予約席

(よやくせき)
初演日:2009/3 作者:高橋幸良
  予約席
                                高橋幸良
 登場人物
  日野みこ(学生、マヤの店のアルバイト、幽霊が見える体質)
  南島マヤ(マヤの店オーナー)
  まちこ(マヤの親友)
  ビンセント(まちこの夫、シンガポール人、ホテルの経営者)
  如月ミサ(本名山田とめ子、占い師)

喫茶店「マヤの店」の中
 
 第一幕
 
 アルバイト学生の日野みこが店の制服で現れる
 開店のための掃除やテーブルセッテイングをしている
 ふと何かに気付いたそぶりで、ドアのところへ行く

みこ  (ドアを開けながら)いらっしゃいませ。どうぞおはいりください。
    あ、はい。まだ開店時間まではだいぶありますね…とにかくおはいりください。
    (だれかを促して招き入れた仕草)まだお掃除途中なんで、バタバタしてますけ
    ど…あ、こちらの席でいかがでしょうか? どうぞ。ごゆっくりしてください。
    開店時間まではまだ十分ありますから。
    (掃除を続けながら)お一人でみえたんですか? …そうですか…それはお寂し
    いですね。あ、失礼しました。そんな言い方ないですよね。何かお飲みになりま
    すか? え? 紅茶。そうですね。ここの紅茶はとっても美味しいって評判なん
    ですよ。
    (このあたりでオーナーのマヤが傍に来て見ている)特にオーナーの入れる紅茶
    が評判なんですよ。なにしろオーナーは紅茶インストラクターの資格を持ってま
    すからね。何にしますか? お薦めはアールグレイですよ。癒し系の紅茶です。
    気持ちが疲れてるときにはこれが一番ですよ。え? 私? インストラクターの
    資格ですか? 私は持ってません。パートなんです。え? ええ、できれば私も
    とりたいとは思ってるんです。学校卒業したら挑戦してみようと思ってます。
    一年くらい紅茶協会に通って講習受けたり実技を経験したり、最後には試験があ
    るらしいです。結構むつかしいみたいですけどね。今日は私ので、我慢してもら
    いますからね。私の入れる紅茶もまんざらじゃないんですよ。毎回、オーナーの
    入れ方観察して技を盗みましたからね。オーナーも筋がいいって言ってくれまし
    た。うちのオーナー流の紅茶の入れ方があるんですよ。ちょっと変わってるんで
    すけどね。あ、ごめんなさいアールグレイ切らしてました。変わりにデインブラ
    れますね(紅茶を入れるポーズをとって)こんなになっていれるんですよ。それ、
    ジャンピング
マヤ  まだまだね。(ポーズをとって)こんなになっていれなきゃ
みこ  あちゃあ、マヤさん。おはようございます
マヤ  何?
みこ  接客の練習です
マヤ  (みこが練習していたテーブルへ行き、手で誰もいないのを確かめるように宙を
    掻く)うーん。誰もいない。あたりまえか
みこ  すみません。そこにお客様がきているつもりで、練習してました
マヤ  …ほんとに誰かいるみたいにしゃべってたわね 
みこ  ほんとに誰もいないんです
マヤ  …見ればわかるわ
みこ  (見て)…そうですね(誰かに目で合図)
マヤ  今、目配せした?
みこ  してません
マヤ  私は勘がするどいのよ。だれかいるでしょ?
みこ  いません。見ればわかります
マヤ  (さっとふりかえり)いないわね(首をもどしたとたんにふりかえる)
    気のせいかしら?
みこ  お掃除、だいたい終わりました
マヤ  だいたい?(周りをみまわして)だいたい終わったみたいね
みこ  オープンの看板出しますか?
マヤ  まだ、早いわ
みこ  今日のスタッフは?
マヤ  みこちゃんだけよ
みこ  はい。じゃあ、えーと、ホール係でいいんでしょうか? 
    厨房でピザとかの方がいいでしょうか?
マヤ  ピザとかはいいわ。私できるから。今日はホールと…紅茶入れてみる?
みこ  え! いいんですか?
マヤ  まあ筋がいいのは本当よ。どれだけ技を盗めたか見せてもらいましょう
みこ  あちゃあ、それも聞かれちゃったか
マヤ  ストレートティーのときはみこちゃんが入れてね。ただしお客様に出す前に   
    私が試飲するからね
みこ  はい。了解です
マヤ  ところで、さっきの練習だけど…
みこ  やば、またむしかえされた
マヤ  まるでお芝居してるみたいに、相手がいるようだったわ。
    みこちゃん、もしかして演劇とかやってる?
みこ  いいえ。今はやってません
マヤ  前やってたの?
みこ  前ったって…子供の頃、街のちびっこ劇団でやってただけです
マヤ  ちびっこ劇団…まあ、今もちびっこだけどね
みこ  マヤさんに言われたくないです
マヤ  でもそれでわかったわ。経験があるから上手なのね。
    ねえねえ、そんなふうにひとりでお芝居するときって相手を具体的に妄想
    するの?
みこ  も、妄想ですか…想像じゃないですか?
マヤ  想像…ああ、そうね…そうとも言うわね。で、どんな人がお客様だったの?
みこ  女性です
マヤ  若い人?
みこ  年は四〇代くらいかな?
マヤ  具体的と言ってるわりには大雑把なのね
みこ  …四十五歳です。高校生と中学生の息子がいます
マヤ  急に具体的になったわね。やればできるじゃない
みこ  (テーブルの方を見て)あ、いや、間違えました。年は四十三歳だそうです
マヤ  だそうですって?
みこ  にします。四十三歳にします。今妄想で決めました
マヤ  四十五も四十三もかわらないでしょ
みこ  女性にとって、その差は大きいんじゃないでしょうか?
マヤ  …それはそうね。わかったわ。四十三にしなさい
みこ  ありがとうございます。彼女はとても疲れてました。
マヤ  何かあったの?
みこ  はい…えーと…いろいろあったみたいです
マヤ  いろいろ?
みこ  えーと…言いたくないそうです
マヤ  思いつかないってこと? そこまで具体的に想像できないってこと?
みこ  …想像している女性にはいろいろつらいことがあって、他人には言いたく
    ないって思ってる…そんな疲れた女性なんです。そう、自分の過去につい
    ては話したくないと思っている人なんです。
    …こういうんじゃだめですか?
マヤ  …まあいいわ。なかなかリアリティあるじゃない。
    で、その女性がたまたまここを通りかかってうちの店へ寄ったと言うわけね
みこ  いえ、前から憧れてたそうです。情報誌で見かけたり、知り合いの噂で知っ
    てたようです
マヤ  うちも有名になったものね
みこ  はい。有名です
マヤ  お上手ね。さ、無駄口はここまで。オープンの看板お願いね。
    それからいつもの席に(予約の札をだすよう身振りで示す)
みこ  はい(オープンの看板を持って外へ出て行く)
マヤ  (みこが稽古していたというテーブルに向かって)こんにちは…
    いらっしゃいませ…(自分自身に)何やってんだろ(厨房奥へ消える)
みこ  (戻ってきてマヤがいないのを確認して、例のテーブルに向かい)
    (ひそみ声で)ごめんなさい。今日は紅茶無理みたい。本当にごめんなさい
マヤ  (奥から)誰か来たの? お客様?
みこ  いいえ。独り言です(予約の札を窓際の席に置く)どうしていつもここに?
マヤ  (出てきて)いつも独りごと言ってるのね
みこ  マヤさん。今日もいい天気です。お客様いっぱいきますよ
マヤ  そうね。そうだといいわね
みこ  ここの席も使った方がいいんじゃないですか?
マヤ  …(首を横にふって答える)
みこ  でも、たまにはいいんじゃないですか。もったいないですよ
マヤ  だめ。ここは予約席よ
みこ  来たことありませんよ。予約のお客様
マヤ  今日は来るわ(奥へひっこむ)
みこ  そうなんですか…どんな人がくるんだろう

