招かれざる騎士

(まなかれざるないと)
初演日:2014/3 作者:エル ソンブレロ
      招かれざる騎士
 
            ソンブレロ
 
 
    一人暮らしの部屋。
    もしくはリビング。
    中央にテーブル。
    女が電話で話している。

    傍らにはパイケーキを作るため
    のボウル、泡だて器、ケーキ作
    りの本、ミルクピッチャーなど
    がある。
    作業の途中で電話が掛かってき
    たという設定。
    
    夜。

    以降はすべて女のセリフ。


女 うん……うん……。
 そうね、せっかくだけど、今度帰った時にでもまたゆっく
 りとね。
 いつって、そうね……。
 その気になればいつでも帰れるけど、どうせなら泊まって
 いきたいから、次に連休をもらったらね。
 来月くらいかな。
 うん……。
 うん、で、今日もパパはまだ仕事なの?
 そうなのね……。
 金曜日くらい早く帰ってくればいいのにね。
 マヤ姉さんが来てることは知ってるの?
 そう、知ってれば早く帰ってくるかもしれないのに。
 そうなの? 
 大変ね、パパも。
 もちろん待たされるママの方もね。
 え、うん……うん……。
 体にだけは気を付けるように言ってね。
 うん、じゃあ……。
 え。
 あ、マヤ姉さんが?
 あ、そう……。

    間。
 
 もしもし……。
 あ、マヤ姉さん?
 うん、元気よ。
 どうしたの? 
 え、仕事?
 まあ相変わらずよ。
 今日は珍しく早く帰れたけど。
 うん、そうね、さっきもママに言ったけど、次に連休をも
 らったら帰るわ。
 そうね、来月くらいかな。
 大丈夫よ、忙しいのは慣れてるし。
 世間の人たちが遊んでいるときに働くっていうのもね。
 ありがとう、マヤ姉さんも元気でね。
 え。
 どうしたの、急に小さい声で。
 え、なに?
 なにを考えておいたって……?
 プレゼント……?
 ああ、ママたちのね。
 ええ、もちろん。
 マヤ姉さんは?
 うん、どんな?
 へえ、いいじゃない?
 そう言えばいつだったかダイニングセットをプレゼントし
 た時もマヤ姉さんのお店で一緒に選んだっけね。
 ところでそのソファーとコーヒーテーブルってママのリク
 エストなの?
 あ、そう、内緒なの?
 サプライズ的な?
 ふふふ。
 あ、私?
 一応考えたけど、せっかくだから仕事上の特権を生かさせ
 てもらおうかと思っててね。
 そう、パッケージツアーの招待券で考えたの。
 いまね、ちょっと特別なツアーがあるのよ。
 結婚記念に合わせた企画でね、三十年とか四十年の夫婦だ
 けのクルーズツアーなの。
 うん、そう、ママたちは三十五年だけど、そこは、だから
 特権を生かしてね。
 コースもいろいろあってね、短いのは半日からあるし、長
 いのはもう六ヶ月とかね、それ以上のもあるわ。
 それでね、じつは催行人数に達しないツアーって結構ある
 のね。
 ふつうはそのまま流れちゃうんだけど、この手のツアーっ
 てメモリアルな要素がある性格からどうしても流したくな
 いっていう参加者が多いのよ。
 そういう要望に応えるために補充要員を内々で募ったりす
 るの。
 つまり、相当安くしてね。
 半分は人助けなのよ。
 そうなの、人助けにもなるというプレゼント。
 一石二鳥でしょ?
 あ、そう?
 すごくいい?
 じゃあこれにしちゃう?
 え、いいなぁって……。
 ふふ、マヤ姉さん羨ましがりなんだから。
 じゃあ、日程はあとで二人で決めてもらうとして、期間は
 どれくらいがいいと思う?
 まあ、そうよね、パパも仕事が忙しいからね。
 せいぜい一週間くらいがいいところかしらね。
 パンフレット送ろうか?
 うぅん、手間なんかじゃないわ。
 じゃあ明日事務所からマヤ姉さんの家に送っておくわ。
 いいえ、どういたしまして。
 うん、じゃあ……。
 お兄さんによろしくね。
 あ、お兄さん、元気?
 あ、そう、帰って来てるの?
 いつまで?
 うん……うん……。
 へえ、よかったじゃない。
 うん、ありがとう、じゃあ……。
 なに?
 え、打ち合わせって……。
 え、これから?
 なにもそんな……。
 明日パンフレットを送るから、それ見て考えたらいいじゃ
 ない?
 そうよ、いくつもコースがあるの。
 島巡りだとか、大きな都市ごとに寄港して夜の街を楽しむ
 とかね。
 急ぐことはないし、ゆっくり考えましょうよ。
 うん……うん……。
 じゃあ……。
 え、お母さんが?
 また?
 ああ、はい。

