泥の中の病院・40時間

(どろのなかのびょういん・40じかん)
初演日:0/0 作者:月舘 壽晃
    
          『泥の中の病院・40時間』
                   2012・3 作
     合田 拓己    岩間 のりこ
     石川 統治    島田 まきこ
     源田 義吉    野川 めぐみ
     磯島 サキ    前原 よしえ
     戸沢 洋平    木村 じゅんこ
     坂井 洋
     吉田 幸三

          第 1 景  (3・11 夜)

      薄暗がりの中、中央部分だけが仄かに見える。
      中央奥に大きな扉、非常口の文字が明るい。
      看護婦島田まきこの持つ懐中電灯の灯りを頼りに手術台にのった戸沢洋平が運ばれて来る。
のりこ 戸沢さん、大丈夫ですよ、大丈夫ですよ。
石川  合田先生、あれは詭弁だったとでも言うんですか。
合田  いや、そうじゃないが、無謀なことをするんじゃないと言ってるんだ。医師だからと言って、何でも許されると言うものではない。いや、むしろ医師だからこそ守らなければならない倫理と言うものがあるんだ。
石川  だって、緊急事態ですよ、これは。未曾有の災害時に倫理も法律もありませんよ。
合田  石川君。
石川  先生、目の前で救いを求める命があれば、何としても救え、そこから逃げるな、出来ないからと言って断ったりするな。だって、その命にとってここは、最後の砦なんだから。そう言ったのは先生、合田先生だったんじゃないですか。
合田  そうだ。
石川  だったら!
合田  だけれども石川君。停電でアナライザーも何もかもストップ。正確なデータも無しのオペは、かえって危険だ。クランケのリスクが増すばかりだ。
石川  じゃあ、先生はあそこでオペを中断すべきだったと言うんですか。5分10分で復旧する目処がはっきりしているならともかく、ごらんなさい。あれから3時間、いまだに停電のままだ。いやこの状況なら、あと何日続くやら。正確な施術が出来ないからと言って、やめるんですか。
合田  しかも石川君。我々は成形外科医だよ。
石川  (投げ捨てるように)ああ、わかっています。腋か静脈の件ですよね。大急処置だけでもしておかないと。それとも専門外だから知りません、ですか。普段ならね。どこか引継いでくれる病院が、今あるんですか。そこへはどうやって行けばいいんですか。教えてくださいよ先生。
合田  落ち着きなさい、石川君。君の正義感はわかるが・・・。
石川  鎖骨が折れただけなら、造作もない。折れた片方は肺にまで達していたんですよ。成形だけでは終らない。もっと危険な状態があったんです。それを専門外だからと言って見なかったことにするなんて、私には到底出来ません。
      看護婦たちが慌しく術後の世話を必死に行っている。
合田  (静かに)石川君。昔、私も同じような過ちをしたんだよ。だから言うんだよ。
石川  え?
合田  かつて城西中央の大学病院にいた。暮れも押し迫ったころ当直だった私にエマージェンシーがはいった。火災にあって全身の火傷、一刻を争うが、どこの病院も手一杯だからと断られている、受け入れを頼むと、広域外にもかかわらず。必死の伝令に絆されたのかもしれない。まあ、火傷なら皮膚の移植やらで大変だろうが、やれないこともないと、引き受けることにした。到着してみて仰天したよ。3分の2どころか顔さえ判別出来ないほどで、これでも生きているのかと我が目を疑ったよ。まあ何とかするしかない、やってみるだけだと覚悟をきめてオペを始めた。心のどこかではどうせダメなんだろうなあと言う気持ちもあった。・・・皮膚の爛れは面積の割りには浅かったんだが、問題は頚動脈。
石田  頚動脈?
合田  ああ、頚動脈だ。焼け潰れていたんだ。これをバイパスしなければ何にもならない。ところが担当医に連絡がとれない。せめて他の病院の専門医の指示を仰ぎながらとも思ったが、そちらも・・・。自分がやるしかなかったんだ。血管のバイパスは何度もやったことはある、自信はある。だけど動脈となると話は別だ。一度心肺を止めなければならない。そして蘇生。
石川  で、どうだったんですか。
合田  処置は何とか終ったものの・・・蘇生しなかった。
石川  じゃあ。
