兆し

(きざし)
初演日:0/0 作者:今野洋二朗
『兆し』


○第1話 覚悟

 時は江戸時代初期。
 人里離れた道端。
 刀と刀がキュインキュインいってる音がする。
 やあ! だとか、そりゃ! だとか叫ぶ声もたまに聞こえる。
 幕が上がる。
 侍の格好をした二人が決闘し、ちょうど決着が着いた所。
 滝之助(28)が、倒れている鴇三郎(ときさぶろう)(24)の鼻先に刀を向け、斬ろうとしている。
 鴇三郎の刀はその辺に転がっている。

滝之助「・・・(息を切らしながら)勝負あったな」
鴇三郎「・・・(息を切らしながら)・・・」
滝之助「(息を切らしながら)さあ、覚悟はいいか?」
鴇三郎「・・・(息を切らしながら)ああ」
滝之助「何か、言い残すことはあるか?」
鴇三郎「・・・無い」
滝之助「本当にないんだな?」
鴇三郎「ああ無い」
滝之助「よし、では斬るが、よいな?」
鴇三郎「・・・ああ」
滝之助「何かあるなら、いいんだぞ?」
鴇三郎「ああ、特にない」
滝之助「・・・斬るけどいいんだな? ほんとになんもないんだな?」
鴇三郎「ああ、特に言い残すことなどない。・・・死ぬときは潔く死ぬ。そう決めていた。それが生涯を剣のみに捧げて生きてきた男の、男の、土壇場の、男の、男気だと思っている。
    男の男気だと思っている。男は、剣で語るものだ。口で語るものではない。故に」
滝之助「(刀を振り上げて)いざ、覚悟!」
鴇三郎「待てーい! ・・・・・待てーい! ちょ、待てーい」
滝之助「なんだ? この期に及んで怖気ついたか?」
鴇三郎「そうではない。まだ話の途中だ。故に、の後には必ず先が続く。故に。で終わる話なんて聞いたことあるか? 聞いたことない」
滝之助「故に自体聞いたことない」
鴇三郎「そんなね、話してる途中で斬られてもみろ。斬られて死んでみろ。魂どうなる? 魂の行き場はどうなる?」
滝之助「あ、いや、お主が特にないって言ったから」
鴇三郎「いや、まあ、特に無いけど、特にじゃない部分では、喋ることはある」
滝之助「よくわからんが、喋ることあるんだな?」
鴇三郎「・・・ある」
滝之助「わかった・・・じゃあ、続けろ」
鴇三郎「・・・ごほんっ! ええ、であるからして、正直、自分の未熟さに腹が立つというか、もっとこう、がむしゃらさ? ひたむきさ? が足りなかったのではないかと、今更なが
    らに後悔しているところではあるにせよ、負けは負けだ。結果的に負けたわけだから、負けたものがあれこれ語るものではないと思うのです。拙者的には・・・。まあ、勝った
    にしてもそんなにしゃべらんけどね。どっちみち喋らんのかい!」
滝之助「・・・・・・・」

