! あなたはわたしの父を憎んでいるんだ! だからその子供のわたしも嫌いなんだ。仕送りうんぬんはあとでくっつけた理屈だ!」
ジルノルマン「そんなことを言いにきたのか…」
マリウス「違います。お願いがあってきました」
ジルノルマン「それがひとにものを頼む態度か?」
マリウス「失礼しました…」
ジルノルマン「わしに何をしろと? 金か? 金がほしいのならポンメルシーという名前は…」
マリウス「ちがいます!」
    間。
ジルノルマン「さっさと言え。わしは忙しい」
    間。
ジルノルマン「何だ? さっきの勢いはどこに行ったんだ?」
マリウス 「けっこ…」
ジルノルマン「は?」
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