    間。

 もしもし……。
 え、べつにどうっていうこともないわ。
 ただの世間話よ。
 そう、元気でやってるっていうくらいの。ヒソヒソだなん
 て、そんな……。
 え、なに、聞こえない?
 どうしたの、急に小さい声になっちゃって。
 え、聞こえないってば。
 マヤ姉さんのなに?
 お祝い?
 お祝いってなんの?
 え、また聞こえなかった。
 誕生日?
 じゃなくて?
 え、ああ、そうか、結婚記念日ね……。
 でもそれは夫婦で祝うものでしょう?
 うん……うん……。
 ああ、そうだったわね、マヤ姉さんたちは忙しかったから
 ね。
 うん……うん……。
 そうね、お兄さんもこっちに帰って来られた時間も短かっ
 たしね。
 かわいそうだったわね、式も簡単に済ませちゃったし、旅
 行にも行けなかったしね。
 なるほどね、その分のお祝いをしてあげたいわね。
 で、なにを贈ろうとかって決めてるの?
 え?
 なにがいいかって、そうね……。
 うーん、なんだろ。
 急に言われてもね……。
 じゃあドレッサーなんてどう?
 ライティング式の。
 確か、マヤ姉さん欲しいって言ってたわ。
 それに家具だったらマヤ姉さんのお店で本人に選んでもら
 えるしね。
 え、駄目って、どうして?
 あ、内緒にしたいの?
 ふふふ。
 え、うぅん、ママらしいなと思って。
 じゃあどうしよう……?
 旅行の招待券なんてどう?
 それなら私も協力出来るし。
 ちょっと待ってね。
 ちょうど今ね……。
 
     女、足元のバッグからパンフ
     レットを数冊取り出す。
     ページを捲りながら。
  
 もしもし……。
 あのね、たとえばハネムーンだとコースがたくさんあるか
 らそこに入れてもらう手もあるわ。
 え、うん、まあ、厳密に言えばマヤ姉さんたちはハネムー
 ンじゃないけどね。
 いいのよ、まだ一年なんだし。
 大丈夫よ、そういうのはなんとでも出来ちゃうから。
 じつはハネムーンのコースってキャンセルがけっこうある
 のね。
 どうしてって、だって、ほら、一般の申込と違って半年と
 か、もっと前から予約するわけじゃない?
 だから、いろいろあるのよ。
 それで、その空いた枠に組み入れると、とってもお得に行
 けるの。
 驚くほど格安でね。
 うん……うん……。
 ママもいいと思うでしょ?
 あ、そうだ、船旅なんてどう?
 楽しそうだと思わない?
 ね、そうでしょ?
 そうなの、船も豪華な客船だって選べるしね。
 ところでママって船酔いとかって大丈夫だったっけ?
 あ、そう。
 で、パパはどうかな?
 あ、わからない?
 そう、どうなんだろ……。
 え、うん、いまは関係ないけどね。
 マヤ姉さんの話よね。
 そうね、お兄さんの仕事もあるから一週間あたりがね。
 そう、ちょうどね。
 大船に乗って悠々と。
 気持ちいいわよ、きっと。
 もうこの際だから行っちゃう?
 一緒に。
 なんて……。
 うぅん、なんでもない、冗談。

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