 長い沈黙。
 
滝之助「・・・あ、いいの?」
鴇三郎「や、まだ。まだです」
滝之助「・・・」
鴇三郎「・・・ええ、要するに、要するにだ。拙者的には、それがし的には・・・それがし的? それがし的ってなに? なんか変じゃない? それがし的・・・それがし的ってなに?
    まあいいわ。拙者的には、やっぱり格好良く死にたい。男の最後ってのは黙って、潔き良くこの世を去るのが、格好良く死ぬことではないだろうか・・・逆に」
滝之助「逆に?」
鴇三郎「そう、逆に・・・」
滝之助「・・・な、何の逆?」
鴇三郎「はっきり言って、あれこれ言い訳はしたくない。言い訳はあるよ。そりゃあありますよ。ありますとも。足の裏にちっちゃいイボがあって、歩くとちょっとズキズキするだとか
    。闘ってる最中ずっとそのイボが気になって全然集中できなかった。だとか・・・。もうほとんどイボとの闘いだった。だとか・・・。イボと拙者の闘いだった。だとか・・・
    ・・。正直なところ、実はちょっと風邪気味で、昨日から鼻が詰まって鼻が詰まって、もう、全然鼻から息ができない。だとか。闘ってる最中も全然息できなくて、ほとんどそ
    っちの息ができるかどうかの闘いだった。だとか。・・・でもそれを言っちゃあ、男としての、侍としての、何ていうの?」
滝之助「・・・男気?」
鴇三郎「そう、男気。男気? 侍魂? やっぱり男気あっての侍だと思うのよ。だから言い訳なんかしたくない。拙者はあくまでも潔く死にたい。潔く死んだぞあいつ。って伝えられた
    い。いろいろ言い訳があったはずだけど、言い訳しないで潔く死んだぞあいつ。ってみんなに伝えられたい」
滝之助「・・・」
鴇三郎「・・・故に、言い残すことは特にない」
滝之助「けっこう言い残したけどね!」
鴇三郎「さあ、斬るがいい! 拙者のおごそかっぷりに、いささか面くらいながら、ジャガイモを切るみたいにスパッと斬るがいい! やさしくスパッと斬るがいい」
滝之助「・・・家族に何か伝えることは?」
鴇三郎「拙者は独り身。親もない。特に伝えることなどない。・・・さあ斬れ!」
滝之助「あそお・・・では斬りましょう。・・・いざ、いざ覚悟!」

 と言って、刀を振り上げる。
 鴇三郎、歯を食いしばり、体を強張らせる。

滝之助「・・・(やめて)ちょっとその前に聞きたいことがある」
鴇三郎「うわっ! ・・・うわあ、まじかあ・・・」
滝之助「お主の名前を聞いておらんかった。名前は?」
鴇三郎「はあ? 最初に名乗っておるぞ。決闘の直前にお互い名乗っておるぞ」
滝之助「いや、名前はな。苗字はまだ聞いてない」
鴇三郎「苗字などない。鴇三郎だ。鴇三郎だけだ」
滝之助「ほう、苗字がないのか。なぜだい?」
鴇三郎「そんなもんあんたにゃ関係ないだろう。男と男の真剣勝負に名前など必要あるのか?」
滝之助「あるだろうそれは。真剣勝負をした相手だからこそ、名前くらいは知っておきたい。俺はそう思うけどな」
鴇三郎「・・・ではお主の苗字は?」
滝之助「俺も苗字はない。滝之助だ。滝之助だけだ」
鴇三郎「・・・」
滝三郎「・・・」
鴇三郎「・・・・・だったらなぜ聞いた?」
滝之助「もしかして、あるかなあって思って」
鴇三郎「もういい。早くやってくれ」
滝之助「最後に言い残すことは?」
鴇三郎「もう無い!」
滝之助「・・・ほんとに?」
鴇三郎「・・・(目を瞑り覚悟を決める)ほんとに」
滝之助「あそお・・・では斬りましょう。・・・いざ、いざ覚悟!」

