iNOS

(アイノス)
初演日:2018/8 作者:立花ふみと
『iNOS』

登場人物
〇少女1(女)花岡彩生(はなおか いろは)
〇少女2(女)心(哀)(花岡彩生(はなおか いろは))
〇少女3(女)心(焦)(花岡彩生(はなおか いろは))
〇役者4(男)児童(古市宗徳(ふるいち むねのり))
〇役者5(男)児童(白井竜哉(しらい りゅうや))
〇役者6(男)児童(天倉慎吾(あまくら しんご))、
       施設長(岡山石次(おかやま いしつぐ))
〇役者7(女)児童(栗原一花(くりはら いちか))
〇役者8(女)児童(半田ひまり(はんだ ひまり))
〇役者9(女)母親(花岡恵(はなおか めぐみ))、
       児童(笹沖朱希(ささおき あき))
〇役者0(男)長老

舞台
  舞台中央うしろにゆりかご置きたい

#1 落ちた

医者3「おめでとうございます」
医者5「おめでとうございます」
医者3「妊娠おめでとうございます」
医者5「ご懐妊おめでとうございます」
医者3「おめでた」
医者5「おめでた」
医者3「よく決意しました」
医者5「その決心は山よりも高く海よりも深く」
医者3「尊敬に値します」
少女1「私は」
医者5「さらに今後のあなた様のご苦労とご負担を考えると」
医者3「尊敬に値します」
医者5「ご覧ください」
医者3「尊敬のまなざし」
医者5「よく決意しました」
医者3「まあ、決意するしかないんですけど」
医者35「「わっはっはっはっ」」
少女1「落とされた」
母親9「あの」
医者3「はいなんでしょう」
母親9「本当に、間違いないんですか」
医者3「・・・は?」
母親9「あっ・・・」
医者3「間違いありません」
医者5「現在の医療技術では、妊娠判定結果の正しさは99パーセント以上」
少女1「私は」
医者3「確実に、あなたは妊娠しました」
母親9「・・・そうですか」
医者3「それとも、うれしくないんですか」
医者5「心から望んでなかったんですか?」
母親9「・・・いえ」
医者3「おめでとうございます」
医者5「おめでとうございます」
母親9「あ・・・ありが」
主婦7「ほらあの子よ」
主婦8「あらほんと」
少女1「噂が」
主婦7「若いわね」
主婦8「若いだけね」
主婦7「あの歳で子どもなんて」
少女1「噂を呼ぶ」
主婦8「これから先どうするのかしらね」
主婦7「どうするって」
主婦8「まあ、産むしかないんだけどね」
主婦7「産むしか、ないのよね」
主婦78「「おっほっほっほ」」
少女1「私は、落とされた」

ガヤ3「おめでとうございます」
ガヤ5「ご出産おめでとうございます」
ガヤ3「めでたい」
ガヤ278「「めでたい」」
ガヤ5「めでたい」
ガヤ2378「「めでたい」」
少女1「産み落とされた」
ガヤ2「男の子女の子?」
ガヤ5「痛かった?」
ガヤ7「どのくらい?」
ガヤ3「なにかに例えると?」
ガヤ8「かわいい?」
ガヤ7「名前は決めた?」
ガヤ8「見せてみなさい」
ガヤ5「・・・ん?」
ガヤ2「なにこれ」
ガヤ5「サルみたい」
ガヤ3「かわいい?」
ガヤ7「これってかわいいの?」
ガヤ8「さあ」
ガヤ2「まあ産んだ親ならそうなんじゃない?」
ガヤ7「なるほど」
ガヤ5「本人はかわいいんじゃない」
ガヤ2「ね、そうでしょ」
母親9「えっと・・・」
ガヤ8「まあそれじゃあ」
ガヤ7「頑張ってね」
母親9「あっ」
ガヤ7「ちゃんと立派な子に育てるのよ」
ガヤ8「ちゃんと立派な大人にするのよ」
ガヤ7「ちゃんと責任もって育てるのよ」
ガヤ8「これから一人で」
母親9「一人で」
ガヤ7「育てられるの」
ガヤ8「育てられるの」
母親9「あの」
ガヤ7「育てられるの」
ガヤ8「育ててみろよ」
施設6「育てましょうか」
母親9「え」
施設6「私が代わりに育てましょうか」
母親9「いいんですか」
施設6「あなたの負担は私の負担。人類助け合って生きていかなければ。世界はあなたの味方です。世界も私もあなたのことを救います」
母親9「ありがとうございます」
施設6「情けは人の為ならず、困ったときはお互い様でしょう」
母親9「(息をつく)」
施設6「申し遅れました。私岡山と申します」