 暗転
 夕方
 テーブルの上を片付けている日野みこ

みこ  (予約席の前で)…やっぱり今日も来なかった
マヤ  (現れ)みこちゃん、ありがと。後はいいわ
みこ  マヤさん
マヤ  ああ、予約の札外しておいてね
みこ  マヤさん今日も来なかったですよ
マヤ  あら、そうだった。おかしいわね(さっさと奥へ行く)
みこ  (怒って)もう…何か秘密の匂いがする

 男女、夫婦らしき二人(まちことビンセント)が入ってくる

まちこ こんにちはって言うかこんばんは
みこ  あ、はい、いらっしゃいませって言うか…あの、すみません。もう看板な
    んです
まちこ そう丁度よかったわ
みこ  いや、あの、えーと、もう閉店時間なんです
まちこ  グッドタイミングね
みこ  …もしかして、予約のお客様?
まちこ  予約?
みこ  ちがいますか?
まちこ ちがうと思う
みこ  思うって?
まちこ う〜ん。じゃあちがう。あなたが言うお客様でもない
みこ  え? お客様じゃないんですか?
まちこ お客様に見える?
みこ  はい。あ、でもそう言われてみると、違うような…
まちこ マヤいる?
みこ  あ、マヤさんのお知り合いですか
まちこ そう、お知り合い。とーってもお知り合い
みこ  失礼しました。ちょっとお待ちください。今呼んできますから
    (奥へ呼びに行く)
まちこ (店内を見渡して)うーん。マヤ、センスいいわね。この店どうよ
ビン  ナイスですね

 マヤとみこ、やってくる

マヤ  誰かしら? (まちこを見て)あら! 
まちこ マヤ、久しぶり
マヤ  まちこ! いつ帰ってきたの?
まちこ おとといよ。日本に帰ってきたからには、ここへこないとね
    夫のビンセントよ
マヤ  はじめまして。よーこそマヤの店へ。
    ウエルカム・トウ・ジャパン、ウエルカム・トウ・マヤの店!
ビン  こんにちは。すてきなお店とすてきなマヤさん
マヤ  まあ、すてきだなんてほんとのことを…ほほほ、お上手ですね。
    日本語もお上手ですね
まちこ いっしょに暮らして三年にもなるからね。しっかり日本語教育もしたの
マヤ  ごめんね。結婚式行けなくて…私もあの時はこの店の開店でばたばたして
    たの(みこに)親友のまちことだんな様のビンセントよ。シンガポールで暮
    らしてるの
みこ  はじめまして。日野みこです。学生アルバイトです
まちこ よろしく。(マヤに)もう、閉店なんでしょ。外で飲む? それともここで?
マヤ  出ましょ。みこちゃんも行く?
みこ  私はいいです。…レポートも書かなきゃなんないし…
マヤ  …そう、学生って大変ね。じゃあ看板おろして来てくれる。そしたらもう
    帰っていいわよ
みこ  あ、あの、後始末と戸締りしておきます。そのくらいは時間大丈夫なんで…
    マヤさんどうぞ出かけてもらって大丈夫です
まちこ まあ、出来た娘ね

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