合田  患者の御家族からも謗られた。・・・それでも私は思っていた。あの時、私には無理だからと断って、タライ回しにしていたら、万が一の可能性さえも失うことになる。何よりもこの人は生きたいはずだ。それを私は断ることができるのか。今でも間違ったことをしたとは思っていない、最善の判断だったと確信しているよ、だから君たちにもそう言うんだよ。でも・・・結果からしてみると、やはり過ちだったんだ。
石川  合田先生。
合田  院長がこちらの出身と言うこともあって、口利きでこの病院に赴任したと言うわけだよ。あの時の私だったら、君と同じことをしたかも知れんが。
石川  しかし、放っておけないものが、自分がすることで1%でも可能性があるなら、やはり私は。
合田  わかってるよ。決して君を責めるつもりは。(振り返り)何とかもってくれればいいが。
まきこ 先生!
      合田と石川が近寄り診察をする。
      深いため息。
      看護婦に指図するとカセット式の酸素を口に当てさせる。
合田  他の病室の患者さんもここに集めなさい。一箇所にいる方がなにかといい。
      まきこが必死で洋平に呼びかけている。
      ほかの看護婦は外へ。
合田  (術着を外し腰をおろして)これから一体どうなって行くんだろう。
石川  皆目見当もつきませんねえ。
合田  運を天に任せるしかないとは、まさにこのことだ。
      看護婦に伴われて坂井洋らが入ってくる。
      手術台の患者が気になる様子。
合田  皆さん、一箇所に集まってください、バラバラにいるよりはいいでしょう。ね、その方が心強い。
幸三  先生、また地震や津波、来るんでしょうか。
石川  あいや、そっちの方は専門外なので。
合田  まだ、あるかも知れません。その時に適切な判断ができるように、こうして一緒にいる方がいいんです。パニックにならずに済みますからねえ。
サキ  幾年経つとも要心あれ、ってねえ。
石川  何ですか、お婆ちゃん。
サキ  県道を登った林の中に石碑がある。三陸津波の石碑だ。あそこまで津波はやって来たんだ。沢田のはずれまでだ。
合田  あんな上まで。
サキ  忘れるなってしても、忘れてるからこうなるんだ。
      対流式石油ストーブを重そうに運んでくる看護婦のあけみとじゅんこ。
のりこ さあ、皆さんこちらに集まって。暖まりましょう。
      しばらくの沈黙の後、どうにも気になって。
洋   (洋平をさして)あちらは?
合田  丁度、骨折の手術中だったんだ。
幸三  手術中?
石川  途中で停電になって、満足な処置がしてやれなかったんだ。
サキ  あれえ、大丈夫であんすか。
合田  腋か静脈といってねえ、血管に折れた鎖骨がささってた。うまくしないと、呼吸ができなくなってしまう。(覗き込む皆に)いまは麻酔で眠っているが、切れた時に・・・。
洋   頑張れよ、折角生き残ったんだ。
のりこ 大丈夫ですよ。戸沢さんは、戸沢洋平さんは漁師でえすから、体は頑丈に出来てますから。
洋   この人も漁師ですか。
のりこ あら。
洋   私もです。漁師っても、これからどうなるもんだか。海が海の色じゃねえ。
義吉  ほんになあ、これから大変だあ。
サキ  命拾いしたっつうのになあ。
洋   まだ、船の借金も終ってねえと言うのに。
義吉  あんた、借金返すために働いてんじゃねえんだぞ。生きるために稼いでるんだ。借金なんてなんぼあってもいい。かえって張り合いが出る。そんくらいの気持ちで頑張んなせえ。
洋   あ、はい。
義吉  そちらさんは?
幸三  吉田幸三と言います。ワカメの加工場で。
サキ  そうかい、あんたんとこも、これから大変になるねえ。
幸三  こんな真っ黒な泥の海じゃ、ワカメなんてもう採れませんよ!加工場も冷凍車だって、みんな。
      崩れ落ちる幸三を、皆ただ見つめる。
      合田が何やら紙に記述している。
まきこ (それに気づき)先生。
合田  うん、施術の記録だ。カルテは皆流されてしまったからな。もし、ここからどこかの病院に移送されることがあれば、役に立つと思ってな。(看護婦たちに)君たちも所見があったら、これにどんどん書いていってくれ、何かの参考にはなるはずだ。
まきこ はい。
合田  皆さん、救援が入るまで、今しばらくかかると思われます。長期戦になるかもしれません、不自由をかけて申し訳ありませんが、ここが避難所になってしまいました。それから、何かあったら遠慮無しに言ってください。と言っても、ここには大した薬も残っていない。精一杯のことはしますから、ですから。

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