アマヤドリ

(あまやどり)
初演日:2016/10 作者:高梨辰也
平成28年度 栃木県総合文化祭演劇研究大会
作新学院高校演劇部 上演台本

「アマヤドリ」
西井宙輝・嶋田涼太・高梨辰也 作

【登場人物】

水田さゆり 喫茶店「アマヤドリ」の店主。
水田マリ  さゆりの娘。高校を卒業したが進路はいまだ未定。
樋田陽介  マリの同級生。大学を受験したが結果はまだ届いていない。
吹田晃良  マリの同級生。音楽の専門学校に進学を決めている。
小田優也  マリの同級生。高校最後の時期は不登校気味だった。
西田敏子  喫茶店「アマヤドリ」開店当時の客。
熊田香織  花屋「カサブランカ」の店員。さゆりの元同級生で当時の恋敵。
翔太    喫茶店「ひなたぼっこ」の息子。
美希    翔太の同級生。
祐男    翔太の同級生。
悟史    翔太の同級生。


【時と場所について】

高校生の時間で言えば、3月の卒業式の終わった後、まだ新しい環境に飛び込む前の宙ぶらりんな時期である。
大学入試の合格が決まっている者も多いが、まだ結果が出ておらずピリピリした空気を残している者もいる。
外はまだ寒い。
場所は地方都市の商店街。
喫茶店、衣料品店、古本屋、花屋など、古き良き佇まいの店が立ち並んでいるが、その多くはすでにシャッターを降ろしている。
喫茶店アマヤドリはその中にあり、地元の人にそこそこ親しまれてきた。
とはいえ、およそ高校生が日常的に立ち寄るような魅力のある店ではない。
町には高校がひとつしかなく、隣町との距離もあるためか、入学する者の大部分はこの町の住民である。
高校としての偏差値は、まあ平均的な普通科の学校といったところ。
卒業後の進路は、大学進学を志す者もいれば、専門学校へ進学する者、就職を希望する者など、様々である。
それでも多くの若者は、年頃になると町の外に出ることに憧れを持つようである。


   開幕。
   喫茶店の中で、ひとり開店の準備をするマリ。
   箱の中からレコードの機材を取り出す。
   感慨深そうに、かつてそれが置かれていた台の上に乗せる。

マリ   ……よし。

   扉が開き、翔太が入ってくる。
   翔太、店内を見回す。

翔太   すげえ……。
マリ   あら、どうしたの。
翔太   本格的。
マリ   そりゃそうでしょ。当たり前じゃない。
翔太   すごい、これ全部ひとりでやったの。
マリ   だいたいは引越し屋さんだけどね。まだまだ準備はこれからよ。
翔太   ねえ、みんなにここを見せてもいい。
マリ   いいけど作業の邪魔はしないでね。
翔太   うん。
マリ   物壊したら弁償してもらうからね。
翔太   わかってるよ。

   翔太、出て行くと思いきや、扉の前でもじもじしている。

マリ   何、どうしたの。
翔太   ……あのね、僕、どうしたらいいかよくわからないんだけど。
マリ   うん。
翔太   あのね、美希ちゃんがね、この頃少し変で、どうしたのかなって。僕、どうしていいかわからなくて。でも僕は、美希ちゃんに笑っててほしくて、笑った顔が見たくて……。(言葉にならない)

   マリ、笑い出す。

翔太   なんで笑ってるの。
マリ   なんでもない。
翔太   こっちは本気で困ってるんだよ。
マリ   そうね、そういう時はねえ……、あ、ちょうどいいのがあるわよ。はい、コレ。

   マリ、翔太にハンカチを手渡す。

翔太   これを渡すの。
マリ   そう。
翔太   渡すだけ?
マリ   そう、魔法のハンカチ。
翔太   うそだー。
マリ   本当。じゃあついでに、おまじないを教えてあげる。
翔太   おまじない?
マリ   そう、ハンカチを渡す時に、こう言うの。「君に涙は似合わないぜ」。
翔太   何だよそれ。馬鹿にすんなよ。
マリ   馬鹿にしてない。私が今までに言われて一番嬉しかった言葉。
翔太   えー。
マリ   絶対うまくいくから。
翔太   ホントに?
マリ   何、私の言うことが信じられないの。
翔太   ……嘘ついたら針千本だよ。
マリ   考えとく。
翔太   えー、飲んでよー。
マリ   本当に飲んだら死んじゃうでしょ。
翔太   (ぐずぐず)
マリ   ほら男の子なんだから、しっかりしなさい。
翔太   うん……わかった。

