水屑となる

(みくずとなる)
初演日:2017/3 作者:春野片泰
幸城 望(ゆきしろ のぞみ)『考える元優等生』
幸城 理生(ゆきしろ りお)『本を書いた変人』
幸城 ゆかり(ゆきしろ ゆかり)『厳しい母親』
菊間 光志郎(きくま こうしろう)『優しい教師』
浅木 千草(あさぎ ちぐさ)『普通の後輩』
仲村 香澄・トモダチ(なかむら かすみ・トモダチ)『馬鹿な友達』




『水屑となる』

舞台中央に平台と、その上に教台がある。
教台の足元で望が膝を抱えて座っている。理生は教台に立って、教台上の開いてある本に手を置いている。

理生「私は、最初は皆の幸せを考えてた」

理生、本のページを捲る。

理生「『呼吸をするように誰が何を求めてるか理解できたし、空腹を感じると何か食べたくなるように、
困っている人を見ると助けずにはいられなかった』」

理生、本を閉じて望に意識を向ける。

理生「ねえ。誰かの為にって行動を起こすことなんて当たり前になったこの時代で…貴方たちの意志はどこにあるの?」

理生、本を持って下手にハケ。
望、ゆっくり疲れ切った顔を上げ、立ち上がる。

望「……今の私達に意志は無い。だって、誰かの為にって起こす行動も、誰かの幸せを考える気持ちも…おしえられてきた『常識』だから」


証明切り替え。
望、壇上に上がりスピーチ原稿を取り出す。

望「『思想教育の始まり。美賀崎高校三年幸城望。2074年、私達の両親が生まれた世代、日本の教育制度は変わりました。道徳や親善と言った〈心〉を育てる授業を、物心ついたころから大学まで学ぶことを義務とした〈思想教育〉です。その中でも特に力を入れた他者を思いやり助け合う心を育てることは、私たちの社会をより美しくしてくれました。例えば…』」

望がしゃべってる途中で手を二回打つ音が鳴る。
上手からゆかりと光志郎が現れる。

望「…お母さん」

ゆかり「そんなのじゃだめよ望。全然声が出てないし、大事なキーワードがどこかまるでわからないわ。それから出だしの書き方も変えて。平凡すぎて興味が全くわかない。そんなスピーチじゃ、誰も聞いてくれないわよ」

