八月の星(朗読劇)

(はちがつのほし)
初演日:0/0 作者:恩田 麻里
『 八月の星 』


私  (ゆり)     80%(分量内訳)
悟 (さとる)    9%
浩一(こういち)   2%
響子(きょうこ)   9%



いくら陽の長い八月とは言え、今はもうすっかり日が暮れている。空には満天の星。少し風があるため耐えられない暑さではないが、それでもじっとりと汗がにじんでくる。私は彼が去った後の公園のベンチで、一人何を考えるともなく座っていた。
 ふと時計を見ると十時になるところだった。彼が去ってからもう一時間以上も此処にいる事になる。立ち上がるのさえ億劫だったが、明日も朝から仕事だ。いつまでも此処にいるわけにもいかない。私は一度大きく腿の部分を叩くと、その反動で立ち上がった。

「あのさ、ゆり。俺、好きな子が出来たんだ。」
 今でもはっきり覚えている。彼がそう言ったのは中学三年の事だった。
私と彼、悟は中学からの友達だった。私と悟は会ってすぐ気が合った。悟は私を女として見ていなかったし、私も悟を男として見ていなかった。クラスの男子が私たちの事を冷やかしても、私も悟も相手にしなかった。その頃の私たちは友達であり、仲間だった。そう、くだらない色恋沙汰なんかに惑わされず、いつまでも変わらないでいようと誓い合った仲間…。
 でもその誓いは、悟のその一言によって破られた。…いや、実際には彼は約束を破った訳じゃない。なぜなら、私たちの関係は変わらなかったから。その前もその後も、友達のまま…。でも私はとても裏切られた気がした。男だとか女だとかそういう事じゃなく、私にとって一番大切な相手が悟であり、 悟にとっても私が一番大切な相手だと信じていたから。でも、悟にとって私は一番じゃなかった。その事実は、私にとってとても大きな衝撃だった。そして、その時私は知ってしまった。私が悟に抱いていた感情を…。
 それからも私と悟は、高校・大学と同じ時間を過ごした。彼に気づかれないように、私が彼と同じ進路を選んだのだ。その間に悟は何人かの女の子とつき合った。私も五人とつき合い、時には悟とその彼女の四人でデートをしたりもした。たぶん私は怖かったのだと思う。悟だけが恋を知り、経験し、一人先に行ってしまうのが。私一人取り残されるのが…。
「ゆり〜、頼む、理恵の機嫌直してくんねぇかな?」
「なに、また喧嘩したの?」
 悟は彼女と何かある度に私を頼ってきた。そんな時、私はいつも嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。気心の知れた、信頼出来る仲間。それが悟にとっての私だった。そして私も、それを演じる事にどんどん慣れていった。
「あいつ、俺とゆりのこと疑ってんだよ。」
「はあ?何それ。」
「だろ?意味分かんねぇよ。そんなわけないっつーのに。」
「違う。あんたの事言ってんの。そんなのわたしが言ったって逆効果じゃん。」
「いや、だから、ゆりから直接何でもないって言って欲しいんだよ。」
「えー。」
「何?」
「何か修羅場みたいで嫌だな。」
「マジ、頼むって。」
「んー。」
「ほんと、この通り。」
「…ったく、しょうがないなぁ。この埋め合わせはしてもらうからね。」
「悪りぃ。ほんとサンキューな。」
  何度かこういう場面もあった。悟に彼女がいる事を知らない人は、私の事を彼女だと勘違いしない方がおかしいくらい、私たちはいつも一緒にいた。夜を除けば私が一番彼と接している時間が長かったんじゃないかと思う。だから悟の彼女が、私との関係を疑ったとしてもしょうがない。でも、悟の彼女に「私たちは単なる友達です。」と力説しなければならない時、私はほんとに惨めな気持ちになった。その後私は、いつも二・三日家から出られなくなった。
「どうした?調子悪いのか?」
 電話口から漏れる悟の声には、本当に心配している響きがあった。
「あのね、今回が初めてじゃないんだから…。ああいう事があった後は、悟に会うの自粛しないとまずいでしょ。だから、こうして家でのんびりしてんの。」
「うん。まあ、そうなんだけど…。ほら、一応な。」
彼の優しさが心に響く。
「ったく、私は元気だから、悟は彼女との仲を心配してなって。」
「うん…。だけどなー、ゆりがいないとなんかな。物足りないって言うか…。」
 私はなんて馬鹿なんだろうと思う。たったこれだけの事でこんなにも幸せな気持ちになる。彼が私の事を心配してくれる、私の事を必要としてくれる。彼には彼女がいて、私はただの友達だという現実は何も変わらないのに。
「あ、そうそう。休んでる間のノート取ってるから、コピーしといてやるよ。」
「ありがと。」
「…あのさ、俺が言うのも何だけど、早く出てこいよ。」
「うん…。」
「じゃあな。」
「うん。」
彼が電話を切った後も、私は携帯を離せなかった。

 やがて私たちは大学を卒業し社会人になった。彼は大手の広告会社に運良く就職が決まり、学生時代に住んでいた安アパートから、中野駅近くのマンションに 引っ越した。私はと言えば、小さな出版社に就職し、家を出て目白で一人暮らしを始めた。初めのうちはちょくちょく連絡を取り合い、二人で飲みに行ったりもしていたが、お互い仕事が忙しくなってくると自然にそれも減っていった。そうして三年が過ぎた頃、彼から久しぶりに電話がかかってきた。
「もしもし、ゆりか?久しぶり。」
「悟?久しぶりー。元気にしてた?」
「うん。まあ、ぼちぼちな。」
「ごめんね。色々忙しくて、全然連絡取れなくて。」
「いや、こっちも忙しかったし。」
「何?久しぶりに飲みに行く?全然大丈夫だよ。」
久しぶりの悟の声に、無意識に声が弾んでしまっているのが自分でもわかる。いつもより声のトーンが二つも三つも上だ。落ち着けと自分に何度も言い聞かせ、悟に気づかれないようにしなきゃと思った時、
「悪りぃ、ゆり。」
「え?何?」
「俺、今日はちょっと…。」
「…ああ、何か用事があるんだ?」
今度は落胆を隠せない。
「うん…。まあ、用事って訳じゃないんだけど。」
「何?」

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