   翔太、扉を開けて出て行く。

マリ   まったく。(少し楽しそう)

   マリ、懐かしそうにレコードをかける。
   こぼれ出す音の匂い。

マリ   ……。(そっか、あれからもう20年も経つんだ。)

   マリ、椅子に座り、ぼんやりとレコードの音を聴いている。
   カップに残ったわずかなコーヒーをすする。
   もう一杯飲みたいと思い、カウンターの方を見るが、立ち上がるのは面倒くさい。
   店の奥の方から、ギターを抱えて、さゆりが入ってくる。

さゆり  また聴いてたの?
マリ   んー。
さゆり  懐かしいね。
マリ   (無視して)お母さんコーヒーちょうだい。
さゆり  働かざる者食うべからず。
マリ   ちぇ、飲むべからずじゃん。

   マリ、空っぽのコーヒーカップをくわえる。
   さゆり、椅子に腰かけて話題を探す。

さゆり  これね、奥の物置から出てきたの。家にないなあと思ったら、ここにあったんだ。すっかり忘れてた。
マリ   お母さんこの店のマスターじゃん。
さゆり  使わないと忘れちゃうものよ。
マリ   そうやってなんでも忘れてくんだ。
さゆり  ……マリ、
マリ   冗談。

   マリ、立ち上がってレコードを止める。

さゆり  ねえマリちゃん、
マリ   (話題を変えようとして)今日ね、晃良が来るって。
さゆり  晃良くん?
マリ   引っ越す前に最後に来たいって。
さゆり  あら、一人暮らしでも始めるの?
マリ   うん、東京だって。
さゆり  大学?
マリ   いや、音楽の専門学校に行くんだって。
さゆり  そうなんだ。

   扉が開き、陽介が入ってくる。

マリ   え?
さゆり  あら、陽ちゃん。
陽介   (一瞬まごついて)あ、こんにちは。
マリ   え、陽介、どうして。
陽介   晃良はまだ来てないんですか。
さゆり  そろそろ来るって今話してたんだけど。
陽介   晃良から連絡あって、俺今日行くから一緒に行こうぜって。半ば強引に。
マリ   ふーん。
さゆり  そうなの。ごめんね。
陽介   何がですか。
さゆり  店閉めることになっちゃって。
陽介   謝らないでください。事情はよくわかりませんけど。
マリ   知ってるくせに。
さゆり  まあ、ゆっくりしていって。ちょっと散らかってるけど。
陽介   え、もう片付けしてるんですか。
さゆり  そうよ。
陽介   今日お店やってるんですよね。
さゆり  ああ、いいのよ、どうせ誰も来ないから。
陽介   いいんですか。あ、俺手伝いますよ。
さゆり  いいのよ。ほら、マリちゃん、陽ちゃんに飲み物でもお出しして。私これだけ車に積んじゃうから。
マリ   えー。
陽介   (遠慮して)大丈夫ですって。
さゆり  マリ。
マリ   ご注文は何になさいましょうか。
陽介   ……じゃあ、ココアで。
マリ   だと思った。
さゆり  お願いね。なんか雨降りそうだし、使わないやつから片付けちゃわないとね。

   さゆり、出ていく。
   マリ、カウンターへ。

マリ   ……なんで来たの。
陽介   別に。
マリ   まあいいけど。

   気まずい間。

マリ   はい、お待ちどおさま。
陽介   これ、コーヒーじゃん。
マリ   うん、コーヒー。
陽介   俺コーヒー飲めないの知ってるだろ。
マリ   うん、知ってる。
陽介   なんで。
マリ   いらない?
陽介   ……うん、いいや。
マリ   じゃあ私が飲む。陽介はこっち。
陽介   あんのかよ。……って言うかコレ、アイスじゃん。
マリ   ホットとは聞いてないし。

   その時、窓の外に人影が見える。

マリ   あ。

   扉が勢いよく開き、晃良が入ってくる。
   その後に制服姿の優也も続く。

晃良   わー!トイレ貸してください!

   晃良、トイレに駆け込もうとする。
   マリに気が付き、目の前で足踏み。

マリ   ……いいよ。
晃良   ありがとう!

   晃良、トイレに駆け込む。

優也   なんかごめん。
陽介   優也。
優也   久しぶり。なんか、晃良につかまっちゃって。
マリ   連行されてきたんだ。
陽介   何してたの。学校?
優也   うん、僕、卒業式行けなかったから、これもらってきた。
陽介   ああ、そうか。担任、稲葉だっけ、なんか言ってた?
優也   ううん、これからのことくらい。
陽介   ここに残るんだよね。
優也   うん。とりあえず、生活、自立しなきゃいけないから。
マリ   大変だよね、優也。
優也   ううん、そんなことないよ。みんな大変なんだから。
マリ   ……うん。

   優也、店内を見回す。

優也   ちょうど十年だよね。ここができて。
マリ   うん、そう。
陽介   え、そうなの。じゃあ俺たちが初めてここで会ったのも、もう十年前。
優也   もうそんななんだ。
陽介   開店初日だっけ。
優也   初めて四人がここに集まった日。
マリ   うん、そう。よく覚えてる。だって優也に声掛けたの私だし。
陽介   俺もいただろ。
優也   そうだったよね。あの時はありがとね。
マリ   ううん。
優也   あの日、マリちゃんが声をかけてくれてなかったら、全然違う人生たどってたと思う。
マリ   そんな大袈裟だよ。
優也   ううん、本当に。ここは僕の人生を変えた喫茶店だから。
陽介   そうか。
優也   あ、そういえば、晃良君はあの時もトイレを借りに、偶然飛び込んできたんだったね。
陽介   アイツ、十年経ってまた同じことやってんのかよ。
優也   それが晃良君らしいところなんじゃない。
陽介   (少しマリを気にしながら)……あのさ、あいつ、もしかして何も知らないの?
優也   ……たぶん。
陽介   まじか。

   トイレの流れる音。
   晃良がトイレから出てくる。

晃良   ふー助かった。死ぬかと思った。
陽介   死なねえよ。
マリ   トイレ一回五百円。
晃良   は、ぼったくり。
マリ   (手を差し出して)ご利用ありがとうございました。
晃良   ケチくせー、あ、じゃあ、ツケってことで。今度来た時にちゃーんと払うから。
優也   晃良君、このやり取り、覚えてる?
晃良   え?……あー!
マリ   十年前のも合わせると千円だからね。
晃良   まじかよ!懐かしい話しやがって!
陽介   覚えてるんだ。
晃良   ああ。あれは俺の人生を変えたウンコだったぜ。
陽介   下品にも程がある。

   そこにさゆりが戻って来る。

さゆり  間に合った?
晃良   はい、おかげさまで!ギリギリセーフ!
さゆり  よかった。優也くんも、久しぶり。
優也   そんなに経ってませんよ。1か月くらいかな。
晃良   え、お前そんなに最近来てたの?
優也   うん、結構来てた。
晃良   そっか、俺なんか高校入ってから来てねえや!3年ぶり!
陽介   え、そうなの。
さゆり  晃良君が来ないから寂しかったわ。でも今日来て、全然変わってないから安心しちゃった。
陽介   つーことは、俺たちがアマヤドリに集まるのも3年ぶりなんだ。いや、それ以上?
晃良   おお、つまりそうだな。
マリ   もうそんなに集まってないんだ。
晃良   はえー。
陽介   そうだよなあ、クラスとか三年間バラバラだったし。
晃良   っていうかお前、最後の方、学校自体あんま来てなくね?
優也   あー、うん、そうだね。
マリ   なんだかんだ集まらなくなったよね。
さゆり  小学生の頃なんか毎日のように来てたのにね。
晃良   あー小学校!
陽介   いつもふざけっこしてた。考えてみるとあれ超迷惑でしたよね。
優也   懐かしいなあ。
さゆり  高校生ともなると、だんだん昔の友達とは距離ができるものよ。
マリ   そういうもんなの?
晃良   (唐突に)イッツショウタイム!

   間。

全員   は?
晃良   久々にあれやろうぜ、あれ。ほら、小学生の時によくやった。
全員   ああー。
陽介   なんで。
晃良   なんか久々に来たらさ、懐かしくなっちゃって。あれ好きだったんだよね、俺。
陽介   俺やだよ。なんで高校卒業する年にもなってあんなままごとなんかやるんだよ。
晃良   いいじゃんいいじゃん、ちょっと付き合ってくれよ。な、優也も。
優也   え、いいけど。
晃良   マリもいいだろ。よっ、主演女優賞!
マリ   ……いいけど。
陽介   え。
晃良   よっしゃ!じゃあ俺、監督!で、お前「男1」!マリが「女1」!

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