望「…はい」

光志郎「まあまあお母さん、こいつだって緊張してるんですよ。なんてったってあと一週間で本番ですから。な、幸城」

望「いえ、大丈夫です。緊張はしてないんですよ、ただ、慣れないだけで」

ゆかり「先生あまりこの子を甘やかさないでください。怠け癖がついたら困ります」

光志郎「いえ、しかし…」

望「先生、私は本当に大丈夫ですよ。全校生徒500人から選ばれたんですから、私自身もっと頑張りたいんです。…それにお母さんの言うことに間違いはないですから」

光志郎「…まあ」

ゆかり「…わかってるならいいわよ」

ゆかり、腕時計を確認する。

ゆかり「それじゃあ私は一度仕事場に戻るけど、遅くならないうちに帰りなさい。学校もいつまでも空いてる開けじゃないんだから」

望「はい。あ、お風呂と洗濯物は朝やっておいたから」

ゆかり「そう。それじゃあ先生、娘をお願いします」

ゆかり上手にハケ。
望、原稿を直し出す。光志郎、それを少し気まずそうに見つめる。

光志郎「あー…その、相変わらず、『教育ママ』って感じだな」

望「厳しいですよー。お箸の持ち方から見るテレビの番組、私の買う電子書籍の内容まで細かく調べられますから」

光志郎「その、辛くはないのか?」

望「昔からあんな感じでしたから。しいて言うなら、えっちな本買うのに苦労します」

光志郎「おいおいお前な…」

望「内緒ですよ?」

望、原稿を直し終わる。

望「終わった! 先生、どうですか?」

光志郎「どれどれ……」

望と光志郎が二三言話していると、下手から香澄が叫びながら出て来る。

香澄「望ちゃあん!!」

香澄、光志郎を押しのける。

光志郎「ぐへっ」

望「えっ!?」

香澄「ハッピーバースデー!!」

香澄、女子高生のテンションで望に抱き付く。

香澄「生まれてきてくれてありがとう!」

望「うん、香澄、待って。落ち着いて。離して。あと先生に謝って」

香澄「光志郎先生ごめんなさぁい」

光志郎「辛い……」

望「はい、香澄。手を離して。深呼吸もして」

香澄、望の体から離れ、大げさに深呼吸をする。

望「えーと、香澄。まず、今日は何月何日?」

香澄「うんとねー、九月のー、四日!」

望「そうだね。じゃあ私の誕生日は?」

香澄「十二月十三日―!!」

望と光志郎、呆れたようにため息を吐く。

光志郎「相変わらずだな…。あと仲村、下の名前じゃなくてちゃんと俺のことは『菊間先生』と呼びなさい」

香澄「わかったよ光志郎先生!」

光志郎「…もういいなにも言わない」

望「香澄…ハッピーバースデーっていうのは誕生日に言う言葉なんだよ…?」

香澄「知ってるよ!」

望「嘘だぁ」

光志郎「あー、もうなんでもいいから二人とも帰る準備しろ。そろそろ校門も閉まるから」

放送が鳴る(初めと終わりにピンポンパンポーン)

放送『菊間先生、校内にいらっしゃいましたら、至急職員室までお越しください』

光志郎「なんだ…?すまん、すぐ戻ってくるから少し待っててくれ。ついでに講堂の鍵も持ってくる」

香澄、望「はーい」

光志郎、下手に小走りでハケ。

望「なんだろうね?あ、この講堂遅くまで使っていたから、怒られちゃったかな」

香澄「ね、ね、望ちゃん」

望「ん?」

香澄「望ちゃん、今度学校のことここでスピーチするんだよね」

望「うん、そうだよ。学校っていうか、今の時代の教育制度のことについてだけどね」

香澄、壇上に上がる。先ほどまで望が読んでいた原稿用紙を手に取り、読み上げていく。

香澄「『脳化学の進歩と共に人間の脳の解析が進み、2059年にアメリカの脳学者ルーカス・サリマンによりα派とよく似た脳波である〈シグマ波〉が発見されました。シグマ波には集中力や記憶力を向上させ、さらに失敗などによる罪悪感や自責の念からくるストレスを大幅に軽減する効果がありました。それから一年でさらに研究は進み、シグマ波が現れるもっとも多いパターンも判明しました。それは、』……」

望「『まとめると、【誰かを助けること】。自分の本性などを全く知らない他者を助け、愛すことで達成感や満足感を感じ、シグマ波が現れる。…日本はこの脳波の存在を知ると、すぐに教育制度に手を加える決断をしました。そうして加えられたものが、2074年に始まった、他者を尊重させることを学ぶ教育「思想教育」です』」

香澄「…すっごーい、全部覚えたの?」

望「ううん。でも本番までには」

香澄「すごいなぁ。尊敬しちゃうなぁ」

香澄、壇上から降りる。

望「なんで急にそんな話を?」

香澄「うーん、ふふ。望ちゃんは、この仕組みを知って、どう思った?」

望「どうって…。そういう歴史があったんだな、と。あ、驚いたことは沢山あったよ。知ってる?今から百年くらいも前になると、電車で年配の人が立っていも、席を譲る人の方が珍しかったんだって。道で人が倒れてても見て見ぬフリする人がいたみたいだったし……」

香澄「恥ずかしがりやだったのかな、昔の人は」

望「恥ずかしい?恥ずかしいかぁ。どうなんだろ、私たちにとっては困ってる人を助ける事なんて、こう、普通?皆やっていることだけど、昔の人ってそういう習慣無かったみたいだから。香澄はどう思う?」

香澄「…えっ、私?」

望「うん。香澄だって授業で調べたんでしょう?」

香澄「…うーん。うんとねー、望ちゃん。私ね、考えるのやめたの!」

望「え?」

香澄「だって!考えると考えた分だけ疲れちゃうんだもん!おかあさんもおとおさんもね、首をー、こうやってするの!」

香澄、手を使って首を傾ける。

香澄「それでねーバカみたい、って思って、考えるの止めちゃった。……疲れちゃうから。何も疑わないでー、考えないで生きるの」

望「えーなにそれ」

香澄「だって皆そうしてるじゃん」

望「…そんなことないよ」

香澄「そうかなぁ?」

香澄、首を反対方向にかたむける。

望「そうだよ?」

望、真似して傾ける。
望、ため息を吐く。

望「私、時々香澄の言ってることがいまいちわからないときがあるよ」

香澄「えぇっ!?私に理解できて望ちゃんに理解できないことなんてないよ!」

香澄、望のスカートの中が見える位置に寝っ転がる

香澄「見方さえ変えればより深ぁい考えも浮かぶし、なんだって答えが出る」

望「私のパンツの色とか?」

香澄「今日は随分派手だね」

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