  施設6、名刺を渡す

母親9「『児童養護施設アバン夢の国』」
施設6「最近できた施設でしてね、基本的育児はもちろん、高等学校までの就学保障、朝昼晩の食事サービス、全室空調完備、また運営体制はしっかりと整い、広大な土地でのびのびと子どもたちの成長を見守ります」
母親9「ではさっそく」
施設6「その代わり、初期費用を少しばかりいただきます」
母親9「お金」
施設6「それがこの世界の理、具体的にはこちらになります」
母親9「・・・払えません」
施設6「え」
母親9「すみません、払えないです」
施設6「この世界の理に従えないのですか」
母親9「だって」
施設6「この世界の理を断るのですか」
母親9「だって、こんなに・・・」
施設6「払えないのなら払えるようになればいいのです」
母親9「えっと、その、どうやって」
施設6「分かるでしょう、ゼロからお金を生み出す方法」
少女1「私は」
施設6「あなたはまだ若い。需要はありますよ。どうせあの子の父親に差し出した時だって本気じゃなかったでしょ。あなたにとってこんなこと苦でもなんでもないはずです。分かりますね」
母親9「・・・はい」
施設6「こちらへ」
少女1「そして母親も、落とされた」

  役者たち、スクランブル交差点のように母親とすれ違う
  それぞれ母親の近くにお札をばらまき残していく
  母親、弱々しくそれをかきあつめる

母親9「これで」
施設6「毎度ありがとうございました」
少女1「なんか商売みたいだなあ」
施設6「それでは、お子さんをお預かりいたします」
母親9「・・・元気でね」
少女1「・・・何が元気でね、だ」


#2 連れられて

少女1「物心ついたかつかないか、言葉をようやく覚えものの善悪の判断のつけ方を理解し始める、そんな頃の私が」
少女2「微かにだけれど扉の向こうから聞こえてくる私の担当医と私の母親の会話の内容を」
少女3「理解できるわけもなく、私のカルテの詳細な情報、私の身体の詳細な症状、これが一体何なのかわかるわけでもなくそんな」
少女1「扉越しに聞こえてくる言葉たちはただの意味を持たない音声のように、あるいは」
少女2「それだけで意味を成すメロディのように、私の耳をあっち側からこっち側に通り過ぎていくようだった。それが」
少女3「音楽のごとく心地よかったのかどうかはさておき。だけどのちになって、いや実はこの奏でられたメロディを聞いているうちから何となく察していたのかもしれない。これだけは分かった」
少女1「あ、私捨てられるんだなあ」
少女2「あ、私捨てられたんだなあ」
少女3「ってこと。母親の愛情を与えられることもなくこの先生きていくのかって。それについての」
少女1「私の感情は、だから私の述べた通り物心ついたかついていないかの段階だから」
少女2「悲しい」
少女1「とか」
少女3「悔しい」
少女1「とか」
少女2「ひどい」
少女1「とか」
少女3「憎い」
少女1「とか、正直よくわからなかった。この時代には、私の病気みたいな病気持ちの存在はさほど珍しくもなくなってきたようだ。愛されないと死ぬ病気。愛されないと死ぬんだって。・・・なんだそれ。愛されないと死ぬくせに、私の親はそんな私をかけらも愛することなく、私を捨てたんだ。見殺したんだ。これは私が大きくなってから知ったことだけれど、私の父親は、私の母親の妊娠、つまり私がこの世界にひとつ命として存在の決まったことを知って、その後忽然と姿をくらましたらしい。・・・へえ。そっか。父親にとって、そして施設行きを決断したこの時の母親にとって、私は、そういう存在なのだ」

  バスの音声(少女2、3「ぶーん、がたがた(車の音)」)

少女1「私の住んでいた喧騒をようやく離れられたみたいだ。このバスは行先を示さない。乗客は私一人。運転士はこちらを向かずに、私にはわからない進行方向をじっと見つめてる。家を離れたって寂しさはないし、だからと言って今まで受けたことを全部許そうとか、そんなことも全く思っていなかった」
少女2「ぷしゅー。ぴー、ぴー、ぴー」
少女1「さて、ようやくついた。なんか初めてのおつかいみたいだな、なんて考えてる。なんてのんきなこと考える余裕はこの時の私にまだ残されていたようだ。ませてるなあ、私。齢4歳、いろはの旅立ち。私の親が普通の親なら一人で遠出させないし、私が普通の4歳なら一人で遠出しないけど。あ、あった。アバン夢の国。えっと、こんにちはー・・・あの・・・うわっ」
児童5「ようこそ」
みんな「「アバンへ」」

  音楽


#3 ようこそ

児童6「ここはなんでも叶う場所、アバン夢の国」
少女1「なんでも叶う?」
児童4「ここでは望んだ言葉はすべて見つかる」
児童5「ここには嫌な人は誰もいないよ」
児童7「ここには君の嫌な人は誰もいないよ」
児童6「怒ってくる人も」
児童9「宿題やらせる人も」
児童4「文句ばかり言う人も」
児童6「叩いてくる人も」
児童7「私たちを捨てた大人も、だーれも」
児童8「私たちはみーんな仲良し」
児童7「アバンは私たちの望みを全部叶えてくれるの」
児童9「もちろん君の叶えたいことも」
児童4「きみの叶えたいことは?」
少女1「へ?」
児童9「あなたの夢は何?」
児童5「夢」
児童6「夢」
児童7「夢」
少女1「ゆ、夢?」
児童9「あ、夢って言っても、夜に見る夢じゃないよ、こう」
児童8「なりたいものー」
児童9「とか」
児童6「叶えたいことー」
児童9「とか」
児童4「夜に見る夢じゃないよ」
児童7「そんな無意識下の現象なんて聞いてもつまらないだけだよ」
児童9「そんな話ばかりされても困るよ」
児童8「お返事に困るよ」
児童5「でもさ」
児童7「ん?」
児童5「でも将来の方の夢も実は無意識下で働くものなんじゃない?」
児童7「そうかな」
児童9「なら夢も夢も一緒なのかな」
児童5「あれ?」
児童7「よくわかんないけど」
児童8「とにかく」
児童7「あなたが望むこと」
児童9「叶えたいことを教えて」
少女1「あの」
児童8「早く早く」
児童5「あ、言霊ってわかる?自分の夢は、きみが口に出した瞬間から力を持つんだよ」
児童4「その力は地面を伝わって」
児童6「あの時計塔に集められて」
児童9「いつか私たちの夢をかなえてくれるの」
児童8「だからあなたも」
みんな「「せーの」」
少女1「あの、え、ちょっと待っ」
長老0「まあ、そのへんにしておけ」
少女1「へ」
みんな「「ちょ、長老!」」
少女1「長老」
長老0「彼女はまだここに来たばかりだ。みなそう圧をかけるな」
少女1「圧て」
長老0「すまんかったの若いの。みな新入りに興奮しているだけだ。毎度こうだ。決して悪いやつらではないから」
少女1「長老って歳ですか」
長老0「ここでは子どもは子どものままであるが、我々がこの世界の主役ともなりうる。つまり逆に我々が大人なのだ」
少女1「大人」
長老0「私はここではみなより少し歳が上であるだけで大人より大人だと感じられる」
少女1「長老おいくつですか」
長老0「九つ」
少女1「若い」
長老0「ときに、名を何という」
少女1「あ、えっと、花岡彩生です」
長老0「彩生、ここのやつらはみんな夢を持って生きている。希望を持って生きている」
少女1「夢」
長老0「お前たちの夢は何だ」
児童9「お姫様」
児童7「お花屋さん」
児童8「かわいいお嫁さん」
長老0「身近な目標でもいいのだぞ」
児童4「おなかいっぱいごちそう食べたい」
児童5「おねしょ直したい」
児童8「ひとりで眠れるようになりたい。この子がいなくても」
少女1「この子」
児童8「この子はパンダのマリィっていうの。私がここに来た時からずっと一緒なんだ」
少女1「へー」
児童8「私ね、おうちにいたころはずっとお姉ちゃんと一緒に眠ってたからひとりじゃまだ眠れないの。でも、今はこの子がお姉ちゃんみたいな。だから眠れるの」
少女1「お姉ちゃん」
児童8「あーあ、お姉ちゃんに会いたいなあ。お姉ちゃんどこにいるのかなあ」
少女1「それが、あなたの望み?」
児童8「うん」
長老0「どうだ彩生。夢を持つことは生きがいだ。皆それに向けて自分の人生の働きかけを決め、生き方を変えていく」
少女1「へー」
長老0「それがアバンでの生き方。大人になりうるための生きる糧となる」

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