 と言って、刀を振り上げる。
 鴇三郎、歯を食いしばり、体を強張らせる。

滝之助「・・・(やめて)ちょっとその前に、教えてくれ」
鴇三郎「んだあ!(息を切らして)ちょ、なになに? どうした? しゃべることなんかもうないぞ!」
滝之助「最後に一つだけ教えてほしい」
鴇三郎「なんだ?」
滝之助「鴇三郎の鴇ってどういう字書くんだ」
鴇三郎「ああ?」
滝之助「三郎は数字の三にこざとへんの郎だろう。だが鴇は時間の時なのかどうなのか、その辺をはっきりと教えていただきたい」
鴇三郎「・・・はあ?」
滝之助「いや、だから鴇三郎の鴇はどういう字を書くのかを」
鴇三郎「そんなもんどうでもよくない?」
滝之助「どうでもよくはない。どうしても聞きたい。気になって集中できない」
鴇三郎「何に?」
滝之助「お主を斬るのに」
鴇三郎「ん〜、じゃあ教えない」
滝之助「集中できないと、スパッと一発で殺せないから、何回も斬ることになるけど、大丈夫? すんごい苦しんじゃうけど、大丈夫?」
鴇三郎「鳥の鴇だ」
滝之助「鳥の鴇? ほお・・そっちの鴇ね。なるほど。難しい字だな。どう書くんだ」
鴇三郎「どう書くって言われても、ん〜・・・・・説明しがたいっ! しがたいからもういい。さっさと殺せ! 焦らすな!」
滝之助「集中力がなくなって何回も斬ることになるから、すんごい、もう、すんごい苦しむことになるけど大丈夫?」
鴇三郎「ええと左側に(ジェスチャーで)こうこう、で、こうこう。して右側に鳥だ」
滝之助「・・・(ジェスチャーで)ん? こうこう、こうか?」
鴇三郎「ん〜、ちょっと違うな。こうこうきて、こうこうだ。こうじゃなく」
滝之助「こう?」
鴇三郎「いや違う違う。こうこうきて、こうこう。こっちにこう」
滝之助「こっちにこう?」
鴇三郎「んも説明しがたいっ! なんか紙に書きたい! もういいだろ! 早く斬ってくれ! 頼む!」

 滝之助、懐から紙と筆を渡す。

鴇三郎「・・・・・」

 鴇三郎、受け取って名前を書いて、滝之助に渡す。

滝之助「(それを見て)・・・かも、三郎・・・」
鴇三郎「とき三郎だよ!」
滝之助「・・・」
鴇三郎「・・・」
滝之助「・・・では最後に言い残すことは?」
鴇三郎「無いよ!」
滝之助「ではでは、本当に斬りますぞ」
鴇三郎「・・・・・(目を瞑り覚悟を決める)・・・よし、やってくれ」

 滝之助、刀を振り上げ

滝之助「いざ! いざ覚悟!」

 鴇三郎、歯を食いしばり、体を強張らせる。

滝之助「・・・(やめて)すまん、もう一個だけ」
鴇三郎「んだあー! (息を切らして)なぜだ? なぜ焦らす? なぜゆえに焦らす? 焦らした先に何がある?」
滝之助「ごめん。やっぱりお主のことをもう少し知っておきたい。人を殺める前に、その人のことを知っておく必要がある。そんな気がする。いや、今までもこうして決闘をしてきて、
    人を斬るときはそうしてきた。獣を殺すように人は斬れん」
鴇三郎「・・・死ねば獣も人も一緒。情けは無用だ」
滝之助「いや、情けではない。それが人としての礼儀ではないだろうか。お主のことを知らなければ、何年か、いや何十年かして、いみじくも、私はお主のことを忘れてしまうだろう。
    命を懸けて闘った相手をおいそれと忘れるわけにはいかん。それが私のせめてもの礼儀だ」
鴇三郎「ふんっ。もう勝手にしてくれ。で、何が聞きたい?」
滝之助「では聞こう。お主は関ヶ原の合戦には参加したのかい?」
鴇三郎「ああ、参加した」
滝之助「ほお、どっちだ?」
鴇三郎「西軍だ。・・・西軍の宇喜多秀家様のもとで」
滝之助「(遮って)好きな食べ物は?」
鴇三郎「え、好きな食べ物?・・・関ヶ原の合戦の話はもう良いのか?」
滝之助「ああ、もういい。詳しいところまで聞くと、もしかしたら関ケ原の合戦話に花が咲いてしまうかもしれん。花が咲いたら情がわく。情がわくと、お主を斬れなくなるかもしれん
    。そうなればさっきの闘いは何だったんだ?ってことになってしまう。だから、情がわかない程度にお主のことを知りたいのだ」
鴇三郎「そうかわかった。では好きにすればいい」
滝之助「好きな食べ物はなんだ?」
鴇三郎「好きな食べ物・・・う〜ん・・・」
滝之助「さっさと答えろ。そういう悩んでる姿とかで同情を誘うつもりか? その手には乗らんぞ」
鴇三郎「・・・ゆで卵だ」
滝之助「え、ゆで卵?・・・あの卵を茹でるだけの、ゆで卵?」
鴇三郎「そうだ。少し半熟が好きだ」
滝之助「おお!・・・せっしゃも・・・」
鴇三郎「・・・」
滝之助「ええと、では、初体験の話を、お聞かせ願おう」
鴇三郎「初体験?」
滝之助「ああ、初体験だ」
鴇三郎「・・・・・まだやっておらん」
滝之助「まだやっていない?」
鴇三郎「・・・ああそうだ」
滝之助「ん? え・・・童貞?」
鴇三郎「ああ、その通り。恥ずかしながら、童貞だ」
滝之助「・・・そろそろ斬るが、よろしいかな?」
鴇三郎「早いな! 急にくるんだな。急に興味なくすんだな!」
滝之助「ああ、これ以上は危ない。童貞はだめでしょお! ずるいわあ、童貞はずるいわあ!」
鴇三郎「いや、ずるいっていわれても・・・聞いてきたから。お主から聞いてきたから・・・」
滝之助「嘘ついてる? 同情誘うために嘘ついてる?」
鴇三郎「本当だよ! この期に及んでそんなウソなどつかん!」
滝之助「童貞だからといって・・・情けはかけんぞ、鴇三郎!」
鴇三郎「ああ、わかっておる・・・さあ、斬るがいい! 拙者のおごそかっぷりに、いささか面食らいながら、大根を斬るみたいに斬るがいい! 優しくスパッと斬るがいい」
滝之助「最後に言い残すことは?」
鴇三郎「無い! もおくどい!」

 滝之助、刀を振り上げ

滝之助「いざ! いざ覚悟!」

 鴇三郎、歯を食いしばり、体を強張らせる。

滝之助「・・・(やめて)ちょっと頼みごとがある」
鴇三郎「んてめえ、殺すぞ、まじで! なんなんだよ! なんで殺さん! なんでぱっと殺さん! 何がしたいの? ねえ、あんた何がしたいの?」
滝之助「すまん。折り入ってお主に頼みたいことがある」
鴇三郎「この期に及んで、いったいなんだ? どういうことだ?」
滝之助「いや、どういうことも何も、ただただ、やってほしいことがある」
鴇三郎「やってほしいこと?」
滝之助「ああ」
鴇三郎「なんだ?」
滝之助「人を斬ってほしい」
鴇三郎「人を斬る?」
滝之助「ああ。ある人を斬ってくれれば、お主の命は助けてやろう」
鴇三郎「・・・・・」
滝之助「死ぬのは嫌だろう?」
鴇三郎「まあ、死ぬのが好きな奴なんかいないでしょ」
滝之助「じゃあ、やるしかないな」
鴇三郎「誰を斬るんだ? 斬る相手にもよる」
滝之助「誰って、お主の知らない人間だ」
鴇三郎「どんなやつだ」
滝之助「やるんであれば教えよう。やらないなら教えない」
鴇三郎「敵は一人か?」
滝之助「ああ一人だ」
鴇三郎「・・・だったら・・・やる」
滝之助「よおし、決まりだな。鴇三郎殿、死ななくて済んだな。ははははは。おめでとう(笑)」
鴇三郎「あ、ありがとう。ははははは」

 二人笑うが、心がこもっていない。

鴇三郎「で、相手はどんな奴だ」
滝之助「末広村の、20代半ばの・・・女だ」
鴇三郎「女!? お、女は斬れん! 無理だ無理だ。そればっかりは拙者にはできん!」
滝之助「侍ではないのか? 男に二言はない。そうだろ? 一度やると言ったらやるのが侍ではないのか? 違うか?」
鴇三郎「そ、そうだが、女を斬るとは聞いてない。女、子供は絶対に無理だ。すまん」
滝之助「では、お主を斬るが・・・・それでいいのか?」
鴇三郎「・・・んん〜・・・致し方あるまい・・・」
滝之助「よし、考える時間をやろう」
鴇三郎「いや、そんな時間はいらん。女は絶対に斬れん」
滝之助「どうしてもか?」
鴇三郎「どうしてもだ」
滝之助「・・・悪霊が取りついている」
鴇三郎「え?」
滝之助「その女には悪霊が取りついている」
鴇三郎「悪霊?」
滝之助「ああ、悪霊が取りついている者に、男も女も関係ないだろう。悪霊が取りついている者に性別などない」
鴇三郎「・・・いや、悪霊って・・」
滝之助「そいつはとてつもなく悪い奴だ。悪い奴を斬るのが侍の役目じゃないのか?」
鴇三郎「ならばなぜ自分でやらん?」
滝之助「自分ではできん。女、子供は絶対に斬れん」
鴇三郎「いや、拙者も同じだ。女、子供は絶対に斬れん。同じだ」
滝之助「お主ならできる」
鴇三郎「無理だ。勝手に決めるな」
滝之助「お主には才能がある」
鴇三郎「なんの才能だ? だいたい人に斬ってもらうのも、自分で斬るのも、つまるところ、同じことではないのか?」
滝之助「自分で斬るのと、人に斬ってもらうのとじゃ、全然違う。根本的に違う。自分で耳をかくのと、女子(おなご)に耳をかいてもらうのと同じくらい違う。根本的に違う。だか
    らお主に頼んでるんじゃないか」
鴇三郎「根本は一緒の気がするが・・」
滝之助「頼む! お主の腕を見込んで、やってはくれぬか」
鴇三郎「・・・・・その女は、そんなに悪い奴なのか? 悪霊が取りついているだけならば、寺の坊主の所にでも行って、お祓いしてもらえばいいのではないのか?」
滝之助「それはもう既にやっている。そんな甘っちょろいもんではないのだよ。その悪霊は。悪霊っていうか、怨霊は」
鴇三郎「怨霊なの? う〜ん・・・そうか・・・でも、女子だもんなあ・・・」
滝之助「頼む。(頭を下げて)この通り」
鴇三郎「・・・・・やっぱり無理だ! 女は斬れん! 自分の信念をないがしろにはできん!」
滝之助「ならば仕方がない。お主を殺すが、いいんだな?」
鴇三郎「残念だが・・そうしてくれ」
滝之助「本当に斬るぞ」
鴇三郎「覚悟はできている」
滝之助「・・・最後になにか言い残すことは?」
鴇三郎「無い! もうそれ聞くな!」

 滝之助、刀を振り上げ

滝之助「いざ! いざ覚悟!」

 鴇三郎、歯を食いしばり、体を強張らせる。

滝之助「・・・(やめて)やっぱり引き受けてくれんか?」
鴇三郎「ぬわあっ! (息を切らして)くそお、また焦らされた。いつまで続く? いつまで続くこの焦らし。この不毛な焦らし。もう勘弁してくれ!」
滝之助「どうか引き受けてくれんか。本当に斬るぞ」
鴇三郎「ああ、斬れ。スパッと斬ってくれてかまわない」
滝之助「スパッとは斬らん。ちょっとずつ拷問のようにいたぶって、なぶり殺し、じわりじわりと斬る。時間をかけてな」
鴇三郎「・・・・・」
滝之助「いいのか? それでもいいのか?」
鴇三郎「・・・お前性格悪いな」
滝之助「・・・最初は指からいこうかな。苦しいぞお。指なんか一本ずつ、スパッとは斬らんからね。ちょっとずつ、ちょっとずつ、斬っていくからね。痛いぞお。忍びないぞお」
鴇三郎「(ゴクリと唾を飲む)・・・」
滝之助「(悪い顔をして)・・・果たして、その痛みと苦しみに、お主は耐えられるかな?」
鴇三郎「・・・・・んなあわかった! もうやる! 決めた! やるよ!」
滝之助「おおお! そうか、引き受けてくれるか」
鴇三郎「もうその焦らし作戦に耐えられん!」
滝之助「はははは。そんなつもりはなかったのだけどな。ははははは」
鴇三郎「・・・」
滝之助「では、条件を飲んでくれるのだな?」
鴇三郎「・・・本意ではないが、致し方あるまい。どうせそれ以外の道はないのだろう」
滝之助「よおし、では早速、その女の所へ行ってみようではないか」
鴇三郎「え、今からか?」
滝之助「ああ、善は急げと言うからな」
鴇三郎「ええと・・・滝之助殿」
滝之助「なんだ?」
鴇三郎「それは、果たして善なのか?」
滝之助「ん〜・・・善であると願いたい」
鴇三郎「願いたい!?」

 暗転。


○第2話 証拠

 何処かの家の裏庭。
 そこに岡っ引の重太郎(42)と下っ引の茶菓丸(32)がいる。
 二人、横たわっている女を見ている。
 二人しばらく、女を覗き込んでいる。

重太郎「・・・・・」
茶菓丸「・・・・・これ、本当に死んでるんでしょうかね?」
重太郎「んん〜、どうかな・・・しんきくさ〜い雰囲気ではあるよね」
茶菓丸「寝てるんですかね?」
重太郎「こんなところで寝ねえだろ。野良犬じゃねえんだからさ」
茶菓丸「じゃあ死んでるんですかね?」
重太郎「死んでる割に元気な顔してるな。お肌にはりがある」
茶菓丸「・・・ってことは、寝てるってことでしょうか?」
重太郎「こんなところで寝ないっつってんの! キツネじゃねえんだからさ」
茶菓丸「確かにこんなところで寝てたら逆に怖いですよね。っつうことは、あれですかね? やっぱり死んでるってことでよろしいんですね?」
重太郎「いやあ、なんか死んでる気がしない」
茶菓丸「じゃあ気絶してるんでしょうか?」
重太郎「いやあ、そうじゃないな」
茶菓丸「じゃ死んでる?」
重太郎「いや、死んでない」
茶菓丸「寝てる?」
重太郎「寝てない・・・」

 沈黙。

茶菓丸「おれ帰りますわ」
重太郎「まてまて! どした?どした? なにめんどくさくなってんの? 仕事だからね! これ仕事だからね!」
茶菓丸「まあ、そうですけど・・・」
重太郎「調べてみよう。うん。色々ツンツンとかして調べてみよう。うん、そうしよう」
茶菓丸「・・・いいんですか?」
重太郎「え? なにが?」
茶菓丸「あ、いや、そんな知らない女子をツンツンとかしていいんですかね?」
重太郎「いいに決まってんだろ! そのための岡っ引きなんだから。そのために我々は呼ばれてんだから」
茶菓丸「そうですよねえ、では失礼して」

 茶菓丸、女の体をツンツンして確かめる。

重太郎「・・・おまえどこツンツンしてんの?」
茶菓丸「いやどこって、胸ですけど。胸を中心にツンツンしてますけど、なにか?」
重太郎「ちゃんとその、何て言うの? ちゃんとしたツンツンだからな。いやらしい気持ちでツンツンするなよ」
茶菓丸「そりゃあもう、あっしはそんなつもりは甚だないですから」
重太郎「・・・・・そんな風には見えないけどね!」
茶菓丸「ところで親分、誰に呼ばれてここへ来たんすか?」
重太郎「誰って・・・誰だっけ? なんつったっけ? あの・・・あれだ?なんだ? おまつ? でもなく、おこげじゃないわ、なんだっけ? ほら」
茶菓丸「おけい?」
重太郎「いや違う。ええと・・・あ、全然出てこないわ。お水?違うな」

 寝ていたお静(30)が起き上がって

お静「お静だよ!」
重太郎・茶菓丸「ううわあ!」
お静「・・・」
重太郎「うわあ、びっくりしたあ」
茶菓丸「ちょっと、勘弁してくださいよ、ホラーじゃないっすか、もう完全にホラー映画じゃないっすかあ、なんなんすかもお」
お静「さっきから何やってんの? ねえ、あんたらさっきから何処触ってんの? ねえ」
重太郎「あ、いや、これは調査としてですね。調査の一環としてツンツンしてただけで」
茶菓丸「ええ、決してやましい気持ちではツンツンしてないっす」
お静「ほんとかなあ」
茶菓丸「ほんとっす。絶対ほんとっす」
重太郎「もちろんですよ。捜査の一環としてです」
お静「その割におっぱいばっかり触られましたけど」
重太郎「ええと、すいません、あなたはもしかして・・・その・・・被害者の・・・」
お静「ああ、あたしがあんたらを呼びました。お静です」
重太郎「ええ? あなたがお静? ええ? ここでいったい何を?」
お静「え? 別に、ここで待ってましたけど」
茶菓丸「どんな待ち方してんすか!」
重太郎「いやあ、てっきり、その、亡くなられた女性の方かと・・・」
お静「それはあなたがたの勝手な思い込みでしょう? 亡くなった女性はあちらです」

 お静の指した先に、白い布を被せた女が横たわっている。

重太郎「・・・なるほどね」
茶菓丸「うん、なるほどね」
お静「あんたら、大丈夫? 本当に岡っ引き?」

 一同、横たわっている女に近づき、白い布をめくる。

茶菓丸「・・・わあ、これはひどい」
一同「・・・・・」
重太郎「ええと、あなたが最初にこの死体を発見したんですね? お静さん」
お静「そうよ。あなた達・・・本当に岡っ引き? ほんとにほんとに岡っ引き?」
重太郎「ええ、ほんとにほんとに岡っ引きです。私、岡っ引きやらせていただいております、重太郎でございます。こっちは弟子の茶菓丸」
茶菓丸「よろしくどうぞ」
お静「まあ、色々言いたいことはあるにせよ、早かったわね。なんだか知らないけど早かったわね」
重太郎「え、なにがですか?」
お静「だって今日の昼頃よ、あたしが岡っ引き呼んでって、頼んだの」
重太郎「ああ、あたしらはこういう事件と聞けば、なにはさて置きすっとんできますから。ほっとけないっすから。こういう事件は」
お静「あたしもこういう、なんていうの? 岡っ引きを呼ぶことなんかないじゃない、普段さあ」
重太郎「まあ、そうでしょうね」
お静「だから本当に来るのかしら? って心配してたのよ。でもこんなにも早くに来てくれるなんて。なんだかちょっと染みてきちゃった。早いのが好きだからあたし」
重太郎「え、染みてきた?」
お静「うん、そっちの意味じゃなくてね」
重太郎「え〜と、そっちというのは?」
お静「現実的な方じゃなくて、神秘的な方」
重太郎「・・・あの、全然意味が」
お静「だから、気持ちの方ね。心が染みてきちゃったっていうこと。あそこの話じゃないわよ」
重太郎「あそこ? いやそれはわかってますけど」
お静「それにしても、すごいわね、人の伝達力って。だってあたしがお昼頃に伝えといて。って言ったのが、もうこの時間で岡っ引きが来ちゃってんだから。そりゃあ染みてもくるわ
   よ(笑)」
重太郎「はははは。そうですね。この町の人間はみんな親切な人ばかりですからね。人から人へ、ちゃんと言付けが回っていくもんなんですよ」
お静「でもさあ、もっとこうなんていうの? 糸で話すやつあるじゃない? 糸電話みたいな。もしくはなに? 管? あれでこんにちはー!っていえばこんんちはー!って聞こえる
   みたいなやつ」
重太郎「ああ・・・ん?」
お静「あれの長ーいやつを作って町の中を繋げればさ、あちこちに管の端っこをぴょこんってだしとけばさ、なんかあったときにそれに向かって、もしもーしとか言えば聞こえちゃうわ
   けでしょ? そうすれば話が早いんだけどね。そうすれば、緊急の時とかさ、こういう誰かが死んだときとか、死にそうなときなんかはそれを使えばすぐに伝わって、すぐに駆け
   つけてくれるわけでしょ?」
重太郎「まあ、そうなりますよね」
お静「こんなかわいらしい乙女が一人死んだって、あんたらなんかなーんもしてくんないじゃない。すぐに来てくれないじゃない。今回はたまたま早かったけどさ。いつもはのんきなも
   のよ。昆布しゃぶりながらだるそうにさ、いやあ、忙しくてまいっちゃうわー。みたいなこと言いながら、だらだらだらだらと、芋虫みたいに扱いやがってさ。女のこと。女なん
   て芋虫くらいにしか思ってないのよどうせ!。あんたたちだって、そうなんでしょ? 女なんか芋虫としか思ってないんでしょ?」
重太郎「いやあ、そんなこたあないですよ。なあ?(茶菓丸に)」
茶菓丸「ええ、勿論ですよ」
お静「今にね、女が女として生きられる時代がくるわよ。そう、必ず来る! 芋虫は時が進めば蝶になるのよ。女だってね、時代が進めば蝶になるの。蝶のように自由に飛び回れる時が
   来るの。もう、戦国時代は終わったのよ。徳川家康はきっと世の中をよくしてくれる。あたしはそう信じてるわ」
重太郎「・・・」
茶菓丸「・・・」
お静「あんた達もね、女の扱いを考えた方がいいわよ!」

 と言って、その場を去っていく。

茶菓丸「・・・」
重太郎「・・・」
茶菓丸「・・・行っちゃいましたけど」
重太郎「行っちゃったね」
茶菓丸「・・・言いたいことがわかったような、わからなかったような・・・」
重太郎「ただ、我々にとって重要なことは何一つ言い残していってないな」
茶菓丸「胸をツンツンしたことが気に障ったんでしょうか」
重太郎「茶菓丸!」
茶菓丸「はい?」
重太郎「あの女、連れてこい!」

 茶菓丸、お静を連れてくる。

お静「そうだったわね。あたしがあんた達を呼んだんだったわ(笑)」
重太郎「ええと、ではさっそく、お静さん、詳しい話をお聞かせ願いましょうか」
お静「そうね、ええと、あたし、すぐそこに住んでるんだけど、今朝たまたま、お米を買いに町に出ようとしてここを通りかかったら、女の叫び声がして・・・」
重太郎「ほお・・・でここに駆け付けたわけですか」
お静「いやあ、ただ叫び声だけ聞いて、そのまま米買いに行ったの。だって怖いじゃん。怖いし、そんな女の叫び声なんて、この辺りじゃあそれほど珍しいことではないしね」
重太郎「まあ確かに」
お静「でも帰りになんとなあく気になって、チラッと覗いてみたのよ。そうしたら、この子が、お福が倒れてて・・・で、よく見たら完全に死んでるみたいだったから・・・。それで
   あんたたちを呼んだってわけ」
重太郎「なるほど・・・・・。なぜ死んでるとわかったんですか?」
お静「だって背中思いっきり斬られてるでしょお。息してないし。こんなの誰が見たって死んでるって、すぐ分かると思うけど」
重太郎「ところで、このお福さんに家族は?」
お静「いないわ。お父さんとずっと二人で暮らしていたけど、半年前くらいにお父さん亡くなって・・・。それからは一人きりで住んでいたはずよ」
重太郎「そうですか」
お静「まあ、あたしもはっきりとは知らないけどね。そんな仲が良かったわけでもないし」
重太郎「・・・・・そうですか・・・。う〜ん、お静さん、あなた、ここを通りかかった時に、犯人の姿なんぞ見てないですよね?」
お静「え、あたし?」
重太郎「ええ、あなた。あなたしかいないよね」
お静「ん〜・・・・・見てない」
重太郎「・・・・本当に見てない?」
お静「ん〜・・・・・見た、ない」
重太郎「ん?・・・どっち? 見てない?」
お静「ん〜・・・・・見て、かも」
重太郎「見てかも?」
お静「見たっぽい。なまじっか見たっぽい」

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