冬への扉
 私は扉の前に立っていた。私の前にはいくつもの扉があって、その扉を開けるとそこには冬がある。どの扉を開けようが、そこには冬があるんだ。私はその扉の前に立っていた。扉を開ける勇気もなく、ただ立ち尽くしていた。

 みなさん、こんにちは、城毅です。ピートコーポレーション新製品の発表会にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。
今日は、商品の紹介をする前に、少しだけ、私の若いころの話をしてみたいと思います。 若いころ、私は夏への扉を探していました。中学生の時にロバート=ハインラインという作家の「夏への扉」というSF小説に出会いました。主人公は生活を豊かにしてくれるような商品を開発するエンジニアで、経営者でした。そして、主人公の買っていた猫のピートは、冬になると主人公に家にある扉を次々と開けてくれるようせがみました。家にある扉のうちの一つが夏に通じていると信じていたのです。「夏への扉」という言葉は実にロマンチックで希望にあふれていました。私もこの小説の主人公と同じように、世界を動かすような商品を開発して夏への扉を開こうともがいていました。自分の力で扉を開き未来をつくって行こうと。
 そして私はこの「ピートコーポレーション」を立上げました。コンピュータがコミュニケーションの最大の手段になること、端末を通じて世界の人間がつながること、それが私の夏への扉だったのです。
 
 それから、結構な月日が過ぎたのですが、 今、世の中を見渡してみると、多くの人は夏への扉を探しているようには見えません。

 明るい未来を信じ、そんな未来をもたらしてくれるワクワクとするような商品に、なかなかお目にかかることがありません。なぜ、人々は夏への扉を探さなくなったのでしょう。それは、今が夏だと思っているからです。
 夏への扉を探すのは、今が冬だからです。寒さに凍えているからこそ、夏を追い求めるのです。今、求められているのは、冬への扉を閉ざす商品です。
 冬への扉の戸締りをちゃんとしてくれるものが求められています。
 でも本当に今は夏なのでしょうか。
 あなたは、今の生活に、今の世の中に、今の科学に本当に満足しているのでしょうか。 私は、今はまだ夏だとは思っていません。
 そう、私はまだ夏への扉を探しています。明るい未来への扉を探しています。

 
   申し訳ありません。 
 この後、弊社開発部長坂巻靖男から、新製品のデモンストレーションをさせていただきます。私はこのセッションの最後にもう一度みなさんにお目にかかり、皆様のご質問にお答えする時間をいただきたいとおもっております。
 それでは、わたくしのご挨拶はこれまでとさせていただきます。


 刑事さん、まさかここまでやってくるとは思わなかった。あ、興味あるんですかね、スマートロボット。   そうだあなた好奇心旺盛だからね。 一つ進呈しますよ。正式リリースしてからになりますけどね。でも、ほかにも用があるんでしょ。ホントに仕事熱心だから
 え?新しい事実? 事実に新しいも古いもない、事実は事実だし、偽りは偽りだ。あなたが私にかけている疑いは偽りの疑いだ。
 大体ね、密室のトリックなんて、ほんとに真剣に考えてる刑事がいるなんて思ってもみなかった。
 私はドアの外にいた。で、管理人と警察官と一緒に、チェーンロックを壊して部屋に入った。その時に、部屋に入ったときに、私が何か小細工をした、と思ってるわけだ。
 何ができたと思う? 警察の目を盗んで、何かできると思ったとしたら、私は相当のギャンブラーだ。経営者なんてギャンブラーだけどね、確かに。でも私は同時にエンジニアだ。それに数学を信じている。勝つ確信がなければそんなギャンブルはしないよ。

 え?スズラン? いきなり何を言い出すのかと思ったら。 いや、私は花を見るのは好きだが、花の名前なんかには何の興味もない。 ああ、見ればわかる。山歩きが好きだったからね。でも、あのとき、あの部屋には花なんか。

 え?それは知らなかった。
 でも花瓶の水を飲んだりするわけがないだろう。だいいちあの部屋に花瓶なんかなかった。  
 いや、それは、彼女がスズランがすきだったんだろう。
 
 そんなことは、誰でもわかるんじゃないのか。ネットで調べれば今は大抵のことはわかる。

 違う。だから私はあの時、
 いや、それは。
 彼女のブログのことは知っている。いつも楽しみにしていた。

 それが彼女のアカウントだってなぜわかる。JT?日本タバコのことじゃないのか。
 城毅。。。毅城ではなく??

 いや、そんなことはありえない。彼女が使っているすべてのデバイスで、彼女が何を入力しているか私はいつでも知ることができた。。。

 ああ、  仕事上必要だったからね。
 ああ、ピートだ。 たしかに、こいつのことを俺はピートと呼んでる。
 ピートとスズランが映っていたからと言ってそれが何かを証明することになるのか?
 チェーンロックはどう説明する。 

 え? いや、そんなことができるはずがないじゃないか。
 いや、渡すわけにはいかない。まだ発売されていないものだ。正式リリース後に、捜査に協力する意味で、お渡しする。
 いや、同じものに決まっているじゃないか。

 違う。
 
 違う。そんなことができるわけがない。
 違う。違う違う。

 ピートには意思がなかった。ピートが考えたわけじゃない。

1/2

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム