真夏のチョコレート
真夏のチョコレート

登場人物
 引場秋空・白兼春花・井藤夏海
 他、声の出演が三人


一場

 引場秋空(アキラ)が神妙な顔で椅子に腰かけている。

面接官(声) では、最後に一つだけ――
アキラ それはあまりに予想外の問いだった。近頃の就職試験では相手の反応を窺うための突拍子もない質問が飛んでくることがあると聞くが、まさにそれだと思う。一瞬、頭が真っ白になって何も考えられなかった。
面接官(声) あ、はい。もう結構です。ではこれで面接試験を終了します。
アキラ すごすごと退室する俺の頭に浮かんだのは、以前、友人に言われた一言であった。
ナツミ(声) アキラ氏って頭はいいけどバカだよね。

 アキラが溜め息を吐き、分かりやすく頭を抱える。

アキラ ああー。

 改めて舞台を見ればアパートの一室――引っ越し荷物と分かる段ボールと生活感を出すためのちょっとした小物が置かれている。そこへ白兼春花(ハルカ)が上手側から入ってくる(上手が寝床、下手は水回りや玄関へ続くイメージ)。

ハルカ ……アキラくん?
アキラ ああ、ごめんハルカ。起こしたかな?
ハルカ ううん、起きてた。
アキラ そっか。
ハルカ 喉乾いたな。何か飲む?

 と、ハルカは下手側へ捌ける。

ハルカ(声) この時間にコーヒーはまずいよね……あれ、紅茶とか緑茶にもカフェインって入っているんだっけ?
アキラ ああ、まあ気にするほどじゃないよ。
ハルカ(声) でもコーヒーも紅茶もカフェインの量は大して違わないって、アキラくんから聞いた気がするんだけど。
アキラ それは……グラム当たりの含有量の話だな。
ハルカ(声) え、何?
アキラ そういうレトリックがあるんだよ。コーヒー豆と紅茶の葉で比べれば、カフェインの量はそう変わらない。でも、実際にはコーヒー一杯に使う豆と紅茶一杯に使う茶葉の量が違うから……結局はコーヒーがダントツ寝る前には向かない飲み物だって話。
ハルカ(声) ふうん。

 いかにも舞台っぽくアキラが語り出す。

アキラ 白兼ハルカは大学のサークルの同期である。二年前から付き合っている彼女と同居することになったのは、情けないことだけれど、経済的理由からだった。そうでなくとも親からの仕送りが途絶えたというのに、就職活動のために俺は意図的に卒業を一年遅らせた。新卒の肩書を授業料で買ったわけだ。ハルカは何も言わないけれど、この状況がよくないことは分かっている。
ハルカ(声) あ!
アキラ え?

 ハルカがカップを二つ持って戻ってくる。

ハルカ あのチョコレート。
アキラ 食べちゃダメだった?
ハルカ いや、それは別にいいんだけど。ただこの時期チョコは冷蔵庫に入れといてね。すぐ溶けちゃうから。
アキラ そっか、そうだね。
ハルカ (カップを一つ渡して)お茶にしておきました。でもさ、さすがにこの時間はきついかな?
アキラ 俺はカフェインのせいで眠れなくなったことはないと思う。
ハルカ いや、チョコの方。
アキラ へ?
ハルカ アキラくんが開けちゃうとあたしも食べたくなっちゃうんだよ。でも深夜にチョコレートは太るし、ニキビとか怖いし。ねえ? 
アキラ ……それ、都市伝説。
ハルカ え……?
アキラ 迷信だよ、夜中にチョコを食べたからニキビができるってのは。
ハルカ